REPORT

スーダン

ハリマさんの集金簿

「だって字が書けないんだから、集金簿なんて付けられないよ、ねえ」
二人は顔を見合わせてそう言いました。

JVCが運営を支援しているティロ避難民向け住居のウォーターヤード(揚水機・給水塔付きの井戸)。
ハリマさんとアワディヤさんの二人は住民から選ばれた井戸管理委員としてウォーターヤードの見張り番を任されていますが、それに加えて、こんどは住民からの集金も担当することになりました。

水汲みの人々でにぎわうウォーターヤード)

「家計を預かっているのは女なんだから、女性の委員が集金に回った方がカネも集まりやすいだろう」と言ったのは、男性である委員長のブシャラさん。それはその通りかもしれませんが、どうも、面倒くさい役割が女性に押し付けられた感じがします。

ウォーターヤードを稼働させるにはポンプを動かす燃料などの費用が必要です。住民1家族あたり毎月5スーダンポンドの分担金を支払うことが、ウォーターヤードの運転が始まった一昨年の11月に決まりました。

しかしその直後に乾季になり、周辺の牧畜民がウシの大群に水を飲ませるためウォーターヤードに来るようになりました。家畜給水の利用料収入で運転費用がまかなえるようになり、住民からの分担金集めはいったん先送りになったのです。

半年が過ぎ、昨年の6月には再び雨季になりました。ウシの群れは季節移動のため姿を消し、やがて当初の予定通り、ウォーターヤードの運転資金を住民から集めなくてはならなくなりました。そうした事情で、9月になってハリマさんとアワディヤさんが集金係に任命されたのです。

「集金簿って、なくてもいいんじゃないの?」
アワディヤさんが、JVCスタッフのサラにそう言いました。集金簿の付け方について二人の相談に乗るためにやってきたサラですが、読み書きができない二人にどうアドバイスするか、困っていました。

「うーん、でも集金した記録を付けないと、誰が払って誰が払っていないのか、分からなくなってしまいますよね」
「そんなことなら心配ないよ」とハリマさん。

「誰が払ったか、ちゃんと覚えておくよ。ねえ、アワディヤ。あんただって忘れたりしないだろ」
「もちろんだわ。大丈夫」
そう言われて、サラはますます困りました。

「いや、でも...そうそう、井戸管理員会のメンバーだって、たまには交代することがあるじゃないですか。集金係が交代することになったら、その時には集金簿が残っていないと困りますよね」

確かに、ハリマさんとアワディヤさんだって最近交代したばかりの新しいメンバーです。

「そんなもんかね。それじゃ、どうしようかね」
「ハリマさん、誰か、家族に読み書きができる人はいますか?」
「娘が小学校に通っているよ」
「じゃあ、その娘さんに手伝ってもらってはどうですか?」
「そりゃいいね。でも、アワディヤのところはどうする?子どもはまだ小さいんじゃないかい?」

アワディヤさんの子どもは小学校に上がる前の年齢です。
「近所の人に頼んでみようかしら」
「はい、ぜひそうしてください。よろしくお願いします」
これで、なんとかなりそうです。

数日後、サラがウォーターヤードを訪れると、ハリマさんと娘さんが待っていました。今日は、一緒に家々を回って集金簿に住民の名前を登録していくことになっています。

まず初めに、サラが集金簿の付け方を説明しました。集金簿といっても、ただの小学生向け学習ノートです。サイズや値段が適当なノートは、これしかないのです。ページごとにタテに罫線を引き、名前、住居番号、そして毎月のチェック欄を作成します。娘さんは興味深そうにじっと覗き込んでいましたが、そのうちに友達に呼ばれてどこかへ行ってしまいました。

集金簿の付け方をハリマさん(左)と娘さん(右)に説明するサラ)

さて、いよいよ家々を訪問します。

避難民向け住戸はレンガ造りの家が20メートルほどの間隔で並んでいますが、雨季には家と家との間にソルガム(この地方の主要穀物)がびっしりと植えられています。穂先を付けたソルガムをかきわけてハリマさんとサラは1軒ずつ訪ねていきました。

話を聞きながら、集金簿に名前を記入する)

ソルガム畑の中を次の家に向かうハリマさん(右)とサラ(中央))

事情を説明して一家のあるじの名前を尋ね、住居番号と合わせてサラが集金簿に記入します。それと合わせて、ハリマさんは毎月の集金を始めました。 「みんな、ウォーターヤードのおかげで水汲みがラクになって助かっているだろ」
ハリマさんは訪れる家ごとにそう話しかけます。

「ポンプを動かすのに燃料代がかかるけれど、ひと家族が毎月5スーダンポンド(日本円に換算して約100円)払えば足りるんだ。ロバの水売り(※)から買うのに比べたら、安いもんじゃないか」

※ロバの水売り:ドラム缶を乗せた台車をロバに引かせて歩く水売り。値段はポリタンク2~3個で1スーダンポンド。家族で1ヶ月水を買い続けたら60スーダンポンド以上になる。

サラは、ハリマさんの説明が上手なのに感心しました。多くの家族が、その場で払ってくれました。2か月分を払う人もいます。払えない家も「ごめんね。今はちょっと持ち合わせがないから、またこんど来てくれるかい」と言っています。

ひときわ深く繁ったソルガムの間を抜けると、崩れたレンガの壁に防水シートの屋根を張った家がありました。雨季の始めの大雨で避難民向け住居の一部ではレンガが崩れてしまったのですが、そのうちの1軒です。辛うじて残ったレンガは、人の背丈ほどの高さもありません。それでも、一家はここに住み続けています。申し訳ないのですが、この一家も集金簿に登録しなくてはなりません。

その後も、ところどころにこのような家がありました。崩れたレンガを積み直し、草ぶきや防水シートを屋根にして、どの家族も工夫して暮らしを続けています。そう簡単に諦めるわけにはいかないのです。

足が棒になるくらい歩き回り、それでもまだハリマさんの担当する区域の半分も終わっていません。残りの家々は翌日に訪問することにしました。


崩れかけた家に防水シートを張って住み続ける家族)

結局、3日がかりで担当の区域を回り、集金簿には83家族を登録することができました。

分担金を支払った家族には支払い月のチェック欄に「✔」のマークがついています。今後は、この集金簿を使って毎回の集金のたびにチェック欄に記入していくことになります。もうひとりの集金係であるアワディヤさんも、同じように担当区域の登録を済ませました。

それから2か月が経ち、12月になりました。雨季はもう終わり、乾季が始まっています。

ハリマさんの集金簿)

サラがウォーターヤードを訪ねると、見張り番をしていたハリマさんが集金簿を持ってきて見せてくれました。
「あれから毎月、集金に回るたびにこれに付けているんだよ」
「それはいいですね。集金簿の付け方で、困ったことはありますか?」
サラが尋ねると、
「大丈夫だよ。名前が読めなくて困った時には、娘が助けてくれるしね」

集金簿のチェック欄を見ると、11月まで支払いを済ませている家族があるかと思えば、2か月間も支払いが滞っている家族もいます。しかし少なくとも「誰が払っているのか、いないのか」は、一目で分かるようになりました。これまでとは大きな違いです。

「あれ、ハリマさん、この右側のページ、これ何ですか?」
「えっ、何のことだい?」
「ほら、ここに誰かの顔が描いてありますよ」
「あらま!これ、ウチの娘が描いた絵だよ。いつのまに描いたんだろうね?」
「誰の顔ですか?」
「ははは、誰だろうね。こんな顔の人、どこかにいたかね?」

ウォーターヤードに、二人の笑い声が響き渡りました。

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