タイには「足るを知る経済(タイ語でセータキットポーピーアン)」という考え方があります。1997年に起きたアジア通貨危機の反省を踏まえ、タイの国王が提唱した経済指針です。日本にも「少欲知足」という言葉があるように、仏教の教えに倣っています。
アジア通貨危機はビルや土地への過剰な投機によってバブルが弾けたことが原因ですが、そのような富への貪欲さを見直し、経済活動にも道徳心を持つべきであるという主旨です。
また、欲に駆られて返済のあてもない借金をしてしまう人は、都市だけでなく農村にもいます。例えばサトウキビやキャッサバなど商品作物も連作により、借金を膨らませてしまう人や、ローンを組んで車や携帯など収入に見合わない消費財を購入し、いつまでも返済に苦しんでしまう人は多く実在します。
そこで、「足るを知る経済」の考え方は、現在農業や地域開発に取り入れられようとしています。私はこのインターンに参加するまで、タイの農村は一体どれほど田舎なのだろうかと想像がつかないでいました。実際暮らしてみると、自然がより近くにあり、自給自足的な食文化がありました。
また、ほぼどの家庭でも水田で主食のもち米を自給していました。一方で、テレビや冷蔵庫の家電やバイクはどの家庭にもあり、暮らしの便利さは日本とそう変わりません。そのため光熱費やガソリン代のため毎月必ず現金収入が必要で、家庭によっては子どもの学費も重い負担になります。
そのため、農業だけで生計を立てる農民にとっては、農業の取り組みにも現金収入を少ないリスクで確保する工夫が必要になっています。複合農業は、持続可能な農業のひとつとして国王が推進している農業形態で、「足るを知る経済」の具体的な実践方法としてタイ各地でプロジェクトが行われています。
特に、東北タイの農業の大きな問題は水の確保です。タイの乾季は年によっては半年以上も続くそうです。実際、私が滞在しているあいだの11月から3月はほぼ雨が降りませんでした。そこで農地の一部に池を掘れば、雨季の間に雨を溜めて乾季の水やりに使うことが可能になります。
乾季の間はライムなどの東北タイ料理に不可欠な作物も供給数が減り値段が上がりますが、このように水があれば自給するだけでなく売ることもできます。また、豚や鶏などの家畜も飼育すれば肥料が得られ、化学肥料を買わずに農地を潤すことができます。
「足るを知る経済」は時に「自給自足経済」と呼ばれることもあります。現実味のある理論とは言えないと評価する経済学者もいました。しかしながら、長い間農民の援助を続けてきた現国王がこのような理念を提唱したことで、持続可能な農業の取り組みが増えたことは確かです。そして、国民から絶大な信頼を得ている国王の教えとして、「足るを知る経済」はいまや国民の誰もが認知している言葉です。
たとえお金がない、幸せがない、と感じるような時があっても、本当は誰しも様々な価値のあるものを持っていると私は思います。地域も同じで、厳しい乾季がある東北タイでさえも、雨季には池を作れるほどの降水量があります。
自らの地域や文化の価値をよく理解し、生かしていくことが、「足るを知る経済」の本質であり、豊かになることなのではないかと思いました。