南相馬日記
「つながっぺ南相馬」が、最初にサロン活動を始めた西町第一(1)(3)仮設住宅の集会室で、輪投げ大会を開きました。つながっぺの今野さんによると、輪投げ大会は、小高区民にもっとも親しまれたゲームだそうです。
西町で輪投げ大会を開催することを聞きつけた、二番目に活動を開始した寺内塚合仮設住宅からも、開催希望の声が上がり、4月早々には開催の予定です。
輪投げ大会は30人が参加、6チームに分かれて総当りの団体戦です。輪投げの的は9つあり、それぞれ点数が違います。どこかに入るか入らないか、偶然の要素も大きく、上手い人がいつも高得点とは限らないのが、人気の秘密のようです。
大震災から丸一年を迎え、南相馬市でも東日本大震災追悼式が開かれました。東京から午前中に、南相馬に戻り、一周年の記念企画に忙しい地元スタッフに代わり、久しぶりに取材に行って、放送の原稿を書きました。以下、その原稿です。
災害FM放送のディレクター役の今野聡さん、機材担当の今野由喜さんの二人を迎えて、東京のJVC新事務所の近くの喫茶店で、報告会を開きました。今野聡さんは韓国のシンポジウムで発言したことがありますが、二人とも国内での報告会は初めてです。私も同席しました。
津波から遠い東京では、今野由喜さんの「津波にあって家は全喪失、自らも車で避難中に津波に飲まれ九死に一生を得た。農作業機を集め避難経路を切り開いた。原発事故のため一族郎党20数人で娘の嫁家に避難した」などの体験は、強い印象を与えたようです。たしかに、今野さんは放送局のメンバーでは最大の被災者ですが、南相馬では決して稀な例ではありません。約7万人の市民の内、津波で650人余りがなくなり、約6万人がいったんは市外に避難し、約2万人が避難を続けているのですから...。
今野さんの住んでいた小高区は警戒区域に指定され、現在も原則、人が入ることができません。4月には避難区域の見直しが行なわれる見通しですが、そのときから復旧が始まるのです。それを忘れてほしくない、と今野さんは強調しました。
JVCもそう思います。新年度はこれまで以上に、南相馬からの発信を強める予定です。
郷里から南相馬に向かう途中、京都市で、京都三条ラジオカフェを訪問しました。
三条ラジオカフェは、行政・企業の支援を受けず、日本で初めてNPO法人として放送局を開始しました。また、ユニークな放送内容でも知られています。町田寿二局長には、1月に南相馬で開かれたFM放送のワークショップに、リソース・パーソン(発言者)として、出席いただきました。
南相馬市の市民グループ「福島の命と未来を放射能から守る会」らが記者会見して、原町区で1キログラムあたり100万ベクレルを超える物質を発見したと発表しました。市民グループは桜井勝延市長に、政府に対して、くわしく調査して安全策を講じるよう要望することを求める要請書を提出しました。
南相馬市で活動する多くの民間グループが若者を中心に集まって、南相馬の将来について市民と対話する「南相馬ダイアローグ・フェスティバル」が、この日と翌日に開かれました。災害FMも活動団体のひとつとして、正式参加しました。活動の紹介、市民との対話のほか、加藤登紀子さんの歌や桜井勝延市長との対話、ウォン・ウィンツァンさんのピアノなど、多彩なゲストを迎えました。 災害FM放送は、二日間にわたって開かれた「芥川賞作家・柳美里さんと物語をつくるコーナー」、初日の「方言を知ろうコーナー」を担当しました。また、フェスティバルのスタッフをたびたび放送に登場させ、事前広報にも努めました。
柳美里さんは、これをきっかけに、災害FM放送で、毎週「柳美里の二人と一人」という定期番組を持ってくださることになりました。
以前から、JVCと関係のある加藤登紀子さんには、東京の担当者と私とでインタビューしました。
午前中、首都圏の2つのグループと南相馬市のボランティアが、冬物衣類を借り上げ住宅の入居者や、自宅避難者に配布しました。開始予定は午前11時でしたが、9時には30人ほどの列ができ、10時には配布を開始したということです。予定の11時には、500人以上の人が受付をすませていました。配られたのは、新品の女性用フリース上下と、中古の衣類で、6トンほどです。
JVCが支援する「つながっぺ南相馬」のサロンの運営の担当者には、いずれも仮設住宅あるいは借り上げ住宅に住む、警戒区域に指定され避難中の小高区の女性にお願いしています。仮設住宅の入居者に多い、小高の人に共感してほしいという意味と、ささやかでも、雇用を生み出したいという意味もあります。我々が学んだ「やっぺ南相馬」のサロンは、津波の被災者を採用しています。
A&S(active&safety)福島というNGOが、食品と飲料水、土壌の放射能の検査を始めたので、取材に行きました。A&S福島は2月1日から、検体のセシウム134、137の放射能を測定しています。バックグラウンドの放射能を修整して測る方式で、測定限界値は10ベクレル/kgとか。1回3,000円で、料金は機械の維持費や運営費にあてているそうです。開始以来、市民からの測定依頼は10件ほどということでした。
前日は午前中、東京事務所でミーティングに出席して、南相馬へ入りました。約10日の不在中にも、20本くらいの原稿を修整しています。夕方、打ち合わせをして、相馬市のホテルへ泊まりました。数日前から、南相馬市のホテルすべてに、二回りくらい電話を入れましたが、一室の空きもありませんでした。市内の火力発電所の復旧工事、除染作業など、多くの人が南相馬市に働きに来ていて、平日はホテルの満杯が続いています。福島市から通っている人もいて、作業能率の向上と、市内での消費の拡大を目指して、南相馬市は「下宿」を募集していました。













