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現地ブログ from パレスチナ

パレスチナ最新情報

パレスチナ駐在の山村が、ガザ地区の様子やエルサレムでの暮らしをお届します。

こんにちは、話題沸騰のエルサレムに住み始めて5ヶ月目になりました、現地駐在員の山村です。こちらでは連日中東らしい暑さが続き、汗を大量にかきながら「ショーブ、ショーブ(暑い、暑い)」というのが挨拶代わりになっている毎日です。

旧市街ヘロデ門の前でお祈りの時間前に列をなすムスリムたち。旧市街ヘロデ門の前でお祈りの時間前に列をなすムスリムたち。

ガザと蜂蜜キャンディーの思い出

パレスチナ事業担当 並木 麻衣
2017年7月 6日 更新

蜂蜜100%のキャンディーが好きで、パレスチナ駐在中にも日本から持参していた。疲れた時に頬張るのだが、最近は食べるたびに、あるガザの姉弟のことを思い出してしまう。

2016年11月のある日、一人でのガザ出張を終えた日のこと。ガザとイスラエルを隔てるエレズ検問所を出て、イスラエル側で迎えの車を待っていた私のところに、同じくガザから出てきた小学生くらいの姉弟がやってきた。病人でもない親子の姿をエレズで見るのは本当に珍しく、初めてだった。誰かの結婚式にでも参加するのか、可愛くおめかしをしてはしゃぎ回っている。同行するのは大人の女性3人、祖母と母と叔母で、汗を拭きながら人数と同じ数だけの大きなトランクを何とか引きずっていた。
姉弟が、無邪気に話しかけてきた。「あなたはどこへ行くの?」
「ガザで仕事を終えたから、エルサレムの家に帰るんだよ」と答えると、彼らは「エルサレム! 私たちのエルサレムは綺麗なところでしょう?」と『パレスチナの首都』を語って得意げだ。人懐っこくて可愛らしかったので、私はポーチにしまっていた蜂蜜のキャンディーを5個取り出して、「皆で食べてね」と渡した。「ありがとう」とはにかんだ笑顔で受け取った姉弟は、それを握りしめて女性たちのところに駆けて行く。

ところが、その姉弟が今度は「水、水は持ってない?!」と駆け戻ってきた。どうやら飴が甘過ぎたようで、向こうの方では女性たちが「喉が渇いた!」と訴え、水を探している。要らないおせっかいだったらしい。
近くのドライバーからイスラエル製のペットボトルの水を貰い、回し飲みする女性たち。飲んだ後に、何だか顔をしかめている。姉弟も水を受け取って飲むなり、「うえっ、まずい!」と大げさなリアクション付きの大きな声で言い放った。

「知ってる? イスラエルのものは、何でもまずいんだ。この水だって、まずいだろ? ガザとは比べられないよ。食べ物も飲み物も、パレスチナのほうが絶対に美味しい」
手の甲で口を拭いながら、弟の方が私に熱心に訴えてきた。美味しいだろうか。私には、分からない。
それでも、この子たちの物心がつくころから、ガザはイスラエルによってずっと封鎖され、3回の大きな戦争を経験してきた。「ガザの人間だから」という理由で彼らに課された、10年にもわたる集団的懲罰。何千人が殺されても、何万人もが大切な何かを奪われても、イスラエルからの謝罪は無い。どこの誰が殺されたとか、誰が職を失ったとか、悪いニュースばかりが続く。状況も一向に改善されることがなく、その底には個々人の涙ぐましい努力ではどうしようもない政治・経済情勢が横たわり続けている。
小学生にも染み付いた、『あっち側』と『こっち側』を明確に区別し差をつける視点は、その中で養われてきたのだろう。その重みを考えると、私が見たものに基づいて何かを言い返したい気持ちは、全く湧いてこなかった。

