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現地ブログ from スーダン

スーダン日記

スーダン駐在の今井が、日本ではほとんど知られていないスーダンの情報をお伝えします。

ラマダン、種は間に合うのか

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年9月17日 更新

前回から続く

ティロ村近くの避難民向け住居での種子の配布は、8月6日に実施することになりました。いえ、なんとしてでも8月6日に終わらせなければなりません。
なぜか?

それは、その翌日にはラマダン(断食月)が明け、イードと呼ばれるイスラムの祝祭日に入ってしまうからです。この日を逃したら、配布は1週間以上も遅れてしまいます。そもそもギリギリのタイミングでの配布計画ですから、それ以上の遅れは許されません。

種子の調達先は、南コルドファン州のおとなり、北コルドファン州の州都エル=オベイドにある種苗会社です。8月3日、トラックで出荷したとの連絡が入りました。

エル=オベイドからカドグリまで約300キロ。バスならば5時間の道のりです。しかしトラックは事情が違います。ここは政府軍と反政府軍との紛争が続く戦地。道路上には何か所もの検問所が設けられ、トラックは停車させられて積荷の検査が行われます。不審物がないかどうか、軍・警察が目を光らせているのです。

それに加えて、トラックにはJVCの種子だけでなく様々な荷が混載されています。各駅停車のように沿道の町で停車しては、積荷を降ろしていくのです。

ウムダとの再会

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年9月13日 更新
周辺には農業の適地が広がる周辺には農業の適地が広がる

JVCカドグリ事務所に戻ったスタッフのアドランは、さっそく種子を配布する準備にかかりました。

しかしその前に、この時期の配布が遅すぎないかどうか、農業の専門家に確認しなくてはなりません。灌漑設備の少ない南コルドファン州では雨水に頼る天水農業が中心ですが、雨季が始まって早や2ヶ月半。あと3ヶ月もすれば乾季がやってきます。穀物の穂が出る前に雨が終わってしまったら、せっかく育てたものが台無しになります。

避難民向け住居、入居始まる

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年9月12日 更新
住居の扉の上には1番から230番までの番号が振られている。写真は218番(アラビア語の数字)。住居の扉の上には1番から230番までの番号が振られている。写真は218番(アラビア語の数字)。

「誰かいるのかなあ?」

クルマを降りたJVCスタッフのアドランは、ちょっと首をかしげました。ティロ村近くの避難民向け住居。「入居が始まった」と聞いて様子を見に来たのですが、意外にしんとしています。 レンガ造りの小さな家の間をしばらく歩いて行くと、いました、いました、何軒かの家の前で女性たちが炊事や洗濯をしています。

そのうちのひとりに話を聞くと、つい2、3日前に入居したようです。
「この前、ここに入る予定の人たち全員が役所に呼ばれてね、『くじ引き』で入居する家が割り当てられたんだよ。そのあと引っ越しを始めたのさ。ほかの人も、すぐに引っ越してくるだろうよ」
金だらいで泥だらけの衣類を洗う手を休めて、年配の主婦はそう教えてくれました。

それにしても、まだまだ大半の家は入居しておらず空き家です。種子の配布などの支援を行うには、もう少し待たなくてはいけないように思えました。

種まきのチャンスは今

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年9月 4日 更新
活動地ではすっかりお馴染みになったJVCのレンタカー活動地ではすっかりお馴染みになったJVCのレンタカー

雨でぬかるんだ道を、JVCスタッフを乗せた赤い小型車が走っていきます。雨季が始まって2ヶ月近い7月半ばにもなれば、カドグリ周辺の未舗装の道はどこもかしこも泥だらけ。JVCがレンタル契約しているクルマは四輪駆動ではないので、車輪が泥にはまらないよう道路の乾いた場所を選んで蛇行しながら注意深く進んでいかなくてはなりません。
そうこうするうち、到着したのが目的地のティロ村。JVCカドグリ事務所からは約20分です。
しかしクルマは村の中には停車せず、さらに数百メートル先へと向かいました。そこには、新しく建設されたばかりの、マッチ箱のようなレンガ造りの小さな家々が並んでいます。

