検査に病院を訪れたムスタファ君は、9月1日、手術の可能性もあり再び入院することになった。
「もう9回も手術したのに、いやだよー」と泣き叫ぶ。父のエマッドさんも、苦しむ息子の姿に耐えられず涙が頬を伝わる。
ムスタファ君とサーカスを見に行こうと約束していたのに、それどころではなくなった。抗生剤を点滴して、足が腐るのを防ぐための入院だと言う。無事に退院したが、あと2ヶ月は様子を見るためにヨルダンにとどまって通院しなければいけない。家族に会えない寂しさ。親子はホームシックになっていた。
「サーカスを見に行こう」ムスタファ君の目が輝く。

結局サーカスを見に行くことが出来たのは9月12日だった。ヨルダンでは夏になるとロシアからサーカスがやってきてテントを張る。サーカスと言えば、派手さの中にも哀愁が漂うものだ。特に中東のヨルダンにまで流れ着いたサーカス一座となればなおさらだ。一生懸命働いても、がめついヨルダン人のマネージャーにほとんど売り上げを持っていかれそうな雰囲気である。夏も終わりかけたこの季節は客もまばらで哀愁が増す。エマッド父さんも切なくなったのか、涙が頬を伝わる。
ロシア人の空中ブランコや、ピエロのショー、そして犬が芸をすると、ムスタファ君は大喜びで、げらげら笑っている。ピエロが客席のムスタファ君を見つけると、「大丈夫?」と確認しながらボールを渡した。ムスタファ君は舞台にボールを投げ返さなくてはいけない。固唾を呑んで見守る。うまくいくだろうか?
私たちの心配をよそにムスタファ君は、事なげにボールを舞台に投げ返した。それを見たエマッド父さんも嬉しくなったようだった。
ハイライトは、「ヨルダンの鉄人」。この見世物だけはヨルダン人だ。筋肉質の男が出てくると、火を飲み込んだり、釘の上やビンを割ったガラスの破片の上に横たわる。腹の上にナイフを落としても鋼鉄の腹にはささらない。極めつけは、車が登場して、鉄人の腕をひいてしまうのだが、鉄人はびくともしない。鉄人には拍手喝さいが浴びせられた。しかし、退場する彼の背中は、ガラスの破片で傷つき、血がにじんでいた。哀愁のクライマックスでもあったのだ。
私たちにとっては「もうやめて」と言う感じなのだが、ムスタファ君には一番印象に残ったようだ。帰りの車の中でしきりと
「どうしてあの人はあんなに強いの。どうしてあんなことが出来るの」とお父さんに聞いていた。
ムスタファ君は強い体にあこがれている。
「まねしちゃだめだよ」と別れ際にムスタファ君に言い聞かせた。