「ガザの外に出たけど、ガザには戻る予定なの?」そう聞くと、お姉ちゃんが「ううん、戻らない」と小さな声で、けれども即答した。「本当は戻らないといけないんだけど、戻りたくないの。ガザで何が起こっているか、知ってる? 子どもだって、殺されるのよ。危ないの。だから、これから西岸で暮らすの。西岸の学校に通うのよ」
やがて、女性たちとタクシードライバーの料金交渉が終わったらしく、子どもたちの名前が呼ばれた。「またね!Facebookに、『プリンセス』って名前で登録してるの。探してね!」と言いながら、姉弟は駆けて行った。

世の中には「プリンセス」が多すぎて、その後は彼女たちと連絡を取れていない。子どもらしい日々を送っているだろうか。ガザの水のように汚染されてはいない西岸の水を飲み、ガザのように停電を気にせずテレビアニメを見ているだろうか。
そうであってほしいな、と願いながら、ガザ人口200万人の半分を占めるという子どもと若者の暮らしを思う。集団的懲罰が終わらない限り、彼らがイスラエルのものを心から「美味しい」と言う日は、来ないかもしれない。

「それが神のご意志なら」と、どこまで我慢しなければならないの?

パレスチナ事業担当 並木 麻衣
2017年6月29日 更新

「Inshallah(インシャッラー)」というアラビア語を、中東では沢山耳にする。日本語に訳せば「それが神のご意志なら」という意味で、「明日会える?」「間に合う?」といった日常会話でもよく使う、返しの言葉だ。中東を旅行した人には馴染みの深い、大らかな現地文化を象徴する言い回しだと思う。
でも、パレスチナで人々が口にする「Inshallah」は、時に悲しい諦めを帯びているように私には聞こえた。「暮らしは良くなるんだろうか?」「仕事は見つかるんだろうか?」「この子たちは元気に生きていけるんだろうか?」という、押しつぶされそうな不安。終わらない占領と封鎖、一向に良くならない暮らしは、間違いなく政治の誤り、「人災」の結果だ。
その不安を、彼らは「Inshallah」で締めくくる。「(国際社会が、アラブ社会が、イスラエル社会がパレスチナに対する態度を変えないのも、その結果として自分が一度きりの人生を人間らしく送れないのも、)それが神のご意志なら」という、燃えるような憤りを自分の中に飲み込んだ後の深い諦め。返す言葉がなく、ロクな信心を持たない私は毎回押し黙ってしまう。そして、思う。「神さま、この人たちへの試練は大きすぎませんか」と。

今年4月から、特にガザの人々は更なる試練に晒されている。封鎖が始まって10年が経とうとしているが、状況は壊滅的だ。各家庭のみならず病院や浄水場にすら、電気は1日2〜3時間しか届かない。元々、2014年の戦争でガザ唯一の火力発電所がイスラエルの攻撃によって破壊されてから、電気は1日8時間しか届いていなかった。詳細は過去の記事にまとめているが、ガザでは需要電力の半分も満たされておらず、手に入る電力も6割弱をイスラエルから購入していた。1.5割はエジプトの電気、3割弱がガザの発電所によるものだ。
その電気が更に来なくなってしまった理由は、政治である。まず、トルコやカタールの3ヶ月にわたる燃料支援が4月半ばで終わってしまった。発電所は、ファタハ率いる西岸のパレスチナ自治政府から課される税金のため、追加の燃料を購入することは出来ないという。その結果、電力の8割をイスラエルから、2割をエジプトから購入する体制が始まっていた。
ガザ戦争後、カタールは国際会議で約束された支援金全体の約2割を占める、ガザ復興の大口ドナーだった。だが、湾岸諸国をはじめとした制裁が課されている現状の中で、カタールが再びガザ支援に動くことはしばらく難しいだろう。カタールとガザの実質政府(ハマース)との繋がりが、サウジアラビアやエジプトから見れば大きな不満だからだ。
さらにパレスチナの内部抗争が、ガザの人々の困窮に追い打ちをかけた。ファタハが率いるパレスチナ自治政府が、イスラエルに対するガザ内部電力料金支払いを止めてしまったためだ。ガザの実質政府であるハマースに和解を迫るというのがその理由だが、果たして信頼醸成にはつながるのだろうか。これで、ガザ内部でのファタハへの信頼はぐっと下がってしまうことだろう。なにしろ、電気が届かなければ人々の生活は成り立たなくなってしまうのだから。

