| ソック・サバーイ75号 |
2007年3月発行
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目次
初めてのカンボジア
JVCプノンペン技術学校の移転計画の近況
カンボジアの結婚式に行ってきました
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初めてのカンボジア
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JVCカンボジアボランティアチーム 佐藤 初美
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カンボジアボランティアチームに参加させていただいて1年ちょっと、ついに待ち望んでいたカンボジア(シェムリアップ)に新年早々(1月1日から!)行くことができました。
成田を午前中に出て、ホーチミン経由でシェムリアップに着いたときはすでに夜でした。飛行機を降りたとたん東南アジア特有の体にまとわりつくような亜熱帯の生暖かい空気と臭いを感じて、とうとう辿り着いたのだと実感しました。シェムリアップ空港は、国際空港というより日本の鉄道の駅のようなこぢんまりとしたかわいい造りでした。
空港から市内までバスで移動しましたが、窓から大きな幹線道路とその道沿いにイルミネーションで綺麗に彩られた一流リゾートホテルが連なって建っているのが見えました。ここまで綺麗に整備され、観光地化されているとは思っていなかったので非常に驚きました。
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アンコール遺跡への玄関口のシェムリア
ップ空港。タラップから降りるとそこには、
赤い屋根のかわいい空港がありました。 |
「東洋のモナリザ」とよばれる美しい彫刻が
あり人気の遺跡のバンテアイスレイ。世界
各国からの観光客であふれていました。 |
次の日の朝になって市内中心部を散策してみると、いたるところで竹を使って建設工事が行われていて、まさに町中「建設ラッシュ」というような趣でした。実際、シェムリアップ市内の発展は急激に進んでいるらしく、仕事で数ヶ月に一度はここを訪れているカンボジア人の友達も「毎回来るたびに町が変わっていて、よくわからなくなる。」と言っていました。
私が町を見ていて面白いと思ったものは屋台のガソリンスタンドです。市中心部には日本のようなガソリンスタンドがあるのですが、屋台の方が値段が安いらしく幹線道路沿いはたくさんの屋台で賑わっていました。ここでは、バイク用のガソリンは2リットルのペットボトルの空き容器に入れられ、まるで飲みもののように棚に陳列、販売されていました。また、車用のガソリンは、家庭用サイズの灯油缶に入れられ、車のエンジンを止めないまま給油をしてい大変新鮮に感じました。
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ジャングルの中に静かにたたずんで
いるベンメリア遺跡。崩れていても
なんともいえない荘厳さがあります。 |
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滞在中にはもちろん様々な遺跡を見に行きました。アンコールワット等特に有名な遺跡は様々な国からたくさんの観光客が来ていて、その混みようはまるでアミューズメントパークのようでした。また、ほとんどの有名な遺跡で日本政府や大学、企業がいろいろな意味で援助をしている様子も見てとれて一日本人として大変誇らしく思いました。
私が見た遺跡の中で一番気に入ったものは「ベンメリア(花束の池)」です。この遺跡は市内から車で2時間近くかかり少し遠いのですが、そのお陰で観光客も少なくゆっくりと見ることができました。この遺跡は密林の中にあり、しかも修復がされていないので、崩壊した遺跡の苔むした石の上を歩いて見て回らなければならず、足を踏みはずさないか非常にどきどきしました。遺跡には元気よく遊ぶ子供たちや、二胡のような楽器を弾いているおじいさんがいてとてものどかでした。しかし、内戦当時ここは激しい戦闘地区だったらしく、遺跡の近くの至るところに「HALO(地雷除去済)」という石が建っていました。今でもこの遺跡の付近には地雷が埋まっているそうで、その事実を目前にして非常に複雑な気持ちになりました。
今回は時間がなくて、結局プノンペンには行けなかったのでぜひ今度は訪れたいと思います。カンボジアに益々はまりそうです。
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JVCプノンペン技術学校の移転計画の近況について
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現在、年間110名の学生が自動車修理と溶接を学ぶ「JVCプノンペン技術学校」は、プノンペン市内中心にあるマオ・チェ・トン(毛沢東)通り沿いの公共事業運輸省土地で1985年から運営されてきましたが、企業による開発計画が持ち上がったため政府、企業、技術学校、JVCの4者間で交渉を続け、2005年11月に移転と移転補償に合意をしました。
とは言え、工事自体なかなか始まらず、埋立地の安全性にひやひやする中で JVCと技術学校から施行管理を依頼した建設会社がしっかり強度チェックしながら、当初よりほぼ1年遅れで基礎工事が始まり、先日谷山新代表(元カンボジア
現地代表)の久しぶりのカンボジア訪問時に起工式がありました。現地代表米倉のレポートです。 |
(カンボジア担当 鈴木)
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着工式典。右端からコントリウ氏、サメット氏、
谷山、アチャー(檀家総代)、KCEC社長。
