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シリア蜂起とイラク:帰還民、難民、革命家と反乱軍

イラク事業担当 原 文次郎
2012年5月22日 更新

今回の記事について:
The Syrian Uprising and Iraq: Returnees, Refugees, Revolutionaries and Rebels
(NCCI Opinion Editorial May 01, 2012)

昨年から始まったシリアでの民主化を求める民衆蜂起は政権側の軍事力による弾圧とこれに対する反政府運動の武装闘争化により内戦化の様相を呈して出口が見えなくなって来ています。この紛争の結果、シリアから隣国への難民の流出が続いており、シリアと国境を接するイラクについても例外ではありません。記事はイラクにおけるシリア難民の状況の報告と、イラクから見たシリア紛争の情勢分析です。

(記事翻訳責任: JVCイラク事業担当 原 文次郎)

日本語訳:
「シリア蜂起とイラク:帰還民、難民、革命家と反乱軍」

今までのシリア蜂起の死亡者数は、リビアを除く他のアラブ諸国の「アラブの春」の死者の総数よりも約4倍も大きく、国連の推定では総数で約11,000人の死者となる。さらには、蜂起の最初の1年間を通して、シリアにおける暴力による死者数と、それに平行してシリアからの避難民の割合は激しく加速している。暴力によるシリア人の月間の死者数は連続する4半期ごとに倍々となり、2012年3月までに1ヶ月あたり2,000に達している。これと平行して避難の割合は加速しており、最近の2ヶ月で2倍に達し、数はそれ以前の10ヶ月分に匹敵する。2012年4月半ばにUNHCR(国連高等難民弁務官事務所)は、シリアの4つの隣国におけるシリア難民の数が登録者数で5万5千人に達していることを報告している。さらに20万人以上のシリア人が国内で避難生活を送っている。

イラクにおけるイラク自身においてもまだ完結していない昨今の反政府活動やテロ、内戦状態による非常事態を考慮すれば、難民の第一波がシリアのイラク以外の他の隣国3カ国(トルコ、ヨルダン、およびレバノン)を避難先に選び、さらにこれらの国々を避難先として好み続けることは驚くに当たらない。

しかし、いくらかの新たなシリア難民と出身国に帰らざるを得ないイラク難民の双方にとっては、イラクが、彼らが行くことができる唯一の場所であり、これらの避難者の数は、シリア蜂起がその1年の記念日を過ぎようとしている時に加速しています。これは、特に現在の暴力の傾向を見るにつけても真実です。現在の暴力の傾向は、暴力の件数が増大し、地理的にも拡大し、暴力の性質が事実上より宗派色が高まる中で、重大なリスクが残っていることを示している。6項目の調停案が名目上でも反政府側と政府軍の間で合意され、第1弾の国連停戦監視団が派遣されていても。

シリアから逃れているシリア人

最初にイラクを見る時に、誰が戦闘地域から逃れて、紛争が引き続く国へと避難を求めるものかと尋ねる事は論理的であるように思われる。実際のところは、シリア社会のある種のセグメントの人びとと、シリアにおけるイラク人難民のひとびとが避難先としてイラクに来ることを選ぶ多くの、非常に注目せずにはいられない理由がある。

イラクの暴力のレベルはまだ極めて高いけれども、また特定の地域に著しく集中している。最北端の3県(クルド人地域)と最南の6県は国内の全県の50%を占めているにも関わらず、イラク全土の暴力事件のわずか4%を占めるに過ぎない。イラクへの避難を求めるシリア人のほとんどは、兵役の義務から逃れている、若く、連れがいない男(80%)で、多くがクルド系シリア人の起源を持つ。彼らはクルド自治政府の保護のもとで避難を求めることになる。なぜなら出身地の近接性(シリア北東部でクルド人が多数派を占めるHasakeh(ハッサケ)Qamishli(カミシリ)。より少ない数ではダマスカス近郊県やダマスカス市内、アレッポ出身の難民もいるけれども)、共有化された言語(方言の違いはあるにせよ)、そしてクルド自治政府による半自立的な統治下で知覚された同情があるから。最も重要なこととしては、他のシリアの隣国ではその国の治安機関と現シリア政権の治安機関との間で調整があると思われているか、あるいは実際にあるということがある。(レバノンのように既に脱走兵は国境を越えて送還されていたり、程度は少ないにしてもヨルダンでも同様のことがある。)従って強制送還を恐れる者にとってはこれらの国々は魅力に乏しいことになる。