4月下旬、ガザを訪ねた私に、パートナー団体「人間の大地」スタッフのハイファが笑いながら話してくれた。「私の生活に電気は必要ないんだって、毎日自分に言い聞かせているの!」。朝5時には起きて家事を済ませるワーキングマザーの彼女は、家事のすべてを手仕事でこなすようになった。食事の準備にも、冷蔵庫は使えない。1日2時間、それもいつ来るのか分からない電気では、これまでの暮らしは送れない。
日本で暮らすガザ出身のSさんに「家族と連絡は取れてる?」と聞くと、苦笑いしながらこう答える。「なかなか取れないよ。だって、向こうは電気が無くて、携帯電話が充電できないんだもの」。家族が心配な気持ちはあっても、もはや神に祈るしかないという。
電気が来ないガザの病院では、携帯電話のバックライトを使って手術をすると聞いた。糖尿病患者のための人工透析器は、自動では回らないので看護師が手動で回す。限られた電気が届くたびに「今だ!」と治療を始めてもすぐに電気が切れてしまうため、不安定な電圧を受ける医療機器は壊れやすくなってしまった。
そして人々の不安やフラストレーションが溜まれば緊張感も高まり、暴力や家族間抗争の事件も増加する。2014年の戦争後、人々が暮らす家々の建て直しすら終わっていないのに、一部では「今年、また戦争が起こるのではないか」という不安もささやかれている。どんな理由をつけるにしろ、電気を止めるということは、こういう暮らしを人々に強いるということだ。

ガザの家庭を回る、保健指導員のハイファガザの家庭を回る、保健指導員のハイファ

「Inshallah、そのうち状況が良くなる日が来る」。人々の困窮ぶりを想像できない政治指導者たちの判断を受けて、ガザの人々は今日もじっと耐え続けている。頭上の遥か上で、指導者たちがお互いを罵り合っているのを聞きながら、電気が無くなっても、病院で治療が受けられなくても、そして戦争で家が壊され家族が殺されても、200万人の人々はひたすら耐え忍ぶ。日々を何とか営み、お互いに支え合い、何度でも建て直しながら。
でも、もう十分だ。これ以上、私たちは彼らの忍耐力をもって「これからも何とかなる」なんていう展望を描いてはいけない。「人のための政治」に立ち戻ること以外に、ガザの人々を本当に解放する方策はないのだ。
神の意志ではない。人の心をもった人間の意志を、ガザに向けてもらいたい。1万キロ離れた日本から、ニュースを追いながら切に願っている。

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※寄付はこちらからお願いします。入力画面で募金先を「パレスチナ」にご指定ください。

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昼撮影。イスラエルの旗でいっぱいのエルサレム警察署。昼撮影。イスラエルの旗でいっぱいのエルサレム警察署。

この会話のきっかけは、エルサレムで海外から来た観光客を泊めながら平和活動を行っているおじいさんについて、筆者がパレスチナ人の同世代の友人(30代)に知っているかどうか尋ねたことでした。エルサレムの街をオレンジの街灯が照らしだす中、カフェの窓から見えるエルサレム警察署の上にはその翌日の独立記念日を祝い、多くのイスラエルの旗がはためいていました。

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2017年3月10日 更新

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2017年1月26日 更新

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(前回の「病院訪問編」はこちらをご覧ください)

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2016年12月 5日 更新

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ガザでの不自由さをほんの少し体験して
思うこと

パレスチナ現地調整員 並木 麻衣
2016年11月24日 更新

11月15日火曜日、パレスチナの「独立記念日」の朝。起きてみると、インターネットが切れていた。仕方がない、後でカフェに行ってメールを受信しよう、と諦める。ここはJVCガザ事務所、国連スタッフたちも滞在する、ガザの中でも一等地のマンションの一室だ。世界10カ国で活動するJVCの事務所の中でも、唯一オーシャンビューを臨める場所だと思う。

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