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パレスチナ緊急レポート第2弾

パレスチナ 佐藤 真紀
2002年4月16日 更新

パレスチナの病院訪問、現状視察 イスラエルによる軍事侵攻が続き、戦闘による負傷者や緊急患者の救急車による搬送さえも困難を極めています。JVCは人道的見地から、イスラエルのNGO「人権のための医師団(Physicians for Human Rights、以下PHR)」による緊急患者の救急搬送の活動に同伴するため、日本から保健師・看護師藤屋リカおよび調整員佐藤を派遣しました。 両名は12日エルサレム入り。13日、PHRの救急車に同行してラマッラーに入ろうとしましたが、イスラエル軍による警備が厳しく、ラマッラ入りを拒否されました。(詳細は緊急レポート第1弾)14日にはパレスチナの病院を訪問し、現状をインタビューしました。患者の中には虐殺の疑いのあるジェニンから運ばれてきた人もいました。

以下、現地からの報告です。 尚、一時帰国記者会見を予定しています。報道関係の方ぜひご参加ください。

<調整員・佐藤真紀帰国記者会見>
日時:4月19日(金曜日)午後4時〜 
場所:JVC東京事務所 (最寄り駅・JR上野駅、御徒町駅)

*** *** ***

マカッサド病院の現状

院長のハリッド氏に現状と、イスラエル軍の人権侵害についての意見や、日本への要望を聞く。また、今回のイスラエルの侵攻の犠牲者がジェニンから運ばれていたのでインタビューをした。 訪問日:4月14日 訪問者:佐藤真紀、藤屋リカ  マカッサド病院は、東エルサレムにあるイスラム慈善団体による、非営利、非政府の総合病院で、パレスチナ人のための病院でスタッフもすべてパレスチナ人ある。1968年に地域の小規模な病院として始まったが、現在はベッド数250床、職員560人の大病院で、医療水準が高く、診療科目も多い。パレスチナで最も良い病院、と言われている。 2000年9月のインティファーダ再燃以降、特にこの3月末からのイスラエル軍の大規模なパレスチナ自治区への侵攻が続いている。救急車が撃たれ外国人さえ移動できず国際機関も活動できない状況で、西岸地区・ガザ地区の患者がマカッサド病院にたどり着くことはほとんど不可能になっている。しかし、そんな中でも、マカッサド病院でしか治療できない重症の負傷者数人が救急車で、何とか、病院まで来て治療を受けている。

現在の問題点

1、重症の負傷者、患者が病院にたどり着けない(下記に事例紹介)
2、病院スタッフが病院に来られない
 病院スタッフの約半数は西岸地区の住民で、今回のイスラエル軍による侵攻のため全体で約3割のスタッフが 病院に来ることができなくなった。2,3日前にようやく、何人かの医師が病院に来ることができ、それ以降は病院に泊り込みで仕事をしている。
3. 経営困難(経済面)  
 インティファーダ再燃後、パレスチナ人の経済状態は悪化し、多くの患者は治療費を払えない。それは、病院の経営そのものを圧迫している。2月以降、スタッフの給料を払うことさえできないでいる。

患者の事例紹介

\B患者の例1B](モハンマド、46歳、ラマッラ)・・・ 1ヶ月前仕事に行く途中、首を撃たれた。(現場には禁足令は出ていなかった。)
 救急車でラマッラ病院に運ばれたが、ラマッラ病院では治療できず、マカッサド病院に転送。自力では呼吸ができず、気道に管を通さなければならないほどの重症で一刻の遅れが命にかかわるような容態だったが、ラマッラとエルサレムの境界の検問所では長時間待たされた(本人はほとんど意識が無かったので時間は不明)。
 マカッサド病院の集中治療室で3週間治療を受けた。最初は人工呼吸器が必要だったが自力で呼吸ができるまでに回復。しかし、現在でも気管に管を通している。  家族には、患者に同行する許可が出なかった。10日前、妻は病院に来ることができたが、それ以降ラマッラに帰ることは非常に困難なので病院に泊り込んで看病している。 

