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2014年5月29日

紛争に翻弄された、
とあるタクシードライバーの夢

パレスチナ現地代表 今野 泰三
2014年6月 3日 更新

ガザで2年来の付き合いになる、50歳代のタクシードライバーがいる。彼は、イスラエルに出稼ぎに行けた時代に買った20年来のおんぼろ自動車だけを頼りに、70平方メートルのアパートで家族7人を養って、子どもたちを大学に通わせている。真面目で朴訥とした信仰深い、嘘をつかない男である。彼が私に、これまで繰り返し言ってきたことがある。

「私はイスラエルもユダヤ人も嫌いではない。ヘブライ語も話せるし、一緒に平和に暮らせると思っている。私は大学に行きたくて、でも家族が学費を払えなかったから、学費を稼ぐために高校を卒業してすぐに、アシュケロン(イスラエル領内の都市)に働きに出た。当時は、イスラエル人がガザ中心部の市場に毎週金曜日にたくさん来ていた。魚を出すレストランにもイスラエル人が溢れていた。私もイスラエル人の下で働いていて、彼らにはとてもよくしてもらった。家に招待されたこともあったし、私が自分の家に招待することもあった。テルアビブに職場を移ってからは、ガザに帰るのが大変だったから、上司が自分の家に泊めてくれていた。」

私が、なぜそんな平和だったのにインティファーダ(占領終結と解放を訴えたパレスチナ人の民衆蜂起)が起きたのかと尋ねると彼は次のように答えた。

「イスラエルからガザに戻ると、ガザを南北に走る主要道路に軍事検問所が設置されていて、パレスチナ人はみんなそこに並ばされ、1人1人、無愛想な兵士に許可証を調べられていた。私がイスラエルに行って、誰とも何もしゃべらなかったら、私がどんな人間だか誰も分からないように、検問所で無愛想にしている兵士がどんな人間か、私たちには分からなかったんだ。」

彼は、他の多くのガザの男性と同様、1993年のオスロ合意以降、イスラエルで働くことを禁じられ、唯一の財産であるオペルの自動車で何とか生計を立ててきた。稼ぎは当時に比べれば、3分の1以下だろう。それでも彼は、自動車がまだ動くから(そして、これまでの戦争で破壊されなかったから)、失業率が40%前後と言われるガザで、奇跡的に仕事に就いている。

彼は結局、夢だった大学には行けなかった。でも、子どもたちを大学に行かせることができた。だが、大学を出た子どもたちには、誰一人仕事がない。彼の自動車が壊れて動かなくなったとき、彼の夢や美しいイスラエルでの思い出までもが、無慈悲に破壊されてしまうのだろうか。

彼のオペル。ガザ市内にて彼のオペル。ガザ市内にて

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