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9.11のその後、対テロ戦争の現場から:「テロリストとは一体なにか」

JVCアフガニスタン現地代表 谷山 博史
2006年9月11日 更新

続く「対テロ戦争」、治安悪化は止まらない

9.11のあの悲劇から5年。ニューヨーク貿易センタービルの炎と粉塵から立ち上った人々の怒りと憎しみは、そのはけ口をアフガニスタンという貧しく戦争に疲れ果てた国に向けられた。テロリストをかくまうタリバン政権を倒し、アフガニスタンを民主化する。それが人々の怒りの矛先を外に向けようとするアメリカ政府の見出した目標であった。

そして5年。難民帰還、新政権の樹立、行政改革、軍閥の武装解除、復興支援、そしてタリバン掃討のための戦争。数十億ドルに上る国際社会の支援がアフガニスタンに注がれた。それによって達成されたことは決して少なくはない。しかしアフガニスタンと世界の現実は、アメリカと世界とそれに加えてアフガニスタンをも「テロリスト」の脅威から解放するという対テロ戦争がお題目とする目標からは遥かに遠い。

多国籍軍からの攻撃跡(2001年) 多国籍軍からの攻撃跡(2001年)

いま一体誰がアフガニスタンは平和になったといえるだろう。2002年の8月に私がアフガニスタン東部の町ジャララバードに赴任して以来、安心して町を歩くことができたのは初めの半年だけで、それ以降街中を歩き回ることはできなくなった。イラクへの米英軍の攻撃が始まる2003年の3月前後からアフガニスタンの治安は悪化の一途をたどっている。対テロ掃討作戦を行う連合軍やアフガン国軍とタリバンの戦闘は南部、南東部、東部で激しさを増している。これらの地域では毎日のように「自爆テロ」、仕掛け爆弾による爆発、ミサイル攻撃のニュースが聞かれる。

今のタリバン掃討作戦が続く限り、住民たちはタリバンの側につく

アフガニスタン南部のカンダルハル県やザブール県、ヘルマンド県の一部では数郡の支配権がタリバンとアフガン政府との間でめまぐるしく変わる。これらの地域ではアフガン政府の政権そのものが脅かされているといっていい。これはテロリストによる脅威といったレベルの問題ではもはやない。アフガニスタンにおける対テロ戦争そのものの成否、さらにはアフガンの国づくりの成否を問う問題に発展しかねない。

タリバンはなぜそんなに勢力を伸ばしているのか。私たちはアフガニスタンの状況を考えるにあたって潜在的に抱いている認識を根本的に改める必要がある。アフガニスタンの農村部において、タリバンやタリバンに連なる反米・反政府グループは「テロリスト」として住民から孤立して存在しているのではない。タリバンが活動できるのは住民のタリバンに対する支持、あるいは少なくとも好意的な黙認があるからだと考えるべきである。

村の少女たち(2006年) 村の少女たち(2006年)

8月30日、タリバンの活動が活発なラグマン県アリシャン郡のダウラットシャー村で、タリバンに占拠されていた政府軍のチェックポストを米軍ヘリコプターに援護されたアフガン国軍が奪還した。タリバンは逃走したが、その際コーランの言葉を書いた旗を残した。このことを知った村人はアフガン国軍がコーランを侮辱したとしてタリバンと協力して政府軍と対峙するようになった。ナンガルハル県西部のシェルザッド郡は今年に入ってからタリバンが活発に活動するようになった。そのナコルへール村で9月4日、タリバンが占拠していた警察の詰め所を村人が襲いタリバンを一時拘束した後解放するという出来事があった。タリバンを解放する際村人はタリバンに村で問題を起こさないように警告したという。

住民の協力がないところでタリバンやその他の反政府グループが活動できるはずがない。これが4年間アフガン東部の地方都市に居て農村での活動に関わってきた私の偽らざる感覚である。もともとアフガニスタンの南部・東南部・東部の農村はタリバン支持の基盤があったところである。タリバン時代もタリバンの圧制があったわけではない。これらの地域での米軍によるタリバン掃討作戦は、誤爆、誤射、家宅捜査と住民捕縛などによって住民の犠牲を強い、結果的に住民をタリバンの側に追いやってしまっている。さらに芥子の撲滅、武装解除等によって生活の糧を失った人々の醸し出す社会的なストレスがその背景に存在する。村人の誇りを守るためにはどんな強力な相手とも戦う、このアフガン人の強烈なパトスを対テロ戦争の指導者は完全に見落としている、あるいは意識的に無視している。

住民との信頼を築く努力を放棄するなら、NGOといえどアフガンにいる価値はない

2003年ごろから、NGOや国連の職員がタリバンなどの武装勢力に襲撃されるという事件が増えている。2005年5月11日にはジャララバードで、2006年5月29日にはカブールで、いずれも米軍の起こした不祥事をきっかけに住民の騒擾が起き、国連やNGOの事務所が襲われた。アフガニスタンではNGOといえども米軍の協力者、あるいは外国勢力の手先と思われる土壌がある。パレスナやイラクでもNGOが不信感を持って見られる傾向があるが、アフガニスタンではそれが特に強い。

街角のナン屋(2006年)街角のナン屋(2006年)

それには様々な事情が背景にあるのだが、一つにはNGOというものがイスラムに抵触する西洋の価値観の体現者・導入者と見られやすい点がある。また内戦の時代国境で活動していたNGOの中にはアメリカの情報機関が多く入り込んでいたという歴史的な背景もある。さらに治安が悪いという事情があるとはいえ、村で活動するNGOの多くが、村人との信頼関係を築くことなく一方的にプロジェクトを立ち上げてはすぐに去っていくということを繰り返していることも住民の反感を買う要素になっている。

私たちはアフガンの人たちを支援するために来ている。にもかかわらずプロジェクトを形にすることに追われて村の複雑で微妙な人間関係、部族間の関係、人々のうちに秘める情念や誇りをあまりにも知らずに活動している。それはどんなに目的は崇高でも、アフガンの人々には一方的な押し付けでしかない。村に被害が及ばない限りはそんなNGOの稚拙な活動も村人は利用しようとし、陰では舌を出しているのだが、ひとたび村の誇りを傷つけたり、文化的・宗教的な価値に触れたり、物理的な損出を及ぼすようなことがあれば彼らは公然とNGOに反発するか、タリバンやそれに類する武装グループをけしかけたりすることにもありうる。

アフガンで活動することはイスラムの教えや民族の価値観、さらに彼らがたどってきた近現代の歴史的な背景の只中に丸腰の生身を投げ込むようなものである。毎日毎日が住民との信頼関係を築けるかどうかが問われる生々しい修羅場なのだ。もしそうした日々の問いかけを放棄するようであれば、私たちは「かわいそうなアフガン人を助ける」とか「テロリストからアフガン人を解放する」とか「無明のアフガンに民主主義の光を注ぎこむ」とかいった9.11のあと対テロ戦争を仕掛けた国々の指導者と同じレベルの認識に自ら甘んじることになる。それはアフガニスタンの平和を遠のかせることにしかならない。


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