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パレスチナ

ガザの声「5歳になる孫がパニック症状を起こして叫び続けているの。私もどうやってこの状況を説明していいのかわからない」

29日以降、私がエルサレムに戻るために移動していた8月2日から3日の昼までの間を除いてガザの同僚や友人に電話をかけ続けている。
現地情勢は未だに収束を見ず、死者数が2008年末から翌年初めまで続いた大規模空爆と軍事侵攻の時をついに越え、1,800人になった。「正直ここまで悪化するとは思ってなかった」。パレスチナ研究を続けてきた知人たちも口をそろえてそう言う。
私自身もそう思う。ここまで無垢の民間人を殺せるものなのか...

3日昼、エルサレムに戻って電話がかけやすくなったこともあって、現地パートナーNGOスタッフだけでなく、他のガザの友人にも電話してみた。1人はムハンマドさん。かつてガザ事務所をシェアしていたポーランド系NGOの現地職員だった人で、よくコーヒーを飲みに行く友人だ。
彼には今年初めに生まれたばかりの息子がいる。また一番被害が多いガザ市シュジャイヤの近くに住んでいた。彼は各国から来るジャーナリストと仕事をともにしているそうだ。
「家は危険だから、家族と一緒にジャーナリストが手配してくれているホテルに仮住まいしている。取材を続けるジャーナリストを案内するために、ガザ各地、特に状況が酷いところに行っている。自分の身も危ない。命は大事だ。だけど食べるために、家族を守るためにお金が必要なんだ。」
暗い声で淡々と話す彼、大概の事は陽気に笑い飛ばす彼の性格がすっかり影を潜めていた。

かつてJVCと一緒に働き、2008・9年のガザ攻撃の直後に来日し、その現状を日本社会に伝えたモナさんは、今は自宅にいるとのこと。とりあえず彼女の住むエリアではそれほど被害が無いそうだが、爆音はどこにいてもひっきりなしに聞こえる。
「5歳になる孫がパニック症状を起こして叫び続けているの。私もどうやってこの状況を説明していいのかわからない。私自身は大丈夫だけど、子どもたちの恐怖は拭えない。停戦になったら、母子ケアをする活動をしたいと思っているの。」
そういう彼女がとても頼もしいと思ったが、子どもたちのストレスは計り知れないという事実を改めて認識した。

この間、Facebookで話していたJVCが支援を続ける現地NGO、アルド・エル・インサーン(AEI:人間の大地)スタッフのワシーム君は「従兄弟が2人殺された。とても悲しい。僕は大丈夫だけど、電気もないし、大変だ」と言っていた。先週唯一残されていた発電所が破壊されて以降、ガザでは120時間の停電が続き、ようやく4日に2時間の電力供給があった。
同じくAEIスタッフのアマルの情報だと、避難所での飲み水も圧倒的に不足していて、5,000人に配られる一日の飲み水が、わずか2,000リットルとのこと。1人当たりでペットボトル一本分(500ミリリットル)も無い事になる。手を洗う水も、子どものおむつも、食糧も不足している。UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)をはじめ、多くの国連スタッフが寝る間も惜しんで避難民のケアにあたっているが、全く追い付かない。
UNRWAの現地スタッフも3日付で9人が亡くなっている。また8月4日、北部にあるベイトハヌーン市では、避難民の帰宅が許されたと聞いた。しかし、帰る家の殆どは破壊され、町の原型をとどめていない。隔離されたガザで、町も破壊されて、一体どこに帰れというのか?今現在も、ガザ地区内の避難民は50万人を超えている。

一方、エルサレムにいる海外NGOの仲間の話で、国際NGOスタッフがガザ地区に入れない状況が続いている事も分かった。ガザ地区に入る検問所を管理するイスラエル政府からほぼ締め出しを食らっているのだ。JVCのスタッフもその例外ではない。ガザ地区ではとにかくあらゆる支援が必要とされているのに、国際人道支援団体の現地へのアクセスは制限されているままだ。

JVCが支援を続けるAEIでは、8月1日の日曜日から、特に援助物資が届きにくい私立の学校に避難している住民のケアを行っている。求められている物資は、石鹸、飲み水、おむつ、体を洗うための水など、衛生状態を改善するためのものが多い。衛生状態の悪化に伴って、子どもたちの下痢も急激に増えているからだ。
「停戦はまだなのか?」毎日のように、ガザの友人たちが電話口から問いかけてくる。
「たぶん次のはうまくいくよ...とにかく持ちこたえてくれ。世界中の人があなたたちのことを心配している。」そう答える事しかできない自分がもどかしい。

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緊急支援準備を行うAEIスタッフ

執筆者

金子 由佳 (パレスチナ現地代表)

2011年、国際政治学部・紛争予防及び平和学専攻でオーストラリアクイーンズランド大学大学院を卒業。直後にパレスチナを訪れ、現地NGOの活動にボランティアとして参加。一ヶ月のヨルダン川西岸地区での生活を通じ、パレスチナ人が直面する苦難を目の当たりにする。イスラエルによる占領状況を黙認する国際社会と、一方で援助を続ける国際社会の矛盾に疑問をもち、国境を越えた市民同士の連帯と、アドボカシー活動の重要性を感じている。2012年6月よりJVC勤務。同年8月より現地調整員ガザ事業担当としてパレスチナに赴任。JVCのプロジェクトを通じて、苦難に直面する人々と連帯し、その時間・経験を日本社会と共有したい。

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