誰も守ってくれない

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年7月 1日 更新

6月14日、カドグリは朝から激しい爆発音に包まれました。

明け方からの政府軍の攻撃に呼応して、郊外に陣取る反政府軍が市内めがけて砲弾を撃ち込んできたのです。

「今日は、これまでとは違う。ずっと近くから撃ってきている」
電話口から、少し興奮したハマッドさんの声が聞こえてきました。

カドグリの緊迫した状況を知った私たち首都ハルツームのJVC事務所は、現地のJVCスタッフだけでなく、カドグリにいる知り合いに電話をして情勢の把握に務めていました。ハマッドさんは、いつも私たちのパソコンを修理してくれる業者さん。カドグリの事情に詳しい「物知り屋さん」です。

「ハマッドさん、『近い』って言うけど、どのくらいの距離か分かるの?」
「ハッキリとは分からない。でも、反政府軍が丘のすぐ向こうまで来ているっていうウワサ話が2、3日前からあったんだ。それに、使っている爆弾も今までとは違うみたいだ」
「えっ、爆弾が違うって?」

ここで携帯電話が途切れてしまいました。回線が込み合っているのでしょうか。多くの人が、不安に駆られて連絡を取り合っているのかもしれません。

ユヌスさん、お疲れさま

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年7月 1日 更新

「ハルツームは暑いな。カドグリは雨が降り始めていい季節だっていうのに」

JVC事務所に顔を出すなり、ユヌスはそう言って笑いました。彼にとっては久々のハルツームです。そして、今回のハルツーム出張をもって彼のJVCスタッフとしての任期も終了することになります。

元々はJVCカドグリ事務所の大家さんだったユヌス。カドグリの市場で仲間と商売をしていました。「NGO」とか「人道支援」とかには、縁もゆかりもなかったわけです。

その彼が、一昨年の南コルドファンでの紛争勃発後、緊急支援を始めようとしていたJVCの臨時スタッフに志願してきました。きっかけは、紛争の口火となった2011年6月のカドグリ市街戦です。あの「恐ろしい夜」がなかったら、未知の世界であるNGOで私と一緒に仕事をすることも、あり得なかったでしょう。

それ以降、1年半にわたりJVCカドグリ事務所の中心メンバーとして活動してきたユヌス。この「現地便り」でも、私よりもはるかに登場回数が多い主役でした。しかし、事務所の運営も落ち着いた今、お互いに話し合った末、元々の領分である商売の世界に戻ることになりました。

ベッド以外に家財道具のない避難民の住居。JVCが配布した毛布の上で赤ん坊が寝ていたベッド以外に家財道具のない避難民の住居。JVCが配布した毛布の上で赤ん坊が寝ていた

4月後半からの1か月間にJVCは600世帯以上に生活用品を配布、カドグリに到着した避難民の大半を支援することができました。

物資を受け取った避難民は、その後どんな生活を送っているのでしょうか?
JVCスタッフは、多くの避難民が生活しているティロ地区へと向かいました。

JVC事務所から北東に向かい、丘陵地帯を左手に見ながらクルマで15分。丘陵の東側に位置しているのがティロ地区です。ちなみに、この「現地便り」でお馴染みのムルタ村からは丘陵を挟んで反対側にあたります。

ハディジャさんと住居ハディジャさんと住居

広場にクルマを停めて、家々の間を歩いてみます。避難民は一ヶ所に固まって生活しているのではなく、あちこちに散らばって空き家や軒先を借りて生活をしているはずです。

すぐに、JVCが配布した防水シートとゴザで作った仮囲いの小屋が目に留まりました。避難民の住居に違いありません。小屋の脇には、森から集めてきた薪が積まれています。

その避難民たちは、木の下で暮らしていました。

カドグリ郊外での生活用品配布を一段落させたJVCスタッフのもとに、「シエリ地区にたくさんの避難民がいる」との情報が入ってきました。シエリとは、カドグリから北に15キロ、紛争が起きる前には首都ハルツームへの定期便も運行されていたカドグリ空港の近くです。

