アジア・中東・アフリカで活動する国際協力NGOです。
  • JVC facebook
  • JVC twitter
  • イベントメルマガ配信中
  • 文字サイズ:大きく
  • 文字サイズ:中くらいに
  • 文字サイズ:小さく
JVC English website

ムルタ地区、新旧の避難民

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2012年5月22日 更新

カドグリから北に向かって真っすぐに伸びる幹線道路。首都ハルツームに向かう長距離バスもこの道を走ります。その道路沿い、カドグリの町から数キロの場所にムルタ集落が広がっています。

ムルタ避難民地区ムルタ避難民地区

私たちが実施する農具と種子の支援は、前々回の「現地便り」でご紹介したハジェラナル地区とともに、このムルタ地区が対象となります。ここは、ハジェラナルのような住居の破壊などの被害は受けなかったものの、やはり昨年6月に戦闘が起きた時には住民は全員が避難。「数週間後に戻ってみたら、家の中は略奪されて空っぽだった」地区です。

ウドゥ村出身住民グループのリーダー、マンジャさんウドゥ村出身住民グループのリーダー、マンジャさん

幹線道路を挟んで東西に広がる集落のうち、西側を訪ねました。「ここはムルタの中で『避難民地区』と呼ばれているのです。よ」JVCスタッフを出迎えたこの地区のリーダー、マンジャさんがそう教えてくれました。「それはつまり、この地区の人たちはみな避難民なんですか?」と尋ねるスタッフに、「はい、そうです。」と笑って答えるマンジャさん。「でも、今起きている紛争の避難民ではありませんよ。」そう言って、マンジャさんは地区の歴史を教えてくれました。

元々この一帯は「ムルタ」と呼ばれる人々が住んでいる土地でした。しかし1980年代に始まった内戦が激しくなると、戦場となったヌバ山地(南コルドファン州中央部の丘陵地帯)から、多くの人々が避難民として流れてきました。1990年前後のことです。この地区にやってきたのは、主にヌバ山地の三つの村の出身者でした。避難民は戦場となった村に戻るよりもこの地区に定住することを望み、それに応えたムルタの人々は彼らに幹線道路の西側の土地を無償で提供しました。こうして「避難民地区」が生まれたのです。

20年が経過した今でも、住民は元の出身村ごとに三つのグループに分かれて生活しており、マンジャさんはそのうちのひとつのリーダーです。「私のグループは、エル=ブラム郡のウドゥ村からやってきました。」「えっ・・・ほ、本当ですか?」これには私たちのスタッフも驚きました。偶然にも、彼らの出身村は、JVCが昨年の紛争勃発まで活動していたウドゥ村だったのです。
(ウドゥ村の様子~スーダン現地便り2010年6月23日号

集まってもらった女性たち。右から2人目は話を聞くJVCスタッフ集まってもらった女性たち。右から2人目は話を聞くJVCスタッフ

「マンジャさん、近所の方に集まってもらって少しお話を聞きたいのですが。」そう言ってマンジャさんの家の軒先で待っていると、近所の女性が集まってきてくれました。男性は、昼間はカドグリの町に日雇の仕事で出掛けることが多く、あまり村にはいないのだそうです。「こんにちは。JVCといいます。みなさん、この地区にずっと住んでいる方ですか?」そう尋ねると、スタッフの隣に座っていた女性、アシャさんが「私はこの『避難民地区』ができたときから住んでいるわ。でも、あっちの彼女と、こっちの彼女、ふたりは最近、ウドゥ村から避難してきたのよ」と教えてくれました。集まってくれた7人のうち2人が今回の紛争による避難民。避難するまでの村の様子について尋ねました。

「戦争が始まった後も、村で生活していたんです。飛行機の音が聞こえたら洞穴に隠れ、安全な時を見はからって畑に出たり、木の実を集めたりして生活をしのいでいました。」ウドゥ村が空爆の対象地域に入っていることは、国連の報告などで私たちも知っていました。「でも去年の収穫は少なかったし、最後には子供に食べさせるものも何もなくなって・・・それで村から逃げてきたんです。」
ムルタに避難してきてからは、住居はどうしているのでしょうか?

「親戚の家族と一緒に生活しています。」横で聞いていたアシャさんがうなずいています。「そうよ。私たちはみなウドゥの人間、兄弟姉妹。一緒に住んで全然問題ないわ。ただ、どの家も20人くらい住んでギュウギュウ詰めだけどね。」

夕方の話し合いには多くの住民が集まった夕方の話し合いには多くの住民が集まった

夕方になると、町から男たちが戻ってきました。あらためて住民に集まってもらい、JVCの自己紹介と今後の活動について話をしました。

「あれ、あんた、ウドゥ村に来ていたよね。」話し合いが終わったあと、ひとりの男性、カフィさんがスタッフのイルアミンに話しかけてきました。彼は去年の紛争後の新しい避難民です。ウドゥ村に住んでいた頃、当時ボランティアとして私たちと一緒に村を訪問していたイルアミンを覚えていたのです。「そうか、JVCってあのとき村に来ていたのと同じ団体なんだ・・そうだ、あの『アモ』はどこにいる?」「アモ・・・?」イルアミンがいぶかしげな顔をすると、「ほら、いたじゃないか。『アモ、アモ』って挨拶していた外国人」

そう、カフィさんは私(今井)のことを尋ねているのです。「アモ」というのは、ウドゥ村の言葉で「友人」の意。そのまま、人への呼び掛けや日常の挨拶にも使われます。私が覚えた数少ない地元の言葉のひとつでした。

「ああ、あの日本人はハルツームで元気にしているわよ。」「そりゃあよかった・・・ところで、農具と種を配るんだって?ここの住民は、町で仕事をしたりもするけれど、みんな元々は農民だ。去年は戦争のおかげで作物ができなかったけど、農具と種があれば、また農業を始めることができる。」「でも、あなたのような新しい避難民の人たちは、耕す土地を持っているの?」

そう、それが私たちの心配事でした。「オレは親戚から土地を借りて耕すよ。土地は十分にあるし、ここではみんな兄弟なんだ。」カフィさんは笑いながら、自慢げにそう言うのでした。

【おことわり】
現在、JVC現地代表の今井をはじめNGO外国人スタッフが南コルドファン州に入ることは、スーダン政府により制限されています。このため、2012年1月以降の「現地便り」はカドグリの状況や活動の様子を、JVCスーダン人スタッフの報告に基づき今井が執筆したものです。

団体案内
JVCの取り組み
11ヵ国での活動
イベント/お知らせ
現地ブログ
あなたにできること
その他
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
〒110-8605 東京都台東区上野5-3-4 クリエイティブOne秋葉原ビル6F 【地図】
TEL:03-3834-2388 FAX:03-3835-0519 E-mail:info@ngo-jvc.net