イラクに逃げた人々はすべての24人のシリア難民に対してほんの1ほどに過ぎないけれども、彼らの特定のニーズと脆弱さは、暴力的な衝突がシリアのどこにでも続いている限り、彼らの数が増え続けるであろうことを意味する。同様に、暴力が沈下しても、シリア政府が同じく存在し続ける限り、クルド自治区におけるシリア難民に含まれている脱走兵は、投獄、拷問、または死を恐れて帰国することができないだろう。

イラクのクルド人地域に入国するシリアの避難民が雪だるま式に増加するため、KRG(クルド自治政府)、UNHCR(国連高等難民弁務官事務所)、IOM(国際移住機関)、QandilなどのパートナーNGO、およびクルド市民権団体(KCRO)などの国内NGOは、シリア国籍を持つ避難民のためにイラクのドホーク県においてドーミーズ「Domiz」と呼ばれる第2の難民キャンプを建設するとともに食料と非食料の支援物資を提供することに焦点を合わせている。

クルド自治政府は既にクルド人が多数派を占めるシリアのカミシリ県で起きた2004年の抗議行動とそれに対する弾圧の後に難民キャンプ「カミシリQamishli」を作っていた。しかし、2011年から2012年にかけてのシリアの蜂起の間に難民の波に見舞われて超満員になった。実際のところ、クルド自治区内のシリア難民の数は2012年3月31日時点で登録者数がわずか360名と推定の到着者数760名であったのが2週間後には登録者1,776名と2,376名の到着者数 (UNHCR推定)と、飛躍的に増えた。

4月25日までに、IOMはDomizキャンプだけでも3,000人のシリア国籍の人びとが住んでいて、恐らく、約800人が分散されて、北部3県で未登録であると見積もっている。スンニ派アラブ人が多数派を占めるアンバール県は、より高いレベルの暴力に直面していて、バグダッドの中央政府の直接的なコントロール下にあるが、シリア難民を受け入れるためのキャンプの設立に当たり、アルワリード国境から10Kmに設置したが、今までのところでは著しい数の到着は記録されていない。

北イラク、ドホーク県内のDomizシリア人難民キャンプ(2012年5月、JVC撮影)北イラク、ドホーク県内のDomizシリア人難民キャンプ(2012年5月、JVC撮影)

シリアを逃れたイラク難民

シリアで難民登録されているイラク人難民は10万2千人。中庸な政府見積もりでは合計で100万人ものイラク人がシリアにいると見られており、イラク国外に居住するイラク国民の中でも最大かつ最も貧しい人びとである。それ故に、イラクへの帰国を強制されるか、または、シリアの情勢がヒートアップする中で留まるといういずれの危険にも殊更にさらされている。今までのところ、シリアからのイラク難民の大規模な流出はない。しかし、2011年のイラク政府の統計数値によると、6万7千人の登録済みのイラク人難民がシリアから帰還していて、この数は2009年と2010年の合計の2倍に当たる。また、シリアから帰還したイラク難民の数は2012年の第一四半期だけで再び2011年通算の2倍になった。(UNHCRおよびイラク避難民移民省(IMoDM)による)

シリア蜂起に関連する暴力がイラク難民が集中する人口のハブをごく最近になって浸食し始めていることと、蜂起とは関係ないところで長期に渡って存在する帰還への誘因が組み合わさって昨年の間に目撃されるようになったイラク難民の急激な帰還の上昇の背景になっている。

