厳しい社会の中で力強く生きるパレスチナの女性たち(JVC会報誌 No.353より)
本記事は、2023年4月20日に発行されたJVC会報誌「Trial & Error」No.353に掲載された記事です。会報誌はPDFでも公開されています。こちらより、ぜひご覧ください。
パレスチナといえばどうしてもイスラエルによる不当な占領という問題に焦点があたります。一方で、パレスチナ内部においては、家父長制による男性優位の考え方から、女性の自由な外出、就労、就学などの権利が著しく制限されている現状があります。しかし、そういう状況だからこそ、女性の権利獲得、経済力の向上、そして社会参画を促進するために立ち上がった女性たちがいます。彼女たちの活動を紹介したく思います (編集部)。
パレスチナの土地にイスラエルが建国を宣言してから75年。イスラエルによるパレスチナ人への抑圧や暴力が増す一方で、家父長制が色濃い男性優位のアラブ社会では男性から女性に対する抑圧が強まっているといいます。今回は、厳しい時代を生き社会や家庭の問題と闘いながら他者の支援をする、そんなパレスチナの女性に焦点をあててご紹介したいと思います。
まず初めに、パレスチナの女性たちが置かれている状況の背景にある「パレスチナ問題」から始めていきましょう。イスラエルとパレスチナ間の問題は異なる宗教を背景とした"紛争"や"戦争"と思われがちですが、実際は、圧倒的な力をもつイスラエルがパレスチナを一方的に占領封鎖し、少しずつその土地を奪い、自国に併合することに伴う人権侵害です。その結果、パレスチナのヨルダン川西岸地区とガザ地区は「分離壁」と呼ばれる厚いコンクリートの壁で囲われ、パレスチナ人は移動の自由を奪われています。
この「占領地の併合」と「分離壁の建設」 は明らかな国際法違反にも関わらず、罰則など強制力がないため、国際社会はイスラエルの行為をやめさせることができずにいます。武器を持ったイスラエル兵士に明確な理由もなく自分や自分の家族が突然拘束されたり殺されたりする、逃げ場のない地域で空爆に晒される、パレスチナの人びとはそんな異常な状況のなかで日常を送っています。
もともと、パレスチナは国家ではありませんでしたが、何百年にもわたりパレスチナ人が居住してきた土地でした。それ以前にはユダヤ人が居住していましたが、11世紀の十字軍の遠征(注1)によりユダヤ人は世界に離散(ディアスポラ) し、移住先でも迫害を受けていました。
それでも、その土地に残った、また、 移民してきた少数のユダヤ人とパレスチナ人は共存していました。しかしその後、列強諸国による帝国主義(注2)なども後押しとなり、一部のユダヤ人の中でユダヤ民族だけの国を創ることを目指す「シオニズム」という運動・思想が浸透し、イギリスの三枚舌外交(注3)により両者の対立が深まりました。
第2次世界大戦中には、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)が起こり、この混乱の収拾は国連に託されました。しかし、1947年に採択された「パレスチナ分割案」は当時この地に居住していた人口の3割程度だったユダヤ人に土地の約6割を与えるという不平等なものでした。
48年にイスラエルが建国を宣言すると、その地域に居住していた15万人超のパレスチナ人が国内外へと避難し、難民となりました。イスラエルとその建国に反対したアラブ諸国の間で起こった戦争に勝利したイスラエルは、パレスチナ全土を掌握。一時は和平合意を結ぶも、和平路線だった当時のイスラエル首相イツハク・ラビンが殺害され、和平は失敗に終わりました。その後、イスラエルによる入植活動は進み、パレスチナ人をとりまく状況は悪化の一途をたどっています。
パレスチナの男性はイスラエルからの抑圧や暴力に加え、「男性は働いて家族を養わなければならない」「男性はこう「あるべき」というアラブ社会におけるプレッシャー、占領下での就業の困難さといったストレスも抱えています。 その結果、家庭内暴力という形で女性や子どもに身体的・精神的影響が及んでいるのがパレスチナの現状です。
長く続く占領と封鎖により、もともと男性優位だったアラブ社会はますますその傾向を強めています。 多くの家庭では男性が決定権を持ち、女性は男性家族の同伴や許可なしには外出が難しく、男性が家計を握っているために女性が家族や自分のために自由に使えるお金がない家庭が多くあります。女性には遺産相続の権利もなく、女児の早婚や名誉殺人(注 4)なども起こっています。
このような状況の中、家計を助けるため外で仕事をしたいと思っても実行するだけの知識や技術を得られる場がない、家族の同意が得られない、家庭内の力関係で自分の希望を述べることすらできないという理由で、仕事や勉強などやりたいことを諦める女性たちも少なくありません。
