REPORT

スーダン

トイレの穴を掘ろう

乾季も半ばにさしかかり、いよいよ暑くなってきた2月。南コルドファン州、カドグリの郊外に私たちが100戸の避難民向け住居を建設して、半年が経とうとしています。

「どこの援助団体だ、この家を建てたのは?」
背広姿で先頭を歩いている男性が、大声でそう尋ねました。避難民住居を視察に訪れている州政府の関係者です。
「は、はい、JVCです」
後ろをくっついて歩いているJVCスタッフ、アドランがそう答えました。
「家にトイレがついていないようだが・・どこにあるんだ?」
カドグリでは、多くの家でトイレは屋外に設置されています。それらしきものが見当たりません。
「えっ・・は、はい。まずは住居の建設を急いでいたもので・・トイレはまだありません」
怒られるのではないかとハラハラしながら、
「ですが、えーと、このあと住民と協力して設置する予定です」 急いでそう付け加えました。
「そうか」
 背広の男性はそう言うと、すぐに歩いていってしまいました。

別に、政府のエライ人に言われたからではありません。元々、トイレ建設は今年度の活動として私たちの計画に組み込んであります。住民が中心になって建設作業を行うため、入居後の生活が落ち着くのを待ってから開始する予定でした。
えっ?ちょっと待って!だったら今はトイレがなくて、人々はどこで用を足しているの?
と疑問に思われるかも知れません。避難民の皆さんは、村で生活していた頃と同じように、家の周りの草むらに出て行きます。しかし大きな違いは、広々とした村とは違って、ここでは家が密集していて、屋外での排泄は感染症の原因にもなること。夜のひとり歩きは村のように安全ではないこと。そして、カドグリ市内で一時的にでも親戚の家に同居していた人たちは、トイレのある暮らしに慣れてきたことです。ですから、このままでよい訳はありません。


「ラクバ」の下の話し合い。このくらい少人数だと、みんなよくしゃべり出す)

3月になりました。
「ラクバ」と呼ばれる日よけ屋根の下に、色とりどりのトブ(1枚布を身体に巻き付ける女性用の着衣)を着た女性が集まっています。十数人はいるでしょうか。2、3人の男性も混ざっています。
今日は、トイレ建設について避難民住居の人々との最初の話し合いです。JVCスタッフのほか、役所の保健衛生の担当者も来てくれています。

「JVCがスコップなどの道具を提供しますので、皆さんはまず、直径1メートル、深さ1メートルの丸い穴を掘ることになります」
アドランが、トイレづくりの手順を説明し始めました。
「次に、JVCがレンガやセメントを提供するので、穴の内側にレンガを積んで固めてください。雨が降っても崩れないようにするためです」
 みんな真剣に聞いています。
「レンガで固めたら、そのあと、さらに2メートル、合計3メートルの深さまで掘り進めてください。それでトイレの穴は完成です」
穴ができたら、その上に別途製作するコンクリートのフタを乗せます。もちろんフタには、用を足すための穴が開いています。最後に、木の枝やビニールシートでトイレの囲いを作り、完成です。
「3メートル掘ったトイレは、普通は3年くらい使用することができます。3年たつと穴の中がいっぱいになってくるので、土で埋めて、また別の場所にトイレを掘ることになります」


トイレの大切さについて話す役所の保健衛生担当、カノさん(左))

説明が終わると、さっそく質問が飛んできました。
「穴を掘るっていうけど、見ての通り、ここに住んでいるのは女ばかりだよ。男手がないのに、どうやって掘れっていうの?」 この避難民住居には母親と子どもだけの世帯が優先的に入居しているので、確かに男性は少数派です。
「皆でおカネを出し合って、人を雇って掘ってもらうのはどうかしら?」
そんな意見が出ました。賛成する人もいますが、
「ウチには、そんなおカネないよ」
と率直に言う人もいます。
「そんなことよりさ、収穫の時みたいに、ナフィールを作ったらどうなんだい」
後ろの方で、誰かがそう言い始めました。 ナフィールというのは、村の「相互扶助・共同作業グループ」と言えばよいでしょうか。家族だけではやりきれない作業、たとえば収穫の時に、近隣の住民が集まってグループを作り、各メンバーの畑を巡回して収穫を行っていきます。この仕組みが「ナフィール」と呼ばれます。農作業だけでなく、家を建築する時などにもナフィールが役立ちます。
「そうよ。この近所にも、数は多くないけど若い人たちがいるし、頼めばナフィールを作って穴掘りを手伝ってくれるはずよ」 とりあえず、みんな納得したようです。

次に問題になったのは、トイレの共同利用です。私たちは、隣接する3家族が協力してトイレ1個を作ってはどうかと提案しました。1家族が単独でトイレを作るのでは作業の負担が大き過ぎると判断したためです。なお、人道支援活動における一般的な基準では20人に1個のトイレが必要とされており、3家族(およそ18人)まではその基準に収まります。

「ウチはね、来客が多いのよ。だから、ほかの家族と共有するんじゃなくてね、自分だけのトイレが欲しいの」
「3家族が一緒に使ったら、責任が曖昧になって、誰も掃除をしなくなるんじゃない?そうなったら不潔だわ」
ここで、役所から来ているカノさんが口をはさみました。黙って聞いていられないようです。
「おいおい、なんでいきなり、そんな『よそいき』なこと言い出すんだ。ここでは、みんな一緒にご飯を食べ、一緒にお茶を飲み、なんだって一緒にやっているじゃないか。どうしてトイレを一緒に使うのがそんなにイヤなんだ?」
この一言には、みんな大笑いです。 そして、共同利用に賛成する発言が続きました。
「3家族が一緒で、ちっとも構わないよ。だってここに入居してから、ずっと原っぱに行って用を足さなきゃならないじゃないか。それに比べりゃ、3家族一緒だってトイレのほうがいいに決まっているよ。ワタシは、近所の人とすぐに掘り始めるよ」
どうやら話し合いには決着が付きました。

このような話し合いが、避難民住居内の区域ごとに行われました。みなさん、今回のトイレ建設について多少は理解してくれたようです。 そして、いよいよ穴掘りが始まります。

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「スーダン日記」執筆者、今井は1年に3回程度のペースで日本に一時帰国しています。その機会に、皆さんのご近所、学校、サークルの集まりなどに今井を呼んで、「出前報告会」はいかがでしょうか。セミナーや学校の授業からお茶を飲みながらの懇談まで、南スーダン情勢とPKO、紛争地での人道支援、スーダンの生活文化などをお話しさせていただきます。日時や費用、また首都圏以外への出張についても、まずはご相談ください。

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