REPORT

スーダン

ディナールさんと避難民姉妹

JVCスタッフが訪れた時、ディナールさんとその姉妹は婚礼に向けた準備で忙しそうでした。化粧品や装飾品など、結婚前には普段と違う特別なものを揃えなくてはなりません。すでに、様々な小物が台座の上に並べられていました。

「おめでとう」
婚礼前だと知ったスタッフのサラが声を掛けると、
「ありがとう。でも、これ、初めてじゃないのよ」
と言って笑うディナールさん。どう見てもまだ十代の若さなのに、2回目の結婚でしょうか。
「最初の人が、死んじゃってね」


婚礼準備の装飾品)

彼女の一家は元々、州都カドグリから30キロほど北に位置するアブセフィファ村に住んでいました。昨年の4月に反政府軍の襲撃を受けて村人は避難。そのうち50家族ほどが、カドグリ北郊のマスカラ集落の近くにテントや草ぶきの小屋を作って住んでいます。


ディナールさんたち家族が住む小屋やテント。手前はオクラ畑になっている)

テントと言っても、「半農半牧」の生活を送ってきたアブセフィファの人たちにとって、家畜を連れたテントでの移動生活には慣れたもの。避難先でのテントも「仮設住居」というよりは「普通の家」と感じているかもしれません。

サラが誘われるままテントに入ると、中は意外に広く、ベッドが2台並んでいます。ディナールさんがベッドにもたれて地面にペタンと座ると、折り重なるようにベッドに腰掛けた妹が彼女の髪を結い始めました。

ディナールさん)

「いいわよ、なんでも聞いて。野菜作りの話をすればいい?」

ここで暮らす避難民50世帯に対して、私たちは今年3月に井戸を掘削、野菜作りの研修を行い、農具と種子、畑に水を運ぶための手押し車、そしてジョウロを支援しました。

その後の様子を見るためにこれまでも何度か訪問していますが、ディナールさんに話を聞くのは今日が始めてです。

「野菜作りはね、あたしたちの得意分野よ。アブセフィファでは村じゅうみんながやっていたわ」
「ここに来てからはどう?」
「ここは水がないから、乾季に野菜を作るのは無理だと思ったわ。でも、井戸ができたからね。あたしたちみんな、ほんとにあの井戸が頼りよ。飲み水だって、畑だって。うちのお父さんなんか、井戸からウチの畑まで水路を掘ったのよ」

井戸のコンクリート台座から排水口に流れた水を、畑に引っ張ってくる水路のことです。排水の有効活用法です。

「おかげで、色々な野菜が作れたわ。ルッコラ、モロヘイヤ、オクラにスイカ。ティブシ(ウリ)は虫にやられてダメだったけど」
「ジョウロは、役に立ったかしら?」
「そりゃもう!あれだったら、自分でおカネ払ったって買うわ(笑)」
「本当?そんなに役に立った?」
「種まきのあとに水をまくのにね、強く流し過ぎると種まで流れちゃうでしょ。でもジョウロだったらやさしく水がやれるから、もってこいよ」
サラは、自分たちが支援したジョウロが役に立ったのが分かったので、嬉しくなりました。
「よかったわね。野菜作りがうまくいって」


ディナールさん家族の畑。真ん中に見える水溜まりに井戸の排水が流れてきている)

「そうなんだけど...でもね、やっぱり元の村に帰りたいわ。畑だってずっと広いし、家畜もいる。ここは暮らしにくい」
「まだ、帰れないの?」
「ちょっとね。去年、あんなことがあったし、まだみんな不安なの」

そう言って、ディナールさんは昨年4月の「事件」について話し始めました。

何事もない、いつも通りの午後。ディナールさんの夫は、用事があって村の市場に出掛けていきました。
「ちょっと行ってくるよって言って。それから10分も経たないうちよ。急に銃の音がたくさん聞こえてきて...」
突然の襲撃でした。反政府軍の兵士は市場にいた村の男たちを次々に射殺し、略奪を始めたそうです。
「結婚して、まだ3か月だったんだけど」
ディナールさんは片手で涙をぬぐって、
「この子なんかね、結婚して1ヶ月も経っていなかったのよ」v 髪を結っている妹のことです。
「えっ、ダンナさんが?やっぱり市場にいたの?」
「そうよ。全部で50人も殺されたのよ」

夫を亡くしたのは、しかし二人だけではありませんでした。
ディナールさんの最年長の姉には、7人の子どもがいます。小さな子どもたちを残して、夫は帰らぬ人になりました。
「やっぱり、市場で襲われたの」
「違うわ。姉さんのダンナさんは兵士だったのよ」

話によると、どうやら政府系の民兵だったようです。多くの場合、政府から軍事訓練を受けて武器を渡され、村やその周辺を「敵」から防衛する任務を与えられます。

「市場が襲われた時には、軍服を着て村の外にいたみたいなの。私たちが必死で村を逃げ出してから、しばらくは行方が分からなかったの。でもね」
「見つかったの?」
「軍から連絡が来たわ。村の外で反政府軍に出くわして、その時に撃たれたって」
髪結いをしながら黙って聞いていた妹が、気が付いたように
「そうそう、子どもたちはね、自分たちの父親が死んだってことが、まだ分かっていないのよ」
と言いました。ディナールさんはうなずいて、
「そうね。だからあの子たち、今も父親を待っているのよ。村にいた頃、父親はバイクを持っていて、いつもバイクで出かけてバイクで家に帰って来たの。だから子どもたちはね、今でもバイクの音を聞くと、父親が帰って来たと思って外に飛び出していくのよ」

髪結いが終わったようです。いつの間にか、ディナールさんは自分の手元で何やら草わらを編んで細工をしています。これも、婚礼の準備かも知れません。

サラはお礼を言って、テントの外に出ました。まわりでは、子どもたちが遊んでいました。

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