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現地ブログ from 東日本大震災被災地

南相馬日記

仮設住宅のサロン運営などの活動を支えている白川徹が、南相馬市での活動や福島支援に関して見聞きしたことをお伝えします。

仮設で学んだ歌を披露

震災支援担当 白川 徹
2016年8月29日 更新
大きなステージで観衆を前に歌う仮設住民大きなステージで観衆を前に歌う仮設住民

先日、JVCと協力して南相馬の仮設住宅4箇所で「サロン」を運営する「NPO法人 つながっぺ南相馬」がコンサートを「小高・原町・鹿島を繋ぐ歌の輪コンサート」を開催しました。歌うのは、サロンで歌を学んできた仮設住宅の住民たち。この日にむけて練習を繰り返してきました。コンサートには約300人が来場。出演者がステージにあがり、歌が披露される度、大きな拍手が送られました。

【連載・震災から4年目を迎えて】
心の復興を願って

震災支援担当 白川 徹
2015年3月12日 更新
南相馬市小高区塚原で行われた法要の様子南相馬市小高区塚原で行われた法要の様子

去る3月8日、福島県南相馬市小高区塚原地区の公民館(塚原公会堂)で東日本大震災の犠牲者を弔う法要が執り行われた。小雨が降るなか、遺族や地区の住民、市長などが訪れ、この世を去った人々に鎮魂の祈りを捧げた。住民の寄付で建ててられた慰霊碑のお披露目もなされた。

今回の法要は、JVCの福島支援を長年支え続けてくれているアーユス仏教国際ネットワークの呼びかけで集まった有志の僧侶らがボランティアで行ってくれた。8人もの方が各地から集まってくれた。震災から4年を経て、被災地への関心が薄れる中、これだけの方々が福島に関心を寄せ集まってくれたことに感謝の意を表したい。

しかしながら、南相馬の復興への道のりはまだまだ道半ばだ。南相馬市小高区は原発から20キロ圏内ということもあり、震災後には立ち入り禁止の警戒区域に指定され、今でも住民は住むことができない。東京と仙台を結ぶ常磐道が今月はじめに開通したこともあり、車両の往来は増えているが、そこにあるはずの人々の生活は戻ってきておらず、夜になると町は静寂に包まれる。

仮設住宅サロンの様子。毎朝ラジオ体操が行われている仮設住宅サロンの様子。毎朝ラジオ体操が行われている

JVCは南相馬市の仮設住宅4ヶ所で地元団体と共に、住民にコミュニケーションの場所を提供するサロン活動を続けている。長い人では入居から3年以上が経過し、疲れが見え始めている。若い世代の多くが放射能被害を逃れるため市外に避難しているため、南相馬市の仮設住宅の平均年齢は80歳近い。息子夫婦と離れ、仮設住宅で高齢者夫婦が暮らすことは、大きなストレスとなる。また、阪神大震災の時に大きな問題となった単身者の仮設住宅での孤独死も問題になっている。JVCの活動地では無かったが、昨年度20人もの方が仮設住宅で孤独死の犠牲となった。孤独死ではなくても、故郷の家を離れ、仮設住宅でこの世を去る人も出てきている。

震災から4年を経て、南相馬市では確かに店は増え、人の往来も増えた。しかしながら、住民の心の復興はまだ道半ばにも達していない。少しでも住民の方々に寄り添い、活動を続けていきたい。

【連載・震災から4年目を迎えて】
仮設住宅の今は...

震災支援担当 白川 徹
2015年2月26日 更新

(南相馬事業協力団体「NPO法人つながっぺ南相馬」代表今野由喜氏寄稿)

今野由喜氏 サロンにて今野由喜氏 サロンにて

大震災から間もなく5年目に入る今日でも故郷への帰還が叶わず仮設住宅で避難生活を送る子供や多くの高齢者にとって、サロンは人々のきづなや将来への希望をつなぎ、心も身体も健康でストレスに負けずに避難生活を送るための大事な活動拠点になっています。

震災翌年の2012年1月に日本国際ボランティアセンター(JVC)の支援を受け南相馬市鹿島区内で、「癒しのサロン」と言う名称でコミュニティサロンを開設しました。今日では4ヵ所の仮設住宅で、毎月約3000人の被災者が利用する様になっております。

