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イスラエル アリエル・シャロン首相 入院

パレスチナ 田村祐子
2006年1月10日 更新

1月5日、イスラエルのアリエル・シャロン首相が重度の脳卒中のため入院しました。現地のニュースやBBCなどではエルサレムのハダッサ病院からの中継が続いています。

2000年9月、リクード党党首だったシャロン氏がエルサレム旧市街にあるイスラムの聖地に強行訪問したことが、占領下に暮らすパレスチナ人の怒りに火を注ぎ、「第二次インティファーダ」、あるいは「アルアクサ・インティファーダ」と呼ばれるパレスチナ人の蜂起が始まりました。イスラエル政府はこの蜂起に過剰な武力をもって攻撃し、同時にパレスチナ人によるイスラエル市民を巻き込んだ自爆攻撃も増え、事態は悪化の一途を辿りました。このような中、シャロン氏は2001年にイスラエルの首相に選ばれたのです。

その後、シャロン新政権のもとでパレスチナ自治区に対する激しい軍事攻撃が行われました。さらに、2002年からはヨルダン川西岸地区における「分離壁」の建設が始まり、2004年にはガザ南部でイスラエル軍によって大規模な家屋破壊が行われました。

シャロン首相就任後の5年間は、イスラエル政府の対パレスチナ政策が強硬化した5年間でもあり、パレスチナ人が長年強いられていた軍事占領はこれまで以上に耐えがたいものとなっていった5年間であったともいえます。

さらに振り返ると、1982年のレバノン侵攻におけるパレスチナ難民キャンプ(サブラ・シャティーラ)住民の虐殺について、当時国防相だったシャロン氏は国際社会でもその責任と人道に対する罪を問われてきた経緯があります。また、農業相や建設住宅相の時代には、パレスチナ人の土地を奪い分断する入植地政策の基盤を築いてきたともいえます。

一方、昨年8月、シャロン政権は国内の入植者などの反発を押し切りガザ地区からの入植者とガザの撤退を実施しました。そして、昨年11月には自ら率いてきた右派リクード党を離党し、中道新党カディマ党を結成したばかりでした。

かつてはイスラエル軍のトップを担い、近年ではイスラエル政治をリードしてきたシャロン氏について、現地の人たちはどう感じているのでしょうか。パレスチナ自治区の医療状況改善のために活動している、イスラエル人のベテラン医師、Bさんに聞いてみました。

「私は長年シャロン氏の政策に強く反対してきました。レバノンでの虐殺や、入植地政策、「壁」の建設など、諸々のパレスチナにおける占領政策について反対してきたのです。しかし、ガザ撤退については、彼がパレスチナに対して強硬派だったからこそ、国内の強い反発にも関わらず実施にこぎつけたと言えるでしょう。左派、和平派と呼ばれる政治リーダーには、とうていできないことを彼は行いました。もちろん、ヨルダン川西岸地区の入植地についての深刻な問題はまだまだ残っているわけですが、それでも私は、ガザ撤退は、和平に向けた一つの決定的な前進だと思います。
 
シャロン首相と政府は、最近になってパレスチナに対する態度を変えてきたと感じています。つまり、武力ではこの問題は解決できない、ということを少しずつ理解し始めたのだと思います。そのような見解を公式にしているわけではないのですが。

同時に、こうも付け加えておかなければならないでしょう。彼は、一貫してアラブ系の人たちに対する不信感を抱いていた、ということです。彼はパレスチナ人に対して一切の信用を持っていなかったとメディアでも言われているし、私もそうだと思います。つまり、態度の変化があったとしても、それは現実主義的な考えに基づいている、ということです。

しかし、和平はお互いを信用することを抜きには実現不可能です。お互いの権利を尊重するということ、そしてそのために、自ら相手を信用することが、この問題の解決には必要不可欠なのです。」


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