
【おすすめ本紹介!】済州島と四・三事件を知る(会報誌T&Eから)

アジア太平洋戦争を経て、日本から独立したばかりの韓国・済州島で起きた “済州島四・三事件”。新しい国づくりに取り組み始めたばかりのコリアで、住民の10人に1人が犠牲になったと言われる凄惨な事件はなぜ起きたのか。私たちはそこから何を学び取ることができるのか。手掛かりとなる5冊を紹介します。
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本記事は、2025年10月20日に発行されたJVC会報誌「Trial & Error」No.360に掲載された記事です。会報誌はPDFでも公開されています。ぜひご覧ください。 |
美しい自然と独特の文化をいまに継承し、韓国屈指の観光地として日本からも多くの観光客が訪れる済州島。しかしこの島で1945年の日本からの解放後まもなく、全人口28万人のうち3万人が犠牲になったともいわれる凄惨な四・三事件がありました(注)。アジア太平洋戦争後の東アジアに共通する構図の中で起こったこの事件は、一方で平和憲法を得て経済復興を進めた旧宗主国の日本の戦後とはあまりに強いコントラストを放ちながら、いまも私たちの在り方を問い続けています。
その済州を、"人と人の信頼を築くことで差別と分断のない社会の実現を目指す"コリア事業が訪れました。済州とはどんな島で、四 ・三事件とは何だったのか、手掛かりとなる数冊を紹介してみたいと思います。
韓国はもちろん、済州島に関しても山のように出版されている書籍の中で、最初の1冊として紹介したいのが①『韓国済州島』です。歴史的な事件を取り上げる際、私たちはどうしても政治的な事実関係を日付で追い、関係機関や"敵味方"の死者の数などに目を奪われがちです。しかし事件の本質を知るためには、人々がそこの自然と築き上げてきた暮らし、それぞれの土地に刻まれた文化や社会を知ることを避けては通れないと思うのです。本書は、地誌を専門とする著者による島の豊かな描写の続く好著で、発行からほぼ30年の月日を経てなお、入門書として格好の1冊になっているのです。
②『朝鮮と日本に生きる』は、日本統治下の済州に生まれ、天皇を崇拝する典型的な皇国少年として育ち、1945年の解放後は一転して朝鮮人としての自覚に目覚め、自主独立運動に邁進し、もろに四 ・三事件を体験した金時鐘(キム シジョン)氏によるものです。日本の統治時代や解放後の様子、四・三事件当時および虐殺を逃れて日本に密航するまでの描写は、そこにいた者だけが書けるリアルさをもって胸に迫ってきます。
次に紹介する③『増補 なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』は、上述の金氏と、彼とは対照的に、大阪に生まれ、ずっと四 ・三事件を題材に小説を書き続けてきた金石範(キム ソクポム)氏の対談集です。時鐘氏は対談の行われた2001年ころまで、事件については一貫して沈黙を守ってきました。現場を経験し、沈黙してきた時鐘氏と、現場に立てずに日本から発信し続けてきた石範氏の思いが交錯し、それはまた同時に戦後日本の歴史の一面をも描き出していきます。②を読んだ方は、事件のさらなる詳細やその後を知ることになりますし、石範氏の小説を読んできた方なら、そこに描かれてきた数々のシーンについて、深い背景を知ることになるのです。
また、この対談の司会をしているのが、長く四 ・三事件を追ってきた同じく在日の研究者・文京洙(ムン ギョンス)氏です。巻末には氏による事件前の様子から、"共産暴動"として触れることすら許されなかった長い事件後の様子、80年代後半になって真相解明が始まり、2003年、ついに廬武鉉(ノ ムヒョン)大統領が島民に公式に謝罪するまでがまとめられています。年表や真相究明と犠牲者の名誉回復に関する特別法、大統領の公式謝罪の言葉も掲載されており、資料としても有意なものとなっています。
④『済州島四 ・三事件』は、③と同じ年に文氏よって出されたものですが、こちらの方が内容はとても詳しくなっています。島の神話時代からの歴史が書かれている点、島の全史としても読むこともできます。地図や表、写真なども充実しており、済州の歴史をしっかり抑えたい人には必読の1冊と言えるでしょう。
最後に、済州島の自然、歴史や文化、社会、日本との関係、四 ・三事件、そして今後の展望など、その多彩な姿を55章にわたって紹介しているのが⑤『済州島を知るための55章』です。1章ごとに著者が異なるので、まとまりや読みやすさといった点では①に及ばないものの、内容も新しく、守備範囲も広いので、①の続編としてお薦めの入門書です。
歴史はしばしば国家を単位に語られます。しかし実際の世界は国境も海も越えて互いにつながっています。済州島四・三事件は戦後の東アジア、そして日本について深く知る手掛かりを示し、語り掛けてくるのです。
〔注〕“済州島四・三事件” を敢えて一言でいえば、日本からの解放後、一つの国として独立しようとした朝鮮の人々の民族統一運動、なかでもそうした指向性を結果的に強く持つに至った済州の島民(その一部は武装蜂起した)に対する、アメリカ軍政の支援を受けた軍政警察や右翼による大虐殺事件です。
①高野史男、1996年、『韓国済州島-日韓を結ぶ東シナ海の要石』、中公新書。
②金 時鐘、2015年、『朝鮮と日本に生きる-済州島から猪飼野へ』、岩波新書。
③金 石範・金 時鐘、文 京洙編2018年、『増補 なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか-済州島四・三事件の記憶と文学』、平凡社ライブラリー。
④文 京洙、2018年、『済州島四・三事件-「島のくに」の死と再生の物語』、 岩波現代文庫。
⑤梁 聖宗、2018年、『済州島を知るための55章』、明石書店。