任意団体から始めた、この活動も長期・継続的に取り組む必要性から、JVCの助言や指導を受け、NPO法人化による組織基盤の強化や自主活動範囲の拡大に取組むと同時に、内外のボランティア団体・企業・高校や大学等の被災地支援活動を積極的に受入れ、人と人とを繋ぐ輪を広げて来ることができました。

【南相馬日記(雑誌『オルタ』掲載)】
南相馬の仮設住宅では...- 南相馬通信6

震災支援担当/イラク事業担当 谷山 由子
2015年2月12日 更新

実りの秋。今年は、市内の田んぼに昨年より稲穂が多く実っていることだろう。9月は南相馬に行っていないが、光景が目に浮かんでくる。3年ぶりに作付けを再開し、実証田 ※注(1)か試験田※注(2)かという違いはあるにせよ、昨年度に比べ作付面積も増えて農業の復興も少しずつだが歩みを進めつつある。

収穫したコメの全量全袋検査で農家1戸の玄米からセシウムが検出されたというニュースもあったが、きちんとした対策を講じることで、信頼と協力を回復していって欲しい。

南相馬には足を運ばなかったが、JVCと共同で仮設住宅の集会所でのコミュニティ・サロン運営をしている、NPO法人つながっぺ南相馬の理事長の今野さんに福島市に足を運んでもらい、じっくりと話を聞くことができた。といっても、国際協力NGOの協議体が主催した震災・原発事故以降の福島県での支援活動を振り返るワークショップでのディスカッションの中でことなので、いつもとは違う角度から他の参加者の話も聞きながら過去3年を振り返ることになった。

【南相馬日記(雑誌『オルタ』掲載)】
南相馬の仮設住宅では...- 南相馬通信5

震災支援担当/ アフガニスタン事業担当 谷山 由子
2014年10月27日 更新

「小さな一歩、されど一歩」

今年も、南相馬市の原町区に子どもの遊び場『みんな共和国』が新しい姿でお目見えした。そもそものきっかけは、2012年2月、震災や原発事故で揺るがされた郷土の絆や誇りを見つめ直し将来を語り合おうと開催されたイベント"南相馬ダイアローグ"での若い親たちの訴えだった。

当時、市内を子ども連れで歩くだけで、なぜ避難しないのかと見られているようでつらかったという。「子どもをふつうに外で遊ばせてあげたい」という願いを叶えようと、ダイアローグから生まれた『みんな共和国』の遊び場づくりがその年の秋から始まった 。

除染が進んでいなかった当時は広い体育館など屋内施設を遊び場に仕立ててきたが、回を重ねるごとに形を変え、今回は水遊びのできる浅くて衛生的な池、"じゃぶじゃぶ池"が屋外に登場した。池が作られた高見公園は除染が済んでいるため線量も低く安心して遊ばせることができる。遊び場で当たり前の子どもの歓声が、2年前は聞くこともできなかった。南相馬の人たちの力が、将来にむけた道をまた一歩切り開いた。

【南相馬日記(雑誌『オルタ』掲載)】
南相馬の仮設住宅では...- 南相馬通信4

震災支援担当/イラク事業担当 谷山 由子
2014年9月 2日 更新

「避難3年目、それぞれの夏」

仮設住宅のサロンに通うのが日課になったち語る利用者たち仮設住宅のサロンに通うのが日課になったち語る利用者たち

1ヶ月ぶりに仮設住宅の集会場にある"サロン※注(1)"を訪問した。避難生活を送っている人たちのための交流の場として、1年ほど前から地元のNPOとJVCが協力し開いている。

"サロン"は、今や住民の生活空間の一部になっている。毎日散歩の帰りに寄り、出してもらったお茶を飲みながらマッサージ・チェアの順番を待つ人たちとひとしきりしゃべった後、自分の仮設住宅の家にもどる。そんな日常のようになった風景が、うがった見方をすれば不安定な暮らしの中に編み出された安定のように見える。

