前回の「現地便り」で、ムルタ村北地区の溜池による灌漑についてご紹介しました。今回はその続きです。

この地区の溜池と菜園の位置関係について、もういちど【図】をご覧いただけますでしょうか。多くの菜園がいちばん大きな溜池Dから水の供給を受けていますが、左上に位置する二つの菜園は溜池Aから水路を引いています。しかもその距離は30メートルほどの長さになります。この距離を、うまく水を流すことができるのでしょうか?

溜池Aの改修工事の間に、実は村人たちは手間をかけてこの部分の水路を作り直していました。レンガと泥で壁面を作った水路です。更に、水路が砂地を通る箇所では、水が浸みこまないように粘土質の泥を持ってきて底を固めています。
そのようにして水路を上手に作っても、やはり最大の問題は高低差です。距離が長ければそれなりの高低差が必要になりますし、しかも溜池の水面は、改修時に掘り込んだために地面よりもかなり低い位置にあります。

この問題を解決するため、村の男たちは池の端の取水口にレンガを積み上げて台を作りました(写真)。台の上からスタートした水路は、写真の右奥の方向に、滑り台のようなスロープを下って畑へと向かっていくのです。
ところが、ここで新たな問題が出てきます。レンガの台を作ったために、水面から見て台の上の取水口がずいぶんと高い位置になってしまいました。これではよほどの長身でない限り、バケツで水を汲んでそのままバサーッと水路に流し込むのは困難です。
溜池の改修工事が終わって数日後、ムルタ村を訪問したスタッフから、ハルツームにいる私の手元に新しい写真がメールで送られてきました。あちこちの畑で、種まきが始まっています。そうした写真の中に、溜池Aを写したものがありました。
「あれ?ここに写っている長い棒は何だい?」
その中に、レンガ台のあたりに長い竿のようなものが見える写真に気が付き、電話でスタッフに尋ねてみました。

「ああ、シャドゥーフのことですか?」
電話口ではスタッフのアドランが教えてくれました。
「シャドゥーフ??」
「池の水を汲み上げる道具です。棒の先から垂らしたロープにバケツを付けて、水を汲むんです」
「・・・本当に?誰が作ったの?」
「村の人ですよ。昨日行ったときに、初めてみました」

私は驚いて、シャドゥーフの全体が鮮明に写っている写真はないかと探してみました。・・・ありました、ありました。それをよく観察してみると、レンガ台の両脇に立てた柱の間に横棒が渡され、そこを支点にして、天秤棒のような長い棒が取り付けられています。棒の長い側は池の方を向き、その先にはロープが垂れています。そして短い側には釣り合いが取れるように大きな石のおもりが取り付けられています。アドランが言う通り、ロープの先にバケツを付けて池の水を汲み上げるための道具です。梃子の原理を応用しているので、これを使えば、それほどの力を使わずにすみそうです。
調べてみると、シャドゥーフという道具は古来からエジプトでナイル川流域の灌漑のために使われてきたものだと分かりました。いつの時代にか、その名前とともにスーダンにもたらされたのでしょう。
もっとも、同じ道具は世界各地にあります。日本では「跳ねつるべ」として知られていて、ポンプの普及までは井戸水を汲み出すため一般に使われていました。
「シャドゥーフを実際に使っているところの写真は撮らなかったの?」
多少の期待を込めて、アドランにそう尋ねてみました。
「自分が溜池に行った時には使っていなかったから」
あっさりとした答えが返ってきて、私は少しがっかり。
ポンプの普及で、スーダンにおいてもシャドゥーフはもはや珍しいものになりつつあるようです。最近ムルタ村を訪れた州政府農業省の専門家は、「時代遅れ」「はやくポンプに切り替えた方が良い」と断言していたそうです。
しかし、ポンプの存在も便利さも知っている村人がシャドゥーフを選択したのも事実です。ポンプにはレンタル料もガソリン代も必要。村の生活にどんな技術が適しているのか、みなさんはどう思いますか?
【おことわり】
現在、JVC現地代表の今井をはじめNGO外国人スタッフが南コルドファン州に入ることは、スーダン政府により制限されています。このため、2012年1月以降の「現地便り」はカドグリの状況や活動の様子を、JVCスーダン人スタッフの報告に基づき今井が執筆したものです。
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