「もう、待ちきれないよ。早く投票したくて、うずうずしてるんだ」
10月中旬、南部スーダン、ジュバのSCC車両整備工場(元JVC整備工場)を訪ねると、3ヶ月後に迫った独立住民投票の話で持ち切りでした。普段は政治の話になんかまるで関心のない警備員のワニさんまで「11月になったら有権者登録にいかなくちゃ」と、いそいそとしています。
「どっちに投票するの?独立?それとも統一スーダンの維持?」私が笑いながら尋ねると「聞くまでもないよ」との答え。そう、人々はもうすっかり「独立」気分です。気の早い新聞社は「独立まであと何日」のカウントダウンまで始めました。
「でもね、“北”(中央政府のこと)は住民投票を邪魔して延期しようとしているのよ」と心配そうに言うのは、工場の食堂を担当するベティさん。「南北の境界線がハッキリ決まっていない場所があるから、それが決まるまでは投票は延期だって言うんだけど、境界線問題なんてずっと前から分かってたことじゃない。どうして今さらそんなこと言うのかしら」
確かにここにきて、首都ハルツームの中央政府からは投票を遅滞させようとする動きが相次いでいます。南部の人たちから見れば、独立を阻止するような動きに見えるのでしょう。
それだけではありません。
「住民投票に向けて、ハルツームに住んでいる親戚が家を引き払って南部に戻ろうとしているのだけど、南部出身者は住居や家財道具を売却処分することが禁止されたらしい。これじゃ、戻る時には財産が全部なくなってしまうよ」と言うのは、整備士のオディンガさん。オディンガさんだけでなく、みな、北部に住む家族や親戚、友人のことが気になるようです。「南部が独立したら、ハルツームに住んでいる南部出身者は市民権を取り上げられるって聞いたぞ」「ハルツームの大学に通っている娘が言うには、南部出身の学生は全員大学から追い出されるみたいだ」「うちの甥っ子もハルツームの大学に通っているけど、南部出身の学生が使う通学バスが運行中止になって、大学に通えなくなったと言っていた」「それで、学生たちが抗議したら警察に90人も逮捕されたらしい」
多くの南部スーダン人は、自分の家族や親戚の誰それかが北部、特にハルツーム周辺に暮らしています。なにせ、内戦中に戦火を逃れて避難した人々が400万人、和平合意後に帰還が進んだとはいえ今もハルツーム周辺だけで100万人程度の南部出身者が居住していると言われます。南部の人口が約800万人ですから、平均して9人に1人はハルツーム周辺にいることになります。人々にとって、境界線の問題なんかよりも、北部に住む家族や親戚が住民投票の前後、或いはその後に予想される「独立」の動きの中でどういう差別や嫌がらせを受けるのか、そのほうが心配なのは当然でしょう。
「だから、やっぱり“北”は信用できないんだ」と声を荒げるのは溶接工のタバンさん。しかし、読者の皆さんにお断りをしておくと、これらはジュバで私が見聞した人々の「ウワサ話」であり、その中から実際にマスコミ報道などで裏付けが取れたのは、南部出身学生のデモ隊を警官隊が制圧して逮捕者を出した一件だけでした。もちろん、報道されない部分で南部出身者に対する差別や嫌がらせは起きているのでしょうが、一方で話がかなり増幅されて伝わっているのも確かなようです。「ハルツームから南部に戻る人の波で、飛行機のチケットが日々値上がりしている」なんていうウワサもありましたが、前日に私が買ったチケットは通常料金でした。

他方で、北部の人々は独立住民投票をどう見ているのでしょう。
ジュバで用事を済ませて空路2時間、ハルツームに戻り、タクシーを拾いました。運転手さんは私がジュバから戻ってきたと知ると、「どうだい、ジュバは?」と尋ねてきました。
「いやあ、みんな住民投票の話で持ちきりだよ」
「そうかあ。まあ、南部の奴らが独立したけりゃ、好きにすればいいんだよ」
「ホントに?」
「俺たち北部の人間にとって、別に南部が独立したって何も困りはしないさ。だってさ、スーダンが独立して以来50年間、いったい南部がどれだけ国に貢献してきたっていうんだい?せいぜいこの10年、南部で石油の採掘が始まってからのことだろう。でも、石油が採れる前だって、俺たちは別に困ってたわけじゃないんだ」
「なるほど」
「それよりも、果たして奴らは独立しちゃって大丈夫なのかね?仲間割れして国が潰れちゃうんじゃないの?そっちの方が心配だよ」
今までの北部の人たちと話をした経験を踏まえると、この運転手さんが言っていることは北部の「フツーの市民」の多くに共通する感情のように思えます。南部スーダン人に対して良い印象を持っているわけではないが、かといって独立を阻止しようとも思わない、「好きにすればいい」・・。「南部独立」は、北部の人々にとって既に「織り込み済み」のようにも見えます。
であれば、なぜ“北”の政治家たちが「独立はダメだ」と騒いでいるのか。公務員をしている北部の友人は、こう解説してくれました。
「政権運営している彼らは、南部独立を簡単に認める訳にはいかないのさ。もし簡単に認めてしまったら、『独立を許した』として政権内外から猛烈な追及を受け、自分たちの立場が危うくなるからね」
境界線問題や、この記事では触れなかったアビエイ問題(これも南北間の領土問題)を含め、住民投票に関する懸案事項を解決するための南北当事者間の交渉は、10月に実施されたものの妥協点が見出せず、11月6日から隣国エチオピアの首都アディスアベバで再開されました。11月14日には南部で有権者登録が始まります。そして投票日は和平合意の6周年記念日である来年1月9日。それまで、事態が悪い方向に進まないことを願うばかりです。
ジュバの整備工場で、オディンガさんは次のように話してくれました。
「独立しても、北部と縁を切ろうと思っている訳ではない。そんなこと不可能だ。南部には北部から来た多くのアラブ商人がいるし、ハルツームにもたくさんの私たちの家族が住んでいる。人々が自由に往来して、商売が繁盛し、人々は安心して生活できるように、我々はよき隣人としてうまくやっていきたいと思っているんだ」

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