アジア・中東・アフリカで活動する国際協力NGOです。
  • JVC facebook
  • JVC twitter
  • イベントメルマガ配信中
  • 文字サイズ:大きく
  • 文字サイズ:中くらいに
  • 文字サイズ:小さく
JVC English website

6月30日(金)男不足

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月30日 更新

ワッサナーは24歳、JVC対象村であるガーヤンカム村の娘だ。24歳でまだ独身であり、(村の娘の結婚は普通早い)利発な彼女の存在が私は前から気になっていた。「なぜ結婚しないのか」と聞くと、どうやらワッサナーより年上の男性(25歳から35歳くらい)はもともと人数が少なく、また多くは他の村の女性と知り合い、結婚してしまうという。(男は村の外に出る機会が多い)そういえば、以前ランパンも同じ事を言っていたのを思い出す。彼女の主張によると、(彼女の世代は)ラオスは男性よりも女性の方が人数が多いのだという。彼女が中学生の時、女子が48名なのに対し、男子は39名だったという。学校によっては女子が17名、男子が9名のクラスもあったらしい。また、更に追い討ちをかけるように、その少ない男性の数パーセントがある一定の年を超えると「おかま」に変身してしまい、女子が結婚相手として考慮できる男性の数はさらに少なくなる。ちなみに、ランパンの男友達も3名程がおかまに変身。しかも、その内1名は看護士で、もう1名はその後ある女性を好きになり、その後、通常の男性に戻ったという。「おまえの決心はそんなものだったのか!!」と日本人なら言いそうになってしまうが、おかまになっても、元に戻っても、自然に社会から受け入れられる、それがラオス社会というものだ。

6月29日(木)恵みの雨

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月29日 更新

誰かが猫を水浴びさせたせいか、またはテルテル坊主の効力か、朝雨の音で目が覚める。現在の時刻は午前7時。今までずーと雨は降り続き、止む気配はない。やった!これで田植も大丈夫!と喜びたい反面、今日は車でナカイ郡に泊りがけの調査に行かなければならないことを思い出す。人生まあこんなもんだろう。
国道12号線をナカイに向かうと驚いたことに、一部の地域は一晩の雨で洪水になっていた。昨日までは干上がりで苦しんでいたのに、たった一晩で今度は洪水の心配をしなければならないとは、村人の苦労が身にしみる。恵みの雨が脅威の雨にならないように、またテルテル坊主を作るはめになりそうだ。猫は日干しにすればいいのかな?

6月28日(水)晩婚

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月28日 更新

41歳(正式な年齢は不明)の森林担当カウンターパートのランマーがついに結婚した。今日は彼女の待ちに待った結婚式。お相手はラオス愛国戦線で働く3歳年下の男性。40過ぎた女性がしかも年下の男性と結婚するということで、「金」目当ての結婚ではないのかとの噂が流れる。40過ぎて結婚していないと「かわいそうね。相手が誰もいないんだね」という目で見られ、やっと結婚できたと思ったら「40女と結婚するなんて相手は金目当てに違いない」と言われるとは、踏んだり蹴ったりである。
聞くところによると、ランマーは親が資産家なのではなく、現在の彼女の家も彼女が農林局で必死に(不正に?)働いた資金で築き上げた物だという。日本で言えば、キャリアウーマン故に結婚が遅くなったのだろう。ランマーよ、おめでとう、そしてお幸せに。私は働く女性の味方です。

6月27日(火)猫の水浴び

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月27日 更新

雨が降らない。国道13号線沿いにあるヒンブン郡の村へ苗床の具合を見に行く。田はカラカラに乾き、苗床では水不足のため種籾の1/4ぐらいが発芽せず、籾のまま残っていた。落胆するパーデン村のケウさんにローカルスタッフのフンパンが「猫を水浴びさせなよ」とアドバイス。何でも、ラオス人は猫を水浴びさせると雨が降ると信じているらしい。困っている村人を前に、そんなアドバイスしかないのか!と首を絞めそうになるが、こればかりは天候次第、村人の言うように、あと数日、雨が降るのを見守るしかない。久しぶりにテルテル坊主を逆さ釣りにしてみよっと。

6月26日(月)そして誰もいなくなる?

