
国際人権とNGO/市民社会 ~前編~(会報誌T&Eより)

第2次世界大戦後、たくさんのNGOの関与も経ながら「国際人権基準」が整備され、「人権の国際化」が進められてきました。しかし現在に至るも、世界各地で差別や貧困はなくならず、核の利用も辞さない戦争が行われるなど、人権が蔑ろにされています。
JVCは創設以来45年間にわたり、人々が安心して共に生きられる社会の実現、人権の確立を目指して活動を行ってきました。本連載では、時にJVCとも連携しつつ、国際人権の確立のために活動するNGOや研究者、専門家から、広くそれぞれの関わる問題について寄稿していただき、私たち市民社会の取り組むべき問題に対する視野を広げ、議論を深め、連帯を強化し、さらなる人権の実践の向上に資する視点を提示することができればと考えています。
第1回目は国内の貧困問題、特に外国人の人権に取り組んでこられた反貧困ネットワークの原文次郎さんにご寄稿いただきました。人の国際化が進む一方で、日本の貧困問題は深刻化の一途をたどっており、そこには国籍を超えた人権保障問題があるとの現場からの指摘を前・後編で掲載します。(編集部)
| 本記事は、2025年10月20日に発行されたJVC会報誌「Trial & Error」No.360に掲載された記事です。会報誌はPDFでも公開されています。ぜひご覧ください。 ●JVC会報誌「Trial & Error」No.360のPDFはこちら |
世界各地では今も、紛争が絶えることがありません。国際協調の重要性が高まる一方で、停戦と平和構築に向けての道筋は見えにくく、国連の機能不全が語られ、国連安保理の常任理事国である米国やロシアなどの超大国の国際法を無視した振る舞いが国際社会の混乱をもたらしているように見えます。冷戦終了後の国際秩序の構築に失敗し、2000年代以降の各国政府による国益を全面に押し出した〝平和構築〟とは異なる立場に対して、市民社会の側からのNGOによる政策提言や国際協力の重要性は増すばかりです。
2000年以降、日本国内の人びとの暮らしはどうなってきたでしょうか。2001年の「聖域なき構造改革」以降、社会保障をはじめとする公共サービスが削減された結果、日本の貧困問題は深刻化してきました。雇用環境が変化し、不況の際には非正規雇用の労働者が雇用の調整弁として解雇され、生活困窮に陥っても社会保障が充分でないという状況が常態化する様になりました。
本稿では、私の現所属団体である反貧困ネットワークの活動の紹介を通して、以上のような状況下における国内外の人権保障が一括りの問題であることを見ていきたいと思います。
反貧困ネットワークは、貧困問題に取り組む多様な市民団体、労働組合、法律家、学者、諸個人が集まり、2007年10月1日に結成された団体です。2007年のリーマンショック(世界金融危機)以降の日本に広がる貧困問題を可視化し、社会的・政治的に解決することに尽力。「年越し派遣村」などの様々な提言活動を通じて、日本社会の貧困問題に一石を投じてきました。「人間らしい生活と労働の保障」を実現するために活動しています。
生活困窮者は、日本社会の中で最も弱い立場に置かれ、社会情勢の変化に敏感に影響を受けています。2011年の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故を受け、多くの避難者が発生しましたが、それらの人々に対する生存権の保証は国連人権委員会が言うところの「国内避難民」に相当し、保護が必要とされました。
2017年3月末、国や福島県は震災からの復興が達成されたとして、区域外避難者への応急仮設住宅の供与を終了しましたが、生活の再建のメドが立たない人々から避難生活を継続する選択の自由を奪い、立ち退きを強制したことから裁判での闘争となっています。これらの人々も私たちの支援の対象となっています。国外だけではなく、日本国内にも難民状態に置かれた人々がいることに眼を向ける必要があります。(後編に続く)

反貧困ネットワーク 原 文次郎
総合電機メーカーの海外営業職を務めていた2001年9月11日に発生したニューヨーク同時多発攻撃に衝撃を受け、アフガニスタン反戦運動の後、日本でアフガニスタン難民申請者に出会い、難民支援に関わる。2003年2月~4月、米国IRCでのインターンの後、2003年~2006年と2009年~2013年、JVCイラク事業担当、2013年~2015年、AARJapanパキスタン現地駐在、2015年末~2019年、パレスチナ子どものキャンペーンパレスチナ駐在、2019年~2020年、IVYイラク現地駐在代表を経験の後、201年4月より現職。