スーダンでの活動

スーダン:和平合意から数年
20年以上に及んだ南北スーダンの内戦は2005年に終結し、新たな国家の枠組みを模索するための「包括的和平合意(CPA)」が締結されました。この内戦とその影響により、およそ200万人の命が犠牲になり、50万人以上の難民(国境を越えて避難した人々)と400万人を超える国内避難民(国内の別の地域に避難した人々)が生み出されたと言われています。
内戦終結後、周辺国に逃れていた難民は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの支援を受けて大半が帰還を果たしました。多くの国内避難民も既に故郷の村に戻っています。しかし、帰還した村では道路や橋、学校などの社会資本は荒廃し、家々は破壊され、人々の生活再建はゼロからのスタートでした。若者を中心に、仕事を求めて都市に出てきた帰還民も少なくありませんが、技術や経験を持っていないため職に就くことも容易ではありませんでした。
復興と新たな国づくりを支援する国際社会
こうした中、和平合意により誕生した南部自治政府と国際社会(国連やNGOなど)は協力して地域の復興、再建にあたっています。JVCは2006年に南部スーダンでの活動を開始し、車両整備工場の運営を通じて、難民帰還支援(帰還事業に使用される車両の整備)と帰還した元難民の再定住支援(職業訓練=整備士養成)を実施してきました。
この活動は、国連の難民帰還事業がほぼ終わったのを受けて2009年度をもって終了し、車両整備工場の運営はスーダン人工場スタッフに引き継がれました。この間、延べ2千台を超える国連、NGO及び政府関係車両を整備し、元難民の若者32名を整備士として育成してきました。
岐路に立つスーダンとともに
「包括的和平合意」が定めた新しい国づくりのための移行期間は2005年から2011年までの6年間にわたり、その最終年には南部の独立を問う住民投票が待っています。この長期の移行期間は、その間に北部と南部とが協力して荒廃した国土の復興を行い、相互の信頼を取り戻し、結果として(南部の独立ではなく)「統一スーダン」を魅力的なものにするためのものでした。
しかし、実際には北部(首都ハルツームの中央政府)は南部の復興には協力的でなく、また南北境界の線引きや境界付近に位置する油田からの石油収入の分配を巡っては南北がそれぞれの主張を譲らないなど、南北の亀裂が逆に深まるような事態が進行してきました。そのため、2011年1月実施予定の住民投票では「南部独立」が可決されるとの見通しが強まっています。
しかし、投票の結果にかかわらず、スーダンにはこれからも多くの課題が残っています。社会の復興はまだまだ途上ですし、地域によっては現在も南北の政治的な対立に影響された住民間の抗争が続いています。JVCは2010年より活動の拠点を南北スーダンの境界付近に位置する南コルドファン州に移し、地域の安定と人々の生活再建を支援する新しい活動を開始します。
現在の活動一覧
現地ブログ from スーダン
スーダン エトセトラ
これまでの活動
スーダンにおいてJVCは2005年から活動を実施しています。












