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イラク難民 〜その1〜

パレスチナ事業担当 看護師 吉野 都 吉野 都
2002年8月 8日 更新

JVCは現在ヨルダンでイラク難民の情況を調査中です。もしアメリカがイラクを空爆したなら、更なる難民でアンマンの町がごったがえすことが予想されます。まずは現地の新聞に面白い記事がありましたので抄訳を紹介します。

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ヨルダンの新聞記事(The Star, 25-31July 2002, Volume13)から
Sumaya Alkhalidi “Eking out a living: Iraqi women in downtown Amman”

ヨルダンは今やイラク人のための国となってきている。国連のイラク制裁が始まった1990年代から、人々はヨルダンの町へと漂流してきている。今ではヨルダンは、彼らの永遠の居住区となりつつある。

イラクの女性たちは、ヨルダンでどのように暮らしているのだろうか?彼女たちは、たばこやライター、チョコレートなど小さなものを売っている。そんな光景はあちこちで見られるが、特にアンマンのダウンタウン・エリアに多く見られる。「私はヨルダンに来て3年になる。」一人の黒い服をまとった女性が言った。「私は、小物を買ってそれを売りなおして生計を立てている。私は結婚しているが家族を離れなければならなかった。私は薬が必要でそれを買うためにお金が必要だった。それらは非常に高価だ。私の左目はほとんど失明しているの。」

悲嘆は続く。大雑把に見積もっても、アンマンには10万人のイラク人が住むと言われている。3歳の娘と道端に腰をかけている女性に出会った。どうしてヨルダンに来たのですか、と問うと、彼女は手のひらで顔を隠し「ここから立ち去ってくれ。」と話した。ある種の恐れが彼女を取り乱させてしまったようだ。

その次には、20歳にもとどかないような若く美しい女性にあった。しかし、彼女はさびしそうであった。「ヨルダンに来てから1ヶ月になります。私はまだ結婚していないけど、イラクに残してきたまだ幼い兄弟たちを養う母を助けるために、母と一緒にヨルダンに働きに来た。私と母は、ダウンタウンの小さな部屋に住んでいる。私たちが稼いでいるお金は住むのにやっと足りている程度。それでイラクに送金している。

イラクの家族が必要としているから。」「何が怖いかって、セキュリティーの人々。彼らは突然現れて、私たちを捕まえる。つかまる前に、売り物を片付けて逃げるのよ。とにかく怖いものがたくさんある。なぜ彼らは私たちをほうっておいてくれないのかしら。」彼女は尋ねた。

最後に出会った女性がもっとも痛切であった。「私は施しによって生きている。品物は売れないけれど、お金をくれる人々がいる。私が年をとっているからかわいそうだと思うのでしょう。」「ヨルダンに来る以外の選択が無かったの。イラクでの生活は地獄だから。イラクとクエートの戦争の後、私たちは生活できないようになってしまった。解決策は、ほかの国に行って住むのに良いところを探すこと。」

国内外を問わず、イラク人は多くの苦痛を味わっている。彼らの苦難は、国連の経済制裁が終わるまで続くであろうし、誰も彼らのことを見向きもしない。アンマンのイラク女性たちは、少なくとも明日の未来のために今日も通常どおり働いている。(抄訳以上)

アンマンのイラクレストラン。肉体労働者の溜まり場となっている。仕事を求めてイラクから陸路でアンマンにやってくる若者も多い。アンマンのイラクレストラン。肉体労働者の溜まり場となっている。仕事を求めてイラクから陸路でアンマンにやってくる若者も多い。

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