2012年3月が1年目の記念日に当たるシリア蜂起の最初の1年のほとんどの間には、シリアに居住しているイラク人難民の安全は概して直接の影響は受けなかった。なぜなら、イラク難民は抗議行動が起きその結果として暴力が発生した地域にはほとんど住んでいなかったから。

シリアのイラク難民の圧倒的多数はこの国の政治的かつ経済的な首都(ダマスカスとアレッポ)に住んでいる。ホムスやダラア、イドリブのような地域では真っ昼間から重砲による砲撃を経験していたり、首都の郊外のいくつかの地域では、7つもの検問所と、地域に出入りするためのIDを必要と必としているのに対して、首都のレストランは、開店し続けており、国内の他の地域では暴力が続く中でも、人びとは真夜中過ぎにも街頭に出ていた。

このような状況が変わったのは、軍事作戦による爆撃が最終的により集中的な暴力をダマスカスとアレッポにもたらした過去4ヶ月の間のことだった。

シリア蜂起とは無関係な、イラク人が帰国するための誘因は、2007年を最悪期としたイラクの内戦状況において、2009年以降のイラクの暴力が特に7%未満にまで落ちたことも含む。この継続的な暴力の低下が、政府によって提供された金銭的な誘因に加えて、昨年の間のイラクの国内避難民が出身地に帰還した数が増大した主な理由の1つだった。シリアのイラク難民が帰還する他の誘因はまた、割当て制と厳密な教育要件などを課したヨルダンなどのような他の隣国と違ってイラク難民のために事実上門戸開放政策を実施していたシリアに行ったイラク人の人びとが最も貧しかったという事実を含む。

それゆえ、これらの人びとにとっては、貯金を使い果たしてしまうことが、ずっと絶えず増大する懸念であった。多くは非正規に標準以下の給料のために単純労働をするけれども、特に技術的には彼らはホスト国で働くことが違法であるという事実を考慮しても。昨年の一連のできごとの間に国際的な経済制裁の結果、シリアにおける生活に必須の食料品の多くの価格が倍に値上がりしたことが、経済的にも法律上でも脆弱なシリア滞在のイラク人難民の立場をよりいっそう困難にした。しかし、バランスの上で、シリアから帰還するイラク人の波の増大は、積極的な誘因よりも消極的な圧力の方により関係が深い。シリアで抗議運動が始まるちょうど前にUNHCRが行った調査によると、調査対象になった難民のほとんどが、未だに恒久的な帰還を臨んでいないということがわかり、そのことで、幾人もの分析官は、シリアの蜂起の期間中イラク人の帰還の増大という結論を出すのは「時期尚早」、すなわち、帰宅するという快適な決断というよりも、二つの悪いオプションの間の選択の結果であると考えるようになっている。

シリアでの暴力の展望:代理戦争の可能性とその結果としての避難

2011年3月を起点としたシリア蜂起の年の間に、運動は主に平和的な抗議運動から次第に増加する武力衝突に転じており、そこでは諸外国が高い利害関係を持ち、シリア政府の戦術や部外者あるいは反体制派自身の中にある武装グループが暴力の増加をもたらしているのみならず、より激しい党派間分裂をも生み出している。

2011年12月23日に始まった一連の爆撃は、以前には暴力から免れていた首都を揺り動かした。シリア政府はそのような出来事を暴力的な危険の増大の証拠であるとし、外国から資金援助を得たサラフィストやタクフィリの過激派のイスラーム主義者の傾向が反体制派にあるとしている。これと対照的にシリアの反体制派の方は政府が民衆蜂起への取り締まりを正当化するために攻撃を仕立て上げたとして非難している。特に、シリアの反体制派は、爆撃の多くが、抗議運動が起きた特定の少数の地域や、最初の攻撃のように、非武装のアラブ連盟の監視団がダマスカスに派遣される予定のすぐ前というタイミングで起きたことに注目している。このようにして、攻撃はシリア政府がモニター担当者の安全を確保するためと称して設定した安全性の詳細によって、モニターの移動を制限することを可能にした。そのような爆破は国連監視団の派遣以来、継続し、増大している。

