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エルサレム周辺の地図、赤い線で囲った地域が下の地図である。エルサレム周辺の地図、赤い線で囲った地域が下の地図である。

「エルサレム市の北に、巡回診療を依頼されている村がある。2つとも入植地と分離壁に囲まれて、学校や買い物、病院への移動も厳しく制限されているんだ。村の人たちと打ち合わせに行くから、一緒に来てこの村の状況を見に来てほしい」。先日、MRS(医療救援協会)の医師と一緒に、ハーレット・アル・ハレーレ村とナビ・サムウィル村を訪れる機会がありました。

【その他・未分類】
東エルサレム:シルワン

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年6月 2日 更新
5千年前からあるシロアの泉5千年前からあるシロアの泉

【その他・未分類】
東エルサレム:ダビデの町

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年6月 2日 更新

2千年前にヘロデ王によって建設されたユダヤ教の第二神殿があったとされ、考古学発掘現場であり国立公園でもある「ダビデの町」は、アルアクサモスクがあるハラム・アッシャリーフ(イスラエルは「神殿の丘」と呼ぶ)の城壁のすぐ南の東エルサレムに位置します。

【その他・未分類】
東エルサレム:旧市街の西壁トンネル

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年6月 2日 更新
第二神殿の模型第二神殿の模型

東エルサレムの旧市街には、イスラム教の第三の聖地とされる7世紀に建造された岩のドームとアル・アクサ・モスクが建つハラム・アッシャリーフという広場があります。同じ敷地に紀元前20年頃にユダヤ教徒のヘロデ王によって建造され、西暦70年頃にローマ人により破壊されたユダヤ教の第二神殿があったとされています。ハラム・アッシャリーフの西側の壁(「西壁」)の土台は破壊された第二神殿時代の壁で、その時代の残存する唯一の遺跡建造物とされています。嘆きの壁と呼ばれる、表に出ている壁の距離は58メートルですが、地上に隠れた部分も含めた西壁全体の距離は480メートル以上におよぶそうです。

現在、お念珠づくりには、ベツレヘム、ベイト・ジブリン難民キャンプに住む3人の女性がかかわっています。今日はその3人の女性を紹介します。

パレスチナに赴任して1年が経ち、1ヶ月ほど東京事務所に戻りました。

【その他・未分類】
ナクバ60周年【5】:魂の帰還

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年5月15日 更新

ナクバ記念日の5月15日、大掛かりでショッキングなアートの展覧会が開催されました。その名も「魂の帰還」。

【その他・未分類】
ナクバ60周年【4】:バルーン・ロンチ(風船飛ばし)

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年5月15日 更新

5月15日の今日は、パレスチナ人離散を強いられ難民となったナクバ(「大惨事」の意味)60周年に当たります。

【その他・未分類】
ナクバ60周年【3】:サイレント・マーチ・イン・エルサレム

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年5月11日 更新
ナクバ・サバイバーと家族達ナクバ・サバイバーと家族達

【その他・未分類】
ナクバ60周年【2】:ナクバ・マーチ・イン・サフリーヤ

パレスチナ現地代表 小林 和香子
2008年5月 8日 更新
イスラエル全土から集まった48年パレスチナ人イスラエル全土から集まった48年パレスチナ人

5月8日、イスラエルが60周年の独立記念日を祝う中、イスラエル国籍を持つ「48年パレスチナ人」(1948年に後のイスラエルに留まったパレスチナ人)は、ナクバ・マーチを開催しました(ナクバとはパレスチナ人に起こった1948年戦争前後に土地を追われバラバラになり戦争が終わっても故郷に帰れない「大惨事」のこと)。会場となったのは、ナザレ近くのかつてサフリーヤ村があった場所。現在は、国立公園となっています。

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