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2005年11月に移転および移転補償の合意書に署名をしてから、埋立地の強度の検査や設計図の確認などが行われ、2006年11月に長さ33メートルの鉄筋コンクリート杭を地中に打ちこみ始めた。工事開始にあたり、カンボジアでは通常、僧侶を招いて着工式典を行う。同校を管轄する公共事業運輸省の大臣が多忙につき、式典は延期され続け、2007年1月23日に、大臣は不在のまま行った。JVC新代表に着任した谷山がカンボジアを訪問する予定があったためである。
式典には、1982年からカンボジアで熊岡の通訳などを務め移転補償獲得の陰の功労者である公共事業運輸省のサメット氏、技術学校の移転補償をするKTパシフィック社総裁のコントリウ氏、そのいとこでカリフォルニアに定住したが帰国して同社を手伝い同校に英文技術書を寄付してくれたデヴィッドパット氏、建設を担うマヒバ建設会社エンジニア、施工管理を行うKCEC社エンジニア、同校校長アムデューン氏、同副校長ノプティム氏、同校の生徒達が参列した。打楽器楽団による伝統音楽の演奏、僧侶の読経も行われ、豪華なお供え物を捧げた式典だった。
昨年11月に工事が始まってから、施工管理のKCEC社の担当者は毎日、現場にはりついている。関係者一同も、現場の建設事務所で週例会、技術学校で月例会を開いて、工事の手続き、設計図や進捗状況の確認を行っている。乾季が終わる5-6月までに完成させたいとコントリウ氏は希望を述べたが、現場関係者は年内に完成くらいか、と考えている。
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(JVCカンボジア現地代表 米倉 雪子)
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関係者で現場を視察。
左からKCEC担当エンジニア、サメット氏、デヴィッド氏、谷山、
コントリウ氏の息子、マヒバ社エンジニア長、コントリウ氏 |
この穴に石とセメントを落とした。
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倉庫と修理工場一部で基盤工事70%、 地上基礎工事60%が進捗。
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教室の建物で基盤工事70%進捗。
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カンボジアの結婚式に行ってきました
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カンボジアボランティアチーム 稲口
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赤い糸を結ぶ儀式。参加者が新郎
新婦の腕に赤い糸を結んでいく。
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昨年12月、カンボジア人の友人の結婚式に出席するため、プノンペンまで行ってきました。カンボジア人の結婚式に参加するのは初めて、日本の式とは違って色々珍しいものが見られるのでは、と興味津々で参加してきました。
結婚式は土曜日と日曜日の2日間に渡って行われました。昔ながらの伝統に則り正式にやると1週間近くもかかるそうですが、最近では簡略化されてだいたい2日間位の期間で行われているようです。私が参加したのは2日目からでした。2日目の式は朝早く、7時くらいから始まりました。私の友人である新郎が新婦の家から少し離れた所から、花婿行列(?)のようなものを作って新婦の家にぞろぞろとやってきます。カンボジアでは結婚すると嫁の家に入り、入り婿になることが多いそうなので、これが昔の日本の結婚式で言えば花嫁行列のようなものになるのではないでしょうか。家に着くと新婦とその家族達が待っており、そこから色々な儀式が始まります。
式は新婦の家で行われたのですが、参加者が多く家の中ではスペースが少ないため、家の前の道路の幅半分以上を占拠して建てられた大きなテントの中で行われました。出席者が相撲の断髪式のように新郎新婦の髪の毛を切る真似をしたり、新郎新婦の腕に赤い糸を巻きつけたり、新郎が丸めた葉っぱを合掌した手で拾ってまた置いたり等々、色々よくわからない儀式が長々と昼まで続き、最後に昼食が振舞われて式は終わりました。それぞれの儀式に何らかの意味があるのでしょうが、周りのカンボジア人もよく知らないようで、結局意味はわからないままでした。儀式の合間には新郎新婦共に次々と衣装チェンジが行われ、4〜5回は衣装が変わっていました。衣装の色は緑やピンク、金色など原色系の派手なものが多く、とても華やかなものばかりでした。
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披露宴で新郎新婦が入場し、ケーキカット
の前になぜか?糸スプレー?をかけられ、
糸?だらけになるお二人とケーキ。
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その日の午後4時半から披露宴が行われる、ということなので時間丁度に会場に行ってみたところ、誰も参加者は来ていません。ぼつぼつ人が集まりだしたのは午後6時ぐらいになってから。さすが南国、時間厳守という日本の感覚で行動しちゃいけませんね。
会場は500人以上入れそうな大きなもので、日本の披露宴と違って人数が集まったテーブルからどんどん料理が出され、乾杯の音頭もスピーチも無しに皆さん各々勝手に飲んで食って騒いでいました。宴もたけなわ、終盤になってようやく新郎新婦が登場、日本でもおなじみのケーキカットも行われました。結局全部終わったのは午後10時を過ぎてから、朝早くから夜遅くまで、新郎新婦のお二人はご苦労様でした。
外国での結婚式に参加するというのはなかなか機会が無いので、今回は参加できて面白かったです。また機会があれば、色々な国の結婚式に参加したいなー…。 |