いかにも、反体制派の勢力はこのような爆撃のようなものを、国家によって図られたより大きなショーの一部であると見ている。そこでは、少数派が支配をしている地域において政府が暴力を許容しているか、あるいは暴力を後押しさえしていて、少数派の地域で市民の「自己防衛のための」武器を配布し、政権の戦術として、反体制運動の可能性があれば宗派のラインに沿って分断し、または少数派と日和見主義者を怖がらせ、現政権が安全の保証を提供するか、または安全保障が無いことによりレバノン型・イラク型の内戦シナリオに陥るとして、抗議運動の帰結が2つしか無いとして、国家の行う暴力のプログラムへの盲目的な支持へ追いやっている。

長期間に渡り対立してきたクルド人政党であるシリアクルド党へのかなり明白な譲歩、つまり、30万人もの無国籍のシリア系クルド人への市民権の付与の約束や、PKKが運営するクルド語の語学学校の開設の許可(以前には奨励されないどころか合法でもなかった)が反体制派からはシリア政府が行う分断と制服の戦略であり、シリア社会の中で大きなセクターを占めるシリア系クルド人を中立化させようという企みの更なる証拠と見られている。シリア系クルド人はシリア国民の10人に1人以上を代表し、強力な反体制派勢力の潜在力を持っている。クルド・イェキーティー党(Kurdish Yekiti Party, KYP)のようなシリアのクルド人政党のいくつかはシリアの抗議運動と彼らの運命を共にした。しかし、より強力なクルド政党のひとつであるPKK(クルド労働者党)の場合には、シリア政府の戦略は今のところ見かけ上は功を奏している様に見える。実際のところ、いくつかの地域でPKKの戦闘員は抗議運動を抑制することに手を貸すことさえし、PKKはトルコが蜂起に干渉したならば、現シリア政府を支持して立ち上がるだろうと発表している。

報道の自由がほとんど完全に禁止されているシリアの状況の中で、どちらの側からの誇張もそのレベルを精密に識別することは難しい。しかし、たとえシリア政府側による出来事の説明が正確だとしても、その説明は暴力的な衝突がイラク難民の集中するシリアの政治的、経済的なハブに及んでいることを意味している。そのうえ、結果として、過激派が本当に少数派を目の敵にしているのか、あるいは政府が装っているのかに関わらず、暴力のレベルが上がっているのは、現状ある各党派(セクト)の分離の結果である。たとえばこれには、多くのアラウィ派(大統領の党派で、まだ忠実な軍隊の上層部の更に上位の中で特に過剰に権限を持つ)の彼らが支配的な地中海沿岸部への敗走や、ホムスのように激化した暴力が認められる地域からのキリスト教徒の脱走などの例がある。

党派グループのお互いの孤立と「政権支持者」として少数派を包括する団体の孤立は紛争のバルカン化の可能性を増大させる。紛争のバルカン化は民族と宗派のグループがそのような豊かな多様性を持つ国家において主要問題である。

2012年4月12日から始まった停戦の執行状況を報告するために派遣された国連監視団の展開に続き、毎日のシリア人殺害の数は急落した。しかし、この数値は国連監視団の任務の最初の日から増大した。政府側と反政府グループの両サイドによる停戦の執行と当局による報道関係者の移動の自由の保障が行われて2週間後に、ホムスなど、最も不安定ないくつかの地域では、攻撃はほとんど停戦前のレベルに近いところまで戻り、ジャーナリストの自由は保証されなくなった。これによりアラブ連盟の監視団の場合と同様に、国連監視団のミッションは失敗に終わったとラベル貼りをするオブザーバーも出てきた。あるジャーナリストはレトリックを込めて国連停戦監視団の第2次派遣で到着したノルウェイの司令官について、「シリアに到着した時に、モニターすべき停戦状況はそこのあるんですか。」と尋ねた。

