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誇り高き抵抗 ― ゴラン高原 マジダル・シャムス村(1)

パレスチナ現地代表 福田 直美
2009年9月23日 更新

イスラムの新年の休暇を利用して、ゴラン高原にある「マジダル・シャムス」村に行ってきました。

ゴラン高原(赤で囲った地域)はイスラエルの北端にある。67年まではシリア領(現在ゴラン高原の東側)にあった(出展:United Nations)ゴラン高原(赤で囲った地域)はイスラエルの北端にある。67年まではシリア領(現在ゴラン高原の東側)にあった(出展:United Nations)

エルサレムから西岸、ジェリコ方面へ。ヨルダンとの国境沿いの道路をひたすら北上します。ティベリア湖を過ぎ、ゴラン高原を南端からまた北上。みずみずしい緑と土の匂いに、ここが水の豊富な地であることを感じます。しかし、その道路の脇には瓦礫となって、まだ家の形を残している建物や、半壊になったままのモスクが見えます。1967年、第三次中東戦争でそれまでシリア領だったこの地域は、イスラエルの占領下となりました。それ以前は139の村がありましたが、多くの村は破壊され、生き残ったのは5つの村だけ。約130,000人いた人口のうち多くは村から追い出され、主にシリアへと逃れ、残ったのは6,000人強だったそうです。その時から離れ離れになったままの家族も多くいます。マジダル・シャムスは、その時に生き残った村の1つです。

緑色の部分が、1967年の第三次中東戦争で生き残った村。マジダル・シャムス(赤で囲った場所)は、“Demilitarized Zone(非武装地帯)”のすぐ隣にある。濃い青色は、イスラエルの入植地(出展:Golan for Development)緑色の部分が、1967年の第三次中東戦争で生き残った村。マジダル・シャムス(赤で囲った場所)は、“Demilitarized Zone(非武装地帯)”のすぐ隣にある。濃い青色は、イスラエルの入植地(出展:Golan for Development)

この地域の人々は、シリア国籍を持つことを許されていません。ゴラン高原を占領した後、イスラエルは残った人々に、イスラエル国籍を取得するように促しましたが、それは人々にとって「屈辱」であり、拒否し抵抗を続けました。抵抗した者には様々な刑罰が科され、それに対し、半年に渡るストライキが起こったそうです。「ゴラン高原はイスラエルにとって最も重要な水源だから、決して手放さそうとはしない。ここに住む人々が、国籍がない状態で故郷をどんなに長く夢見ていようとも」と話してくれたのは、地元のNGO、“Golan for Development”のタイシールさん。パレスチナ、ゴラン高原で主にアドボカシー活動に力を入れている地元のNGOが集結した“OPGAI(Occupied Palestine and Syrian Golan heights Advocacy initiative)”を始めたメンバーの1人です。

1967年に破壊され、ゴーストタウンとなった村。今はイスラエルの自然保護区にあるゴラン高原のあちこちで見かける(提供:Golan for Development)1967年に破壊され、ゴーストタウンとなった村。今はイスラエルの自然保護区にあるゴラン高原のあちこちで見かける(提供:Golan for Development)

この地域では、シリアの国旗を掲げることはイスラエルによって許されていないそうです。現在、村にはカラフルなドゥルーズ(ムスリムの一派)の旗がたくさん掲げられています。実は、村に着いた時、「何かが足りない・・・何だろう?」と違和感があったのですが、しばらくしてその「違和感」が何か、わかりました。

この村にはモスクがないのです。お祈りの前のアザーンも、聞こえてきません。歩いている人々は、女性は頭にスカーフを被っている人もいます。男性もドゥルーズの独特のズボンをはいています。しかし、この日は断食月の最終日だったのですが、日没前の時間も人々は道端のカフェでサンドウィッチを食べたりお茶を飲んだりしています。ラマダンの飾りつけや新年のお祝いの雰囲気もありません。

ドゥルーズの旗は青い空によく映えるドゥルーズの旗は青い空によく映える

「この村にモスクはないけれども、人々がお祈りのために集まる場所はある。ドゥルーズである僕達はムスリムの一派だよ。でも、断食はしない。輪廻転生を信じている。だから、他のムスリムの宗派の人達からは、“異端児”なムスリムって思われているかもしれないけれどもね」。不思議がる私に、タイシールさんが笑って説明してくれました。

“Golan for Development”は、もともとイスラエルから公共サービスを満足に提供されず、医療サービスも乏しかったこの村に、クリニックを作ることから始まりました。現在、24時間の緊急サービスもあり、多くの人々が訪れていました。また、教育・文化活動も積極的に行っており、子ども達の演劇や音楽教室なども充実しています。ただ、この村には学校はイスラエルの公立校が1つしかありません。この学校では、イスラエルの教育カリキュラムに沿った授業しか許されていないのです。自分達のドゥルーズとしてのアイデンティティを保つためにも、学校を作ることは、今"Golan for Development"の課題でもあるそうです。

しかし、全ての活動において「外からの支援に頼らず自分達で続けていける体制」を重視しているため、まだ現実には動いていないそうです。「JVCという日本のNGOに勤めている」と言うと、「ああ!覚えているよ。10年位前かな、西岸の子どもたちが来て、ここで歌ったんだ」と懐かしそうに言いました。10年越しのJVCとの“再会”を喜びながらも、「分離壁が建設されてから、もう西岸の子どもたちが来ることはできないんだよね」と悲しそうです。

1日目の夜、マジダル・シャムスに冬の訪れを告げる嵐がやってきました。鳴り止まない雷の音と光、叩きつけるような雨音。ここに来る道のりにどこまでも広がっていたリンゴ畑と、収穫に忙しそうな人々、コンテナーにいっぱいのリンゴを運ぶトラクターを思いながら、「リンゴは大丈夫かな」と眠れない夜を過ごしました。


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