このような困難に直面しながらも、女性をとりまく環境を少しでも良くしようと立ち上がった女性たちがいました。そのひとりが、JVCが東エルサレムでともに支援活動を行う現地NGO「シルワン・アットゥーリ女性センター」(以下、 AWC) 事務局長のアビールさんです。次に、そのアビールさんの言葉でAWCについて説明します。
職業訓練を開始するにあたってのオリエンテーションで
スピーチをするAWC代表のアビールさん(東エルサレム)
私(アビール)は、16年にエルサレム旧市街で生まれ育ちました。子どもの頃、第1次インティファーダ(注5)を 経験しましたが、女性もインティファーダに参加してイスラエルに抵抗し、ボランティアやチャリティなどの社会活動にも積極的に参加していました。そういう女性の力強い姿を見て育ったため、自然と自立心が芽生え、大学では考古学を専攻し、旧市街では女性初の観光ガイドの資格を取得、ガイドとして働きはじめました。
イギリスにこの地が統治されていた時代からイスラエルによる占領が始まる頃までは、女性はコミュニティの中で力と権利を持っていました。なぜなら、多くの男性が戦争に行くか、刑務所に入っていたため、女性がコミュニティや家庭内のさまざまな責任を負っていたからです。ところが、オスロ合意の後、ほとんどの女性センターが閉鎖され、多くの政党で女性たちは上の役職に就くことができなくなりました。それは、パレスチナの主要政党であるハマスやファタハからも明確にみてとれます。ハマスには一人も女性のリーダーがいません。 ファタハにも一人しかいません。私たちのコミュニティの人口の30%は女性です。つまり、少なくとも主要な役職の半分は女性のはずなのです。しかし、現実はまったく違います。
戦争が終わり家庭やコミュニティに戻ってきた男性は、一度女性に与えたすべての権利を奪おうとし始めました。宗教や伝統を、女性の権利を奪うための言い訳に使うようになりました。このため、パレスチナ各地で女性の社会参加は縮小していき、男性が女性を支配するようになったことは残念でなりません。
第1次インティファーダのころ、女性は行きたいところに行き、イスラエル兵に石を投げて戦いに参加していました。当時は、女性がこのような行動をとったり、外に出たり、表現することを間違っているとは誰も考えていませんでした。しかし今、女性がこのような行動をとると、「コミュニティの考え方に反している」「間違っている」「家にいるべきなのに」などと言われてしまいます。
私は結婚を機に、旧市街に隣接するアットゥーリ地区に移り住みました。ここはとても保守的な地域で女性たちは生きづらく、当時は女性を支援する NGOや市民団体もありませんでした。私には4人の娘がいますが、彼女たちがこういう保守的な地域で育つことに不安を感じ、この環境を変えたいとの志を共にする仲間と話したときに、「ここに女性センターを設立しよう」というアイデアが出てきて、具体的に動くことになりました。
AWCの設立当初は周辺住民 (特に男性)から奇異な目で見られることも多く、地域の男性の猛反発にあい、センターを閉じた時期もあります。保守的な地域ということもあり、権利や人権を盾にすると「西洋の考えの押し付け」との印象を持たれるため、 最初は経済的な困窮世帯への生活物資支援を行いました。
その結果、 AWCは地域のために活動をする団体という印象づけを行うことができ、少しずつ女性のエンパワメント活動を増やしていきました。その様子を見た男性たちが徐々に私たちの活動を理解し、力仕事などサポートしてくれるようになりました。今では、ラマダン中の食料配布やイベント時に男性住民がボランティアとして手伝ってくれます。
栄養講習に来た子どものボランティアの女性(ガザ)
栄養講習に来た子どものボランティアの女性(ガザ)
AWCは理事もスタッフもすべて女性です。だからこそ、地域の女性が安心してて活動に参加してくれます。理事に一人でも男性が入れば、その人が女性に対する理解がある人であっても、 AWC全体が男性に支配されてしまうという危惧もあるからです。今ではエルサレム市内でもパレスチナの女性をサポートする団体もいくつかありますが、調査研究、法律相談、女性の権利保護の活動が主で、AWCのように職業訓練など女性への直接的な支援を行っている団体は数えるほどしかありません。
AWC設立から16年経ちますが、私たちの存在や活動を快く思っていない男性は少なからずいます。ここでは「強い女性」はまったく望まれていません。そういう点ではまだまだ大変なことも多く、相変わらず活動のための資金調達も課題です。
女性には、家族を守り、支え、そして自分で物事を決める能力があるのです。 女性には学び、自分で結婚相手を決める権利があります。権利を与えないことと政治状況は結びつかないし、私たちは女性の権利がこのように扱われることを変えたいのです。