患者の例2(モハンマド、17歳、カバイタ村(ジェニンの隣))
 7日前、家族のために食料を買いに出たところで、銃撃戦に巻き込まれ、首を撃たれた。首から下は完全に麻痺し、重度の障害が残る負傷を負った。  ジェニンから直接エルサレムに行く道は封鎖されていたため、ヨルダン渓谷側の抜け道を通り、エリコに行き、エリコ病院でマカッサド病院に行くための許可を待ち、それから、エルサレムに向かった。少なくとも、3ヶ所の検問所で待たされ、命にかかわるほどの重症だったにもかかわらず、2時間以上待たされた。
 モハンマドは、体は動かないが頭はしっかりしている。医師に、私たちに話をしたいから通訳して欲しいとしきりに訴える。「自分はまだ17歳で、何の罪を犯したわけではない。長男で家族のために責任を持ってきた。ただ、家族のためにパンなど生活に必要なものを買いに行っただけなのに、なぜ撃たれなければならないのか。これは、イスラエル政府、シャロンによるパレスチナ人に対するテロだ」と訴える。

患者の例3(ラヒド、63歳、カバイダ村(ジェニンの隣))
 10日前、家の中の1階の部屋にいたところ、首を撃たれた。部屋には家族ら12人がいた。銃弾は首を貫通したが、奇跡的に、気管、神経、骨を避けて通ったので、後遺症無く回復すると医師からは言われている。
 撃たれた直後、救急車が来たが、救急車も銃撃され、移動は非常に危険で困難だった。例2同様、エリコ経由でエルサレムに行き、4箇所の検問所を通過した。どの検問所でも長く待たされた。
 家族はマカッサド病院に来ることはできない。

*** *** ***

マカッサド病院の血液銀行へ献血に

ヨルダンから血液の寄付があり、今は保冷庫がいっぱいなので、2週間後に来てほしいとのことだった。  

現在、血液が十分あるのは事実だが、保冷庫は家庭用冷蔵庫程度の機能しかない。設備が整っていたならば、今以上の血液を有効に保存できるに違いない
 今日は、イスラエルのアラブ人(ナザレ、ヤッファなどから)連帯のための献血に来ていた。                       

マカッサド院長 ハッレド・クレイ氏へのインタビュー

院長のクレイ氏にもインタビューした。彼はパレスチナ立法評議会議長のアハマッド・クレイ氏の弟である。

●現状について 「2日前、国際機関の友人から電話があった。「私たちは何とか生き延びているよ。パレスチナ人から学んだ」というんですね。私たちは実際良く鍛えられています。戦争や、インティファーダを生き延びてきた。全ての人達と同様に国を持ち人間らしく生きていく事を達成するまでは、生き延びるでしょう。ブッシュはシャロンをピースマンとよんだ。非常に厳しい状況ですがそれでも私は楽天家です。」

●医療行為の侵害に関して 「ジュネーブ協定などはイスラエルには関係がないようです。ただ、イスラエルのやり方は間違っていますよ。700万人ものパレスチナ人を彼らに殺すことは出来ませんから。私は今でもユダヤ人の友達と連絡をとっています。ただし、残念なことに、イスラエル社会が右へ偏っている。平和を求める人達が少数になっている事は驚きでもあります。しかし、この間もユダヤ人の人達が献血に来てくれた。これは象徴的な事です。ユダヤ人の血とパレスチナ人の血が混ざるわけですから。ヨーロッパ人も来てくれます。平和を求める人達の血が混ざり合っている。」

●日本に何を求めますか? 「私の兄はピースプロセスにサインしたアブ・アラー(アハマッド・クレイ)ですが、丁度日本へ行っていました。首相を始め、議会や政党、そして日本の人々が、パレスチナ問題の解決へ向け尽力して下さっている。日本はいつも友人であると感じています。第二次世界大戦で苦しみそれを乗り越えていったことは尊敬に値する。我々がゴールにたどり着けるように引き続き支援をして欲しい。」       

<佐藤真紀の帰国報告会> 
 日時:4月23日(火)午後7時〜
 会場:品川きゅりあんにて(京浜東北線・大井町駅すぐ)  
 参加費:800円              


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