REPORT

スーダン

村長が消えた

「ウムダは、いらっしゃいますか?」
JVCスタッフのアドランがそう尋ねると、
家の前で談笑をしていた年配の女性が振り向いて、
「おや、援助団体の人だね。あいにくだけど、昨日の夜から戻ってないよ」
と教えてくれました。

スーダンの村落部で、住民リーダーは「ウムダ」「シエハ」と呼ばれています。集落の長がシエハで、幾人かのシエハを束ねるリーダーがウムダです。日本で言えば、村長にあたる存在です。
ここムルタ・ナザヒン地区では、野菜種子の支援を予定しています。その打ち合わせをするためにウムダを訪ねたのですが、不在ならば仕方ありません。今は種まきのシーズン。昨晩から戻っていないということは、遠くの畑に泊まり込みで出かけているのでしょうか。
「いつ頃に戻ってくるか、分かりますか」
「そうだね。じきに戻るだろうよ」
「じきに」といっても、いったい何時間かかるのか、見当もつきません。
「分かりました。それでは、また出直してきます」


ムルタ・ナザヒン地区の子どもたち)

ウムダの家を後にしたアドランは、近くの小学校の前に停めたクルマに戻りました。すると、ちょうど向かい側から歩いてきたウムダにばったりと出くわしました。たった今、帰ってきたようです。
「あっ、ウムダ」
「やあ、アドラン。どうしたんだ。ワシに用事があって来たのかい?」
そう言って足を止めたウムダのマンジャさんは、軍服姿です。
「昨日の夜は当直でな。ブラム郡(反政府軍の支配地域)に行く途中の詰所で警備をしていたんだ」
村を離れていたのは、そういうわけだったのです。マンジャさんは政府軍ではなく、その指揮下にある民兵組織に属しているようです。
アドランは急いで用件を話しました。種子支援の日程について、ウムダに確認しておきたかったのです。
「すみません、お疲れのところ引き留めてしまいました」
そう言うアドランに、
「いやアドラン、村人の世話を焼くのはウムダの仕事だよ。だから、本当はこんなふうに外に出掛けたりせずに、ずっと村にいなくてはいけないんだ」
マンジャさんはそう言います。
「でもな。政府は、ワシらウムダに、住民を守るためだから軍に入隊しろと言うのだよ」

紛争が始まる前、JVCが丘陵地帯の村で活動をしていた時に、あるウムダがこう教えてくれました。
「この村では農閑期になると、カドグリの町などに出稼ぎに出る男が多い。そのあいだ、村に残った家族が重い病気になったり、何か事故があったら、ウムダが面倒をみなくてはいかん。だから、ワシらウムダは村から出ることはないのだ」 ウムダは出稼ぎにも行かず村と村人を守り、そして、村人はウムダを尊敬してきました。


ティロ地区避難民向け住居、ウォーターヤードの給水所)

私たちがウォーターヤードを支援したティロ地区の避難民向け住居では、井戸管理委員会のアフマドさんが頭を抱えていました。
「雨季が始まって、家畜給水の収入に頼れなくなった。これからは、燃料代として住民から毎月の分担金を集めなくちゃならないんだ」
事情は、よく分かります。

「だけどね、井戸管理委員会が勝手にカネを集めるわけにはいかない。みんなで話し合って決める必要があるのだけれど、それには、ウムダに立ち会ってもらわなくちゃいけないんだ」
 ウムダが立ち会っていないのでは、たとえ住民が集まって決めたことでも、うまくいかないのだそうです。そもそも、ウムダに相談せず住民集会をやるわけにはいかない、とアフマドさんは言います。避難民住居は、複数の村の出身者が避難民として集まっているため、出身村ごとに何人ものウムダがいます。
「でも、そのウムダが、次々に兵隊に取られてしまった」

今年4月、政府軍は反政府軍との戦闘に「決着をつける」と宣言。大量の武器と兵力を南コルドファン州に送り込み、激しい攻勢をかけ始めました(「現地便り」5月14日号)。
それに合わせるかのように、カドグリ周辺では徴兵が盛んになってきました。多くの若者が、そして住民リーダーが、軍に動員されたのです。

避難民向け住居に最後まで残っていたウムダは、井戸管理委員会の後見役でもあるバクリさんでした。そのバクリさんも、軍と無関係ではなく、たびたび駐屯地に呼ばれていました。
住民集会を開こうとしていたアフマドさんに、
「わかった。ワシが駐屯地でほかのウムダに会った時に、了解を取っておいてやろう」
 と言っていたバクリさん。その後、どうなったのでしょうか?
JVCスタッフのアドランが、避難民向け住居を訪れました。アフマドさんを見つけると、
「住民集会の件は、その後、どうなりましたか?バクリさんは、話をしてくれたのでしょうか」
と尋ねています。
「バクリさんなら、もういなくなってしまったよ」
と、少しぶっきらぼうに答えるアフマドさん。
「えっ、いなくなった...どこに、ですか?」
「ハルツーム(首都)だよ。訓練を受けに行ったのさ」

またひとり、ウムダが村人の前から消えていきました。

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