AWCが目指していることのひとつは、女性が安定して権利を得られるようにすることです。これは、自分たちが置かれている状況ではなく、コミュニティ内の考え方によって変わり得るものです。幸い給与の多寡ではなくAWCが目指すこと・信念に共感して働いてくれるスタッフにも恵まれ、チームでこの地域の女性たちの状況を改善するための取組みを行っていきたいと思っています。(以上、アビール記)
数年前にイスラエルにより破壊されたパートナー団体AWC事務所の隣家(東エルサレム)
パートナー団体AWCのスタッフが
ラマダン(断食月)のイフタール(断食明けの食事)を祝った(東エルサレム)
パレスチナでは、女性の自立や社会参加のためにNGOが大きな役割を果たしています。 NGOは女性が新しいスキルや知識を身につけるためのさまざまな研修プログラムやサービスを提供しています。JVCもそのひとつで、職業訓練や母子保健サービスなどの活動を通じて、女性がコミュニティでリーダーシップを発揮し、社会的・経済的変化のための主体となるよう働きかけています。
現在、JVCでは2つのプロジェクトを行っています。1つは東エルサレムで、 職業訓練やリーダーシップなどの研修を通じて女性の社会的・経済的自立をサポートする活動です。 男性が働けない/働かない場合、女性が主に家族を養うことになりますが、妻であり母親でもある女性には大きな負荷がかかります。そのため、収入につながる技術を身につけるだけでなく、 日常生活のプレッシャーや妻や母といった役割から離れ、自分と向き合う時間をもつこと、安心して集える場所や志を同じくする仲間といった存在が、女性の経済的・社会的自立にとっては必要不可欠です。
もう1つの事業地・ガザ地区では、5歳以下の子どもたちを対象とした栄養改善のための活動を行っています。そのなかで、子どもたちの発育状況を定期的に確認し、母親に子育てのアドバイスをする地域保健ボランティアを育成しています。 ボランティアの人たちは母乳育児の 仕方や栄養価の高い安い食材をつかった離乳食のつくりかたなどを学び、子育ての先輩として母親に適切なアドバイスを行っています。
義理の母や夫の兄弟と同居することが多いパレスチナ社会では、姑や義理の姉妹や親戚からのサポートを受けられなかったり、母乳育児や離乳食について誤った知識や情報を受けることも多いため、ボランティアの人たちは研修で学んだ正しい知識を伝え、根気強くアドバイスを続けています。 長年活動している地域では、「ドクトーラ (先生)」と呼ばれて頼りになる存在として認知され、活躍しています。
先に紹介したアビールさん以外にも、JVCは厳しい状況にも負けず活躍するたくさんのパレスチナの女性と活動をともにし、その強さと優しさに触れてきました。支援に携わる側とはいえ、自らも厳しい状況に身を置く当事者であり、支援を必要とする人たちでもあるのです。
しかし、彼女たちは助けを待っているだけではありません。どんなに大変な状況でも、他人を思いやり、助けを必要とする人に手を差し伸べる。そんな彼女たちに学びながら、これからもともに活動していきたいと思います。
パートナー団体AWCとの記念撮影で。
木村(前)とJVC現地スタッフのアヤット(右から2番目)(東エルサレム)
◎注1・・・十字軍。 中世に西欧カトリック諸国が聖地エルサレムをイスラム諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍。11世紀にパレスチナの地に向かったが、 当時そこにはイスラム教徒はおらず、代わりにユダヤ人が標的となった。
◎注2・・・帝国主義。一つの国家または民族が自国の利益・領土・勢力の拡大を目指して、政治的・経済的・軍事的に他国や他民族を侵略・ 支配・抑圧し、強大な国家をつくろうとする運動・思想・政策。
◎注3・・・三枚舌外交。第一次世界大戦のさなかにイギリスがパレスチナの土地について、アラブ人、ロシアとフランス、ユダヤ人それぞれと異なる協定を結んだ外交政策。
◎注4・・・注4:「一家の名誉を傷つけるような淫らな行為をした」とされる女性(妻や娘)を、その夫や親兄弟など親族の男性が殺害すること。女性が男性から性的暴力を受けたとしても女性だけが処罰の対象となります。
◎注5・・・インティファーダ。1987年から93年のオスロ合意(パレスチナーイスラエル間の和平合意)までの間に発生したパレスチナ人によるイスラエルへの抵抗運動の総称。武器をもたないパレスチナ人(女性や子ども含む)はイスラエル兵に向けて石を投げて抵抗したため「石の闘い」ともいわれています。
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