さっそく、避難民の状況を確認に向かいます。

スタッフを乗せた赤い小型車は、幹線道路を折れてシエリ地区へと入りました。道路はなく、地面に残されたタイヤの跡をたどって進んでいくと、乾燥した大地に大きな木がまばらに繁っている場所に出ました。

木の下での暮らしと家財道具。家畜も見える木の下での暮らしと家財道具。家畜も見える

「あれ、人が住んでいるよ」
気が付くと、あちこちの木陰にベッドや戸棚などの家財道具が山積みになっています。ヤギが寝そべり、遠くにはウシの群れも見えます。クルマを見つけて子どもたちが飛び出してきました。

「ちょっとクルマを停めて、話を聞いてみよう」
外に出ると、直射日光と熱風で身体が焼けるようです。あわてて木陰に入ると、そこは避難民家族の生活の場です。

木陰のベッドで生活する家族。左下にはニワトリも木陰のベッドで生活する家族。左下にはニワトリも

「あっ、突然おじゃましてすみません。JVCという日本の援助団体です」
そう言って、その場にいるひとりひとりと握手を交わすのがスーダン流の挨拶です。使い古されたベッドには年配の女性が座り、その周りには赤ん坊を抱いた若いお母さん、そして子どもたちが突然の来訪者を見つめています。

「村から避難してきた人がいると聞いてきました。みなさんは、どちらから来たのですか?」
「カラカラヤだよ」

首都ハルツームに駐在する私の手元に、国連の安全担当局(UNDSS)からの治安情報が毎日Eメールで送られてきます。カドグリに向けた反政府軍の砲撃、そしてカドグリ南郊の政府軍基地からの応戦。そんな報告が日を追って増えています。

「昨日の晩も大きな砲声が聞こえてきた・・・カドグリの町は大丈夫だ。でも、周辺での戦闘はまだ続いているらしい」
JVCスタッフからも、そんな報告が続きます。
砲撃の音がやまないカドグリ。しかしそれでも、地上戦に巻き込まれた村にくらべれば安全なのでしょうか。避難民の流入は、まだまだ止まりません。

ティロ地区での物資配布ティロ地区での物資配布

JVCが最初に支援物資を配布したクルバ小学校は、避難民の中継所のようになっています。

ここに到着して休息を取った避難民は、自分たちの判断で、或いは州政府の取り計らいで、受け入れ先となるカドグリ市内外の各地区に向かいます。多くの避難民が向かった先は、市の東側3~5キロの郊外に広がるガルドゥッド、ティロのふたつの地区。その理由は、これらの地区には、今回の避難民と同じダンドロ村の出身者が住んでいるからです。

10~20年前のやはり内戦による混乱期に、戦闘を逃れて或いは出稼ぎのためこの土地に移動して、そのまま住みついた人々です。そうした人々が、同郷のよしみで避難民を受け入れてくれるのです。

「町はずれの小学校に避難民が押し寄せている」

JVCカドグリ事務所にその情報が入ったのは4月17日の午後。スタッフはさっそく現場であるクルバ小学校へと向かいました。

小学校に到着した避難民小学校に到着した避難民

カドグリの町から幹線道路を北に向かってクルマで5分、この「現地便り」でお馴染みのムルタ村に行く途中に、クルバ地区があります。
小学校の校庭には、既にスーダン赤新月社(註:赤十字社と同様の人道援助機関だがイスラム諸国ではこの名称となる)の車両が止まっていました。その向こう側、校舎の軒下には灼熱の日差しを避けて避難民らしき人々が折り重なるように座り込んでいます。何百人いるのでしょうか。トブと呼ばれる一枚布の上着をまとった母親と、子どもたちの姿が目につきます。

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