「南相馬こころのケア連絡会」がスタートしました。

震災支援担当/ アフガニスタン事業担当 谷山 由子
2014年7月22日 更新

東京から毎月通っている南相馬で最近楽しみになっているのは、原町区の宿舎近くにある夜の森公園を毎朝ジョギングすることです。3周回るとちょうど15分になり、気持ち良く汗をかくことができますし、すれ違う人たちとあいさつを交わすこともできます。加えて、響き渡る鳥のさえずりしか聞こえない朝を迎えられるなんて、東京では味わうことができない最高の贅沢です。

その南相馬の朝をみんなで楽しく過ごそうと、原町区のお医者さんや医療の関係者が音頭をとって「ラジオ体操」を昨年から始めたグループがあります。名前は、「みんなのとなり組」といって、最近NPO法人格を取得した地元のNPOです。代表の堀有伸さんは、震災後に南相馬にいらした精神科の医師で、「人の心は、他の人の心を求めます」と、コミュニティの再生を通じて、メンバーの方々とこころの問題に取り組んでいます。

演奏するウォン・ウィンツァンさん演奏するウォン・ウィンツァンさん

7月6日、ピアニストのウォン・ウィンツァンさんをお招きし、新宿御苑にあるマエストローラ音楽院で福島県・南相馬事業の支援コンサート「瞑想のピアニスト ウォン・ウィンツァンコンサート ~福島を想う七夕の旋律~」が開かれました。一日を通して約80人の方が来場。ウォン・ウィンツァンさんの透き通るような音色を通して、震災・津波・原発事故から3年が過ぎた福島に思いを馳せました。

仮設住宅の、井戸端ならぬ"集積所端"会議

震災支援担当/ アフガニスタン事業担当 谷山 由子
2014年6月20日 更新

風薫る、5月。南相馬の、寒くもなく、暑くもない、過ごしやすい季節を迎えたある日。つながっペ南相馬とサロンを運営している、鹿島区の西町第一仮設住宅を訪れた。

西町第一仮設住宅は、区役所や復興商店街から近く比較的便利な場所に位置しているので、散歩を楽しむ人も多い。集会所前に車を置き、いつものように入り口に向かおうとすると、仮設住宅の奥の方からサロン管理者の松本さんが手押し車を押すご婦人二人とゆっくり、ゆっくり、歩いてくる。

サロンに来るのかな、と思って見ていると、途中にあるゴミ集積所の脇で止まり、どっこらしょっと声が聞こえてくるような仕草でお二人と一緒にベンチに腰を掛けた。

松本さん:「Tさん、サロンに行かないの?」
Tさん:「あんまり行ったこと無い。いいんだ、ここで。」
松本さん:「確か、お孫さん、東京の方に行ってんだよね。」
Tさん:「良く知ってるね。そう、この4月に千葉県の松戸市に就職したの。」
谷山:「そうなの、よかったね。」

屈託ないやりとりに、気がつくと私も自然に仲間入りしている。

きれいに掃除された集積所端では、<br/>おしゃべりにも花が咲く。<br/>写真右がサロン管理者の松本さんきれいに掃除された集積所端では、
おしゃべりにも花が咲く。
写真右がサロン管理者の松本さん

【南相馬日記(雑誌『オルタ』掲載)】
臨時災害放送局の試練 - 南相馬通信3

震災支援担当/ アフガニスタン事業担当 谷山 由子
2014年6月13日 更新

「こちら、臨時災害放送局、南相馬ひばりエフエムです。」

毎朝9時になると聞こえてくるラジオの声。「ああ、今日も一日がんばろう」、スタジオにいるいつの頃からかマイクの前に座る声の主を思い浮かべながら、その日の予定を確認するのが南相馬での日課になった。月曜日から金曜日までの朝9時、昼の12時、夕方5時からの生放送で市内の情報や放射線量のモニタリング結果を、フリートークを交えながら生放送するほか、放射能に関する相談番組など自主制作番組や他局の番組を組み合わせ放送しているのが他局とひと味違う。している。2年前JVCも応援しの開局されて以来、紆余曲折を経ながらも着実に歩みを進めてんできた、JVCもずっと応援してきた臨時災害放送ラジオ局。そのラジオ局が、いま新たな試練を迎えている。

南相馬市役所の中にあるひばりFMのスタジオ南相馬市役所の中にあるひばりFMのスタジオ

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