コフィ・アナン特使の和平案の破棄や国連監視団のミッションの失敗はまだ未確認である。もし監視団の規模が現在の15名から強化されて少なくとも国連安全保障理事会で合意された300名の全数になるか、または反政府グループの指導者が見込んでいるように人口2200万人のシリアで監視の業務を本当にこなせるために必要な最低限2000~3000人になるとして、それでやっと成功するかどうか、あるいは少なくとも暴力に緩衝材を挟み込むことを続けて、より大規模な平和的な抗議運動が浮上するのを可能にするかどうかといったところである。いくつかの推定では、今までに起きた最大規模の抗議運動は、(国連監視団の到着の直後の)4月13日に起きた715の個別に開かれた集会だった。しかしながら、国連監視団が失敗するかあるいはもたつき続け、またはそうでなくても、地域で利害関係を持ちシリア政権の温存を望むものたち(イラン、ヒズボラ、そしてシリアの地中海沿岸に唯一の不凍港を持つロシア)やシリア政権の変化を望むものたち(特にサウジアラビア、カタール、そしてアメリカ合衆国)が紛争をより激しい暴力と、止めるのが難しい代理戦争に追い込むことができる。ロシアとイランは既に軍事的、戦略的な支援をシリア政府に提供している。サウジアラビアとカタールは外国軍によるシリアへの介入の可能性への支持を公然と協議している。主要な軍事力を持つ国々が今のところブーツオンザグラウンド(陸上部隊の派遣)に踏み込んだり、軍事介入のミッションに航空部隊の投入にさえも慎重であることを踏まえると、軍事介入は起きそうにない。しかしながら、間接的な反政府武装勢力への支援は十分に起こりそうな範囲内のことであり、サウジアラビアやカタールなどの国々は最近、(反体制派であり、脱走兵が率いている)自由シリア軍への給与支払いに1億ドルの保障を行うことに前向きである。自由シリア軍は抗議運動への国家による弾圧が始まって5ヶ月後の2011年7月に最初に設立が宣言されているが、その指導者層の規律については不明である。また、囚人に対する拷問のケースが既に見受けられる。

結論

国連監視団の派遣後の2週間に渡る暴力のレベルの低下がこのまま持続するかどうかはまだ不明確である。もし国連の和平案が早期のうちにうまく行っていると判明しないならば、(外国の介入や反体制運動の武装化などのような)もっとも基本的な論点でさえ大きく分裂しているシリアの反体制派勢力、多様な紛争当事者を武装化させるための資金の提供者になっている裕福な外国の支援者の利害、および事実上の宗派間の分離という証拠があいまって更に深刻な代理紛争の亡霊が呼び覚まされ、激しい宗派間暴力を伴うことになる。それゆえに国連監視団の失敗は、死とシリア市民の避難、シリア軍の脱走兵、そしてここ数年起きていて、昨年来エスカレートしているイラク難民のシリアからイラクへの帰還というパターンにシリアが舞い戻ることに警告を発することになるであろう。2012年3月の国連のシリア難民への地域的な支援計画に対する資金要請が今現在まででわずか20%にしか満たないことや、イラク政府が約束し法で定められた帰還民に対する支援や便益の供与を行うだけの能力の不足にまだ直面していることからすると、他のシリアの隣国諸国と同様にイラクにおいても、このようなシナリオが生じた場合にどのようにして避難民のニーズが満たされるのかという疑問が残る。

(記事日本語訳終わり)

Domizシリア人難民キャンプの子どもたち(2012年5月、JVC撮影)Domizシリア人難民キャンプの子どもたち(2012年5月、JVC撮影)

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