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月26日 更新

ユキコさん、賀川さん、そしてランパンと夕食。今日のメニューは火鉢を使ってあげた手作りコロッケ。ランパンは私の家の2軒隣に住む看護学校の学生。今年卒業し、来月からニョマラート郡にボランティア看護士として派遣されるため、今日は彼女との小さなお別れ会だ。ランパンがいなくなり、来年の4月にはユキコさんも帰国。賀川さんはビエンチャン駐在となったら、私はこのカムアンで発狂しないだろうか?私の大家の家に去年まで4頭いた犬は2頭が死に、1頭はベトナム行きのトラックに乗せられ行方不明、今残るはたったの1頭のみだ。人だけでなく、犬までいなくなる始末である。恐るべし、カムアン。
この仕事は、人との別れ、そして出会いが特に激しい。ユキコさんは帰国するが、また彼女の後任をいつか迎える日が来るだろう。そして、新しい人が来る度に「こいつよりも早く帰国するぞ!」という言葉がなぜかふと頭に浮かぶ。決して、ラオスが嫌いな訳ではないが、みんなが帰っていって、自分だけがこの地に取り残されるという‘感覚’があまり好きじゃないんだろう。でも、ほんとうにこの地を離れる時、誰よりも切なくなるのは、私かもしれない。

6月23日(金)ブラパー入り?A

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月23日 更新

午後、2村目には、約束の時間に誰も集まっていない。どうも、村人が集合時間を勘違いしたらしい。仕方なく、村人が集まりやすい夜(7時)に時間を設定し直し、再度出直す。
ブラパー郡の村の多くにはまだ電気が来ていない。村の集会は石油ランプの下で始まった。この村は48世帯の中規模の村。元々はベトナムから移り住んできた人たちで作られた。よって、今でも村の中ではベトナム語(少数民族言語)を使用しており、ラオス語が分かるのは、村の有力者に限られている。ラオス政府の法律では、村人が使用する森を保全林、利用林というように、5つの区分に分類しているが、村にはその村人が何百年も使用してきた自分たちの森の名前があり、政府が付けた5つの区分の呼び名に親しみはない。例えば、ラオス政府で「パーサグアン(保護林)」と呼ばれているものは、村人には「ドンドン(水に囲まれたエリア)」と呼ばれている。この村に限って言えば、その他の森はラオス語ではなく、‘ベトナム語’の名前が付けられ、村人に親しまれているという。その他にも、「ドンタウェー(タウェーさんのエリア)」のように、森に人の名前が付いていることも頻繁にあるようだ。人々が何百年も前から親しみ続けてきた森の名前を、政府が政府の基準によって区分した森の名前に改名するのは、少し無理があるのかもしれない。

6月22日(木)ブラパー入り?@

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月22日 更新

JVC森林チームのトゥイ、ビリー、賀川さんとブラパー郡入り。ブラパーはベトナムとの国境沿いに位置し、カムアン県の中でも政府の貧困地域に指定されている地域だ。ブラパーには郡が営業するゲストハウスが一つだけあり、そこへ宿泊することになった。村へ泊まる案もあったけれど、村は今水が不足しており、よそ者が使用するだけの水がないらしい。こんな山奥に来る外国人は誰もいないんだろうと思いきや、実はつい最近まで、ここはアメリカ人で溢れていたらしい。何でも、アメリカ軍(?)が2機のヘリコプターでブラパーに直接乗り付け、ベトナム戦争でこの地で戦死した元米軍兵士の骨を拾い集めていたという。朝食を食べたマーケットのうどん屋のおばちゃんは、「日本人はラオスに来ても何でも食べれるからいいね。アメリカ人はここに来ても、日用雑貨から、食べ物から全部アメリカから運んでくるから、外国人が来てもちっとも売上が上がりやしない」と文句を言っていた。
アメリカがラオスで戦争があったことを正式に認めたのがつい数年前。やっぱりラオスで戦争はあったのだと今更ながら、実感する。このようなニュースが、CNNやNHK、ラオスのローカルニュースにも流れないのは何とも残念だ。

