今年12月7日はイスラム暦のお正月。ハルツームのアパートで新聞を開くと、1面トップは今日も住民投票の記事。そして、投票を前に北部から南部へと帰還する国内避難民の大移動が報じられています。そんな記事を読んでいると、携帯電話が鳴り始めました。
「いま空港にいるんだけど、大変なの」
切羽詰まった声で電話を掛けてきたのは、ハルツームの労働局に勤めているアチロさん。JVCの労働許可証を申請する時にはいつもお世話になっています。私が南部から来たこともあり、南部出身の彼女とは色々と話をする機会がありました。一体どうしたのか、と尋ねると、
「『南部に帰る飛行機がある』って言われてみんな一緒に来たんだけど、待合室の外で待たされたまま、いつまでも飛行機は来ないし、行くあてもないし、食べ物も飲み物もなくて・・」
彼女が近々南部に戻る話は聞いていましたが、いったい空港で何が起きているのか。電話の様子からは、国内避難民たちが帰還のための航空便から取り残されているようです。「何でもいいから、食べ物と水をもってきてくれる?」というアチロさん。そんなこと言ったって、いったい何をどれだけ持っていけばいいのか?とにかく、まずは様子を見ようとタクシーをつかまえて空港へ向かいました。

「もう、3日もここで寝泊まりしているのよ。私たちのことなんか、放ったらかしにされているんだわ」空港に姿を見せた私を見つけて、アチロさんが声を掛けてきました。
空港とは言っても、通常の国内線ターミナルではなく、臨時便や国連機専用に使用しているターミナルです。待合室の軒先、コンクリートの地面に敷いた布の上で、大きな旅行カバンに囲まれるように人々が疲れ切った様子で座ったり横になったりしています。
50人くらいはいるでしょうか。大半は女性と子供です。
「アチロさん、いったい誰に『飛行機に乗れる』って言われたんだ?」
「南部自治政府よ。自治政府がIOM(国際移住機関)と契約をして、国連機に乗れると言われたんだけど、便が足りなくて乗れなかった人がたくさんいるの。あっちの家族なんて、両親だけが昨日飛行機に乗せられて、子供たちは積み残されたのよ」
彼女によれば、自治政府はハルツーム周辺の国内避難民キャンプのコミュニティ・リーダーを通じて、帰還の希望者を募ったようです。
「子供たちはお腹を空かせているし、お母さんたちは本当に疲れちゃって・・。今朝、政府の役人が様子を見に来たけど、外から眺めただけで、何も言わずに帰ってしまったわ」
見渡すと、赤ん坊に授乳しているお母さんもちらほらいます。アチロさん自身、乳飲み子を抱えたお母さんです。
「わかった。食べ物と水を買ってこよう」
避難民の中から女性3人と男性1人が、私と一緒に買出しに行くことになりました。「どこの出身ですか?」と尋ねると、東エクアトリア州のニムレ出身、民族グループでいえばマディの人たちです。私が知っている数少ないマディの語彙で「オウィラ」(おはよう)と挨拶すると、「どうして私たちの言葉を知ってるの?」と、仰天した顔つき。「ジュバに3年いましたから。マディの知り合いもたくさんいるし」と言うと、そうか、南部から来たのか、と少し親近感を持ってくれたようです。
空港を出て大通りを渡り、5分ほど離れた食料品店でパンと水、それにタハニヤを大量に買い込みました。タハニヤとは、すりつぶしたゴマと砂糖を混ぜて固めたもの。これをパンに付けて食べます。
「あんたはもう空港に戻らない方がいい。政府の連中が来るかもしれないから」と、一緒に買出しに来た男性が私に向かって言うと、別の女性が「大丈夫よ。写真を撮ったりしない限り、捕まったりしないわ」
ということで、私も一緒に再び待合室へ。
買ってきた食べ物はまたたく間に、みんなのお腹の中に消えて行きました。
「ありがとう。助かったわ」と私に話しかけてきたのは、同じくニムレ出身のマーサさん。話を聞くと、ハルツームに逃れてきたのは内戦が始まって間もない1986年だといいます。足掛け20年以上もわたりハルツームの国内避難民キャンプで暮らしてきました。
「だからね、子供たちはみんなハルツーム生まれで、南部を知らないのよ」。私に握手を求めてくるこの子たちにとって、これが初めての南部への旅になるようです。「本当は、家財道具があるから船便が良かったんだけど・・飛行機じゃ運べないわ」とちょっと不満げなマーサさん。
「いったい、いつになったら帰れるのか・・」とため息をこぼすのは、東エクアトリア州トリットに帰るグレイスさん。「でも、ここで待っていないと次の飛行機を逃すから、こうしてじっとしているしかないの」
アチロさんのところに戻ると、彼女も一番下の子供に授乳をしているところでした。今年に入って夫を亡くした彼女は、1人で6人の子供を抱えています。「上から数えて4人は、昨日の便に乗って、先にジュバの親戚の家に着いているわ。あとは私とこの2人だけ」
東エクアトリア州生まれのアチロさんは、子供の頃に避難民として故郷を離れて以来、ハルツームで中学、高校、そして大学まで通っています。いわばハルツームが彼女の第二の故郷のはず。「でも、ここには親戚もいないから、仕事をしながら6人の子供を育てるのは無理。南部に帰るしかないわ」
「帰ったあとの仕事は?」と尋ねると、「南部政府に再就職できればいいんだけど」と言うアチロさん。前職の経験を活かして仕事に就くアテのある彼女のようなケースは、残念ながら帰還する避難民の中では少数派でしょう。
翌日12月8日の昼過ぎ、アチロさんから電話がありました。「昨日はありがとう、全員飛行機に乗れて、ジュバに着いたわ」
この日は住民投票に向けた有権者登録の最終日。恐らく彼女たちは登録には間に合わず、投票には参加できないでしょう。それでも、南部への人の流れはまだまだ続くようです。
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