REPORT

スーダン

いつのまにか井戸が...(1)

毎日のように活動地をまわっているJVCスタッフのアドランですが、今日は事務所で少しゆっくりしています。パソコンでメールのチェックをしていると携帯電話が鳴り始めました。
「あれ、マフムードさんだ。珍しいな。何かあったのかな?」
表示された名前を見てそう思いながら、端末を取り上げました。
「おお、アドランか。どうだ?元気にしているか?」
久々に聞く声です。

マフムードさんは、カドグリの町の西のはずれ、タフリ村の地区会長です。
丘陵地帯の入口にあたるこの村では、昔ながらの農業で暮らす人々もいれば、カドグリの町に出て仕事をする人も徐々に増えていました。

しかし3年前に紛争が起きた時には、丘陵地に陣取る反政府軍と市内の政府軍との間で激しい戦闘が繰り広げられ、村のほぼ全住民が避難。やがて人々は元の家に戻り、今ではすっかり落ち着いていますが、そのまま村を離れた人も少なくはなかったようです。

私たちは昨年、この村で農業を再開する人たちに種子と農具の支援を行いました。地区会長のマフムードさんとは、その時からの知り合いです。しかし最近では会うこともなかったため、突然の電話にアドランも少し驚いたのです。

「実は、ちょっとお願いがあるんだけどね」
ひと通りの挨拶が終わってから、マフムードさんはそう切り出しました。
「村には6本の井戸(手押しポンプ井戸)があるのだけれど、みんな故障して1本しか動かなくなってしまったんだ」
「6本のうち、5本が故障しているのですか?」

アドランは、ちょっと信じられないという様子で確かめました。
「そうなんだ。ハンドルやポンプが壊れて動かないものや、動くけれども水が出ないものが4本。一応動くのだが水の出が悪いのが1本ある。だから、まともに水が出るのは1本だけになってしまってね」

マフムードさんは、最近JVCが井戸の補修を行っているという話を聞きつけて、電話を掛けてきたのでした。
「どうだろう。補修をしてもらえないだろうか」
「えっ、それは...実際に井戸を見て、もう少し話をお聞きしないと何とも言えませんが...そうですね、明日、タフリをお訪ねしてよろしいですか?」
「もちろんだよ」

次の日、アドランはタフリを訪れました。町からクルマで数分も走ると住宅地を通り過ぎ、やがて左右に丘陵が迫ってきます。そこがタフリ村です。
「マフムードさんの家は、確かこのあたりだったと思うんだけど...」
近くまでは来ているのですが、どこの家だったのか記憶が定かではありません。
「すみません、地区会長のマフムードさんの家はどこですか?」
道端で草刈りをしていた主婦に尋ねると、すぐに教えてくれました。50メートルほど先です。

「すまないけど、マフムードはカドグリの町に出掛けて留守だよ」
せっかく家を見つけたのに、出てきた家族にそう言われてしまいました。アドランは、携帯を取り出して電話してみました。
「おお、すまんすまん。こっちから電話しようと思っていたんだよ。今日はカドグリで仕事ができちゃって、戻れないんだ」
「いま、ちょうどマフムードさんのお宅に来ているのですが」
「わかった。ちょっとそこで待っててくれ。誰かに案内させるから」

言われるままに待っていると、赤茶色のシャツを着てぶかぶかの靴を履いた若者が現れました。マフムードさんの親戚か、近所の人か、よく分かりませんが、井戸の案内をしてくれるようです。赤色のJVCレンタカーに一緒に乗り込んで、井戸のある場所に向かいます。

井戸を1ヶ所ずつ見ていくと、なるほど確かにポンプを押しても水が出てきません。ハンドルそのものがうまく動かないものもあります。もちろん、水汲みに来ている人など誰もいません。近所の人に尋ねてみました。

「いつごろから壊れているんですか?」
「そうねえ。水が出なくなってもう1年以上になるわね」
「何が原因なのか、分かりますか?」


壊れた井戸を前に通りがかりの住民から話を聞く案内役の若者(右)とアドラン)

「さあ、ちょっと分からないけど」
「では、どこから水を汲んでいるのですか?」
「少し遠いけど、あっちの井戸に行くのよ。でも、水があんまり出なくてね」

指さす方角の井戸に行ってみると、井戸の周りにポリタンクがずらりと並んで、女の子たちが水汲みの順番を待ちながら遊んでいます。
「ちょっとごめんね。ハンドルを押してもいいかな」

アドランはそう言うと、手押しハンドルを押してみました。繰り返し上下に動かしても、わずかな水が出てくるだけです。これでは、水汲みに相当な時間がかかります。

混雑しているのは利用者が多いからではなく、ポリタンク1個の水汲みに要する時間が長いからでしょう。
子どもたちに混ざって水汲みをしていた主婦に尋ねると、去年からこんな状態が続いているのだそうです。


水がチョロチョロとしか出ない井戸。座り込んで待つ人も)

最後に訪れた6本目の井戸は、ポリタンクを抱えた人たちでにぎわっていました。ここは、水の出が普通のようです。
確かにマフムードさんの言う通り、村にある井戸のうち4本が全く稼働せず、1本は水の出が悪く、正常に動くのは1本だけです。

しかし、アドランは「話がちょっと違う」と思いました。最近壊れてしまったから修理が必要なのではなく、故障している井戸の大半は、実は1年も2年も前から動いていないようなのです。


混雑する「6本目」の井戸)

アドランは、その日に見たことの始終を、JVCハルツーム事務所のモナに電話で報告しました。
話を聞いたモナは、アドランに尋ねました。
「それで、アドラン、このあとどうしたらいいと思う?」
「動いている2本の井戸はすごく混雑していて、みんな困っています。JVCが壊れた井戸を修理したらどうかと思いますが...」
「でも報告を聞くと、今まで、村の人たちは故障してもそのまま放ったらかしにしていて、その結果、2本しか動かないようになっちゃったように思うけど」
「はい、そうだと思います」
「だったら、JVCが修理しても、何か月か先には同じことになっちゃわないかしら」
「うーん......」
「JVCは修理屋じゃないわ。壊れたから、はいそうですかって修理するわけじゃないのよ」
「じゃあ、どうすれば」
「少なくとも、地区会長さんや村の人が集まって、これまでどうして井戸の修理ができなかったのか。何が問題だったのか。そして、今後はどうすれば自分たちで修理できるようになるのか、話し合ってもらわないとね」
「自分たちで修理をするっていうと...」
「村の誰かに修理の技術研修を受けてもらうとか、交換部品を買うおカネを積み立てるとか、ほかの村でもやっていることよ。そういうことを村の人たちが話し合わないで、修理だけを引き受ける訳にはいかないわ」

続く

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