6月21日(水)怒りの抑え方

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月21日 更新

今日はナドぅー村のSRIの田植え。昨日の午後、15分余り激しく降った雨のおかげで、何とか田植えができるくらいの状態になった。しかしながら、田植は雨次第だったので、事前に村人に周知できず、参加した村人は田の持ち主、クーさんのみ。それだけでもショックを隠せないのに、カウンターパートのシーソンポンは田植えをさぼり、村人の家で昼寝。怒りを抑えるために、無言で田植えに集中。「おい、シーソンポン。仕事もしないで寝ているだけで日当(250円)が貰える程、世の中甘くないぞ」と言いたい気持ちを必死に抑えるが、どうにも怒りが収まらず、帰りの車の冷房を最強にし、頭と気持ちを冷やす。ラオスでは、怒りを抑える術をいくつ知っているかで、どれだけ長く働けるかが決まるような気がする。短気な私はあとどれくらい持つだろうか。

6月20日(火)大切な時間

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月20日 更新

JICAの藤本さん登場。今回はチャンパサックの出張帰りにカムアンに立ち寄ったとのこと。近所の仲の良いシンちゃんの家でタケ-ク日本人会のみんなで晩御飯。カオニャオとビンカイ(地鶏の炭火焼)、ターマクフーン(パパイアサラダ)を食べる。あー幸せ。シンちゃんは農林局の森林課に勤めており、ラオスの伝統的な高床式の家にお母さんと妹のコンちゃんと3人で暮らしている。仕事が遅くなり、ご飯を作る気力がない日は決まってシンちゃんの家にずうずうしくも押しかけ、タダ飯を食べる。(近所に住むユキコさんは更に宿泊までして帰るからすごい)私たち日本人の他にも、近所の人や親戚(近所の人がほとんど皆親戚だったりする)が入れ替わり立ち替わり訪れ、皆でご飯を一緒に食べる時間は、「あー、ラオスだなー」と一番実感できる大切な時間だ。

6月19日(月)乾く村

ラオス現地代表 新井 綾香
2006年6月19日 更新

久々の現場入り。JVCが支援しているSRI(幼苗一本植:生後15日の苗を1本で植える田植えの方法)の確認にいく。が、本来なら、既にこの時期田植えが終了しているはずなのに、マハサイ郡では雨が降らず、田植えができていない。セバンファイ川沿いにあるノンコーク村では完全に田が乾ききり、まるで乾季に見た田そのものと変わりなかった。既に苗床では種籾を蒔いてしまっており、苗はそろそろ生後15日目に達する。このまま雨が降らなければ、また苗床から作り直しだ。天水だけに頼る農業というのは、なんと不確定なものだろう。そして、その農業をしている村人に、SRIは果たしてあっているのか?村人の仕事だけを増やす結果になっていないか?例のごとく、不安が頭の中を駆け巡る。

同じノンコーク村の焼畑も見学した。乾燥は、焼畑にも影響を少しづつ及ぼしているが、それでも陸稲は雨も降らないのに、すくすくと育っていた。陸稲は少しの乾燥では滅多に枯れないけど、水稲は雨が降らないとすぐにダメになる。こういう状況を見ると、焼畑がいかに村人の生活を支えているか、ある意味村人にとって保険のような役割(万が一の時の唯一の収穫になる)をしているか実感する。村人の農業は知れば知るほど、カムアンの自然とみごとにマッチしており、本当に頭が下がります。

団体案内
JVCの取り組み
9ヵ国での活動
イベント/お知らせ
現地ブログ
あなたにできること
その他
特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター
〒110-8605 東京都台東区上野5-3-4 クリエイティブOne秋葉原ビル6F 【地図】
TEL:03-3834-2388 FAX:03-3835-0519 E-mail:info@ngo-jvc.net