REPORT

スーダン

はじめての銀行預金

JVCが設置したティロ避難民住居のウォーターヤード。前回までは、菜園への灌漑用水をめぐる「いざこざ」について書いてきました。菜園メンバーからすれば、井戸管理委員会は家畜給水の収入があるくせに、菜園には水を流さない「悪者」のようにも見えます。はたしてどうなのでしょうか。
そこで、今回は井戸管理委員会の側にスポットを当てて、家畜給水にまつわる話をご紹介します。

乾季が始まって間もない12月頃、300キロも北の乾燥した地域で雨季を過ごしたウシたちが、カドグリの周辺に戻ってきます。その数は1万頭とも2万頭とも言われます。郊外の草原に牧営地を設け、牛飼いの男性たちはドーム型のテントを張ってウシと生活を共にします。
牧営地のまわりには、長年にわたり使われている水場があります。それはハフィールと呼ばれる大型の溜池であったり、牧畜民が自分たちの手で掘り込んだ井戸だったりします。もちろん利用料金などありません。しかし、乾季が半ばに差し掛かる2月頃、それらの水場は枯渇していきます。そうなると、牧畜民は料金を支払ってでも各地区にあるウォーターヤードの水を利用することになります。カドグリ周辺のウォーターヤードは地下30~50メートルの帯水層から取水しており、乾季でも水が豊富です。

               
           (カドグリ郊外のハフィール(今年1月撮影。もう水量がわずかになっている))

                                
      (牧畜民は涸れた川底のあちこちに穴(井戸)を掘り、ウシに飲ませるため汲み上げた水を溜めておく)

ティロ避難民住居のウォーターヤードに牧畜民が家畜を連れてくるようになったのは2月初旬。井戸管理委員会と家畜の持ち主との間で利用料や支払い方法(日払い、月払いなど)を取り決め、給水が始まります。利用料は、毎日1回の給水でウシ1頭あたり月額10スーダンポンド(以下ポンド)。しかし実際には、持ち主が「いやいや、オレの群れには仔牛が多いから、そんなに水は飲まないぞ」と値切りを始め、井戸管理委員会のリーダーが群れを眺めて「そんなことないぞ。体のデカい奴ばかりじゃないか」と応じながら、交渉を通じて値決めされます。結果として、1頭あたりの月間利用料は平均9ポンド程度になっています。
「利用契約」は、次々に成立していきました。半月後には給水する家畜が毎日395頭に達し、気が付くと3月初めには8人の持ち主と契約が結ばれ、ウシ562頭、ヒツジ52頭が入替わり立替わりウォーターヤードの給水桶に首を突っ込んで水を飲むようになっていました。しかも、その数はその後さらに増えることになります。
「これは、さぞかしガッポリと利用料が入るに違いない」
毎日押し寄せるウシを見れば、誰もがそう思います。
しかし、それもおカネが回収できれば、の話です。

3月下旬、いつもの木の下で、井戸管理委員会の話し合いが行われました。議題の中心は、牧畜民からの給水利用料の回収状況です。
リーダーのブシャラさんと、ウォーターヤードの管理人で会計係でもあるアフマドさんが、青い小さなノートを見ながら説明してくれました。「UNICEF」(ユニセフ)のロゴが入った小学生用のノートです。市場から買ってきたのでしょうか。会計の記録帳に使っています。
「今月初めまでに8人の牧畜民と契約しました。ひとりめは、モハマドさん。ウシ120頭で、毎月の料金は1,200ポンド。最初の1か月分のうち、1,000ポンドを払ってくれましたが、200ポンドは『待ってくれ』と言われています」
このようにして、8人全員について順番に説明してくれました。それによれば、8人のうち最初の1か月分を全額支払ったのは1人だけ。一部を支払っているのが3人。あとの4人は未回収です。金額については、全員の1か月分の利用料を合算すると5,375ポンドですが、そのうち回収できているのは2,240ポンド。半分以下です。
「なかなかおカネが集まらないんだ。そもそも、家畜の持ち主はウォーターヤードに姿を見せない。牛飼いの若者や子供が来るけど、料金のことを尋ねても『自分は知らない』と言われてしまう」
とアフマドさん。ブシャラさんが、
「これからは、持ち主の家を訪問して回収するしかない」
と付け加えました。

回収状況の悪さはさておき、とりあえず2,240ポンドの収入はありました。支出はどうでしょうか。
これも、ユニセフのノートを見ながら説明してくれました。
「発電機の燃料用の軽油が450ポンド、オイル交換で120ポンド、それにオレたち二人、ブシャラとアフマドの管理人手当が二人分で300ポンド。合計で、支出は870ポンド」  収入から支出を差し引くと、1,370ポンドになります。
「で、これがその現金だ」
アフマドさんが、取り出したポンド札を見せて皆の前で数えてくれました。
「そっちが、燃料代やオイル交換代の領収書」
木の真下に座った井戸管理委員会の女性メンバー、ニダさんとサファさんが領収書を手に取って眺めています。委員会メンバーの半分以上は読み書きが不得意なのですが、それでもこうして書面を手にすればなんとなく納得感があります。

              
          (現金を数えるブシャラさん(左)と、領収書を眺める井戸管理委員会メンバー)

「手元に残ったおカネはどうするんだ?」
質問が出ました。ブシャラさんが答えて、
「ウォーターヤードが故障した時の修理代に備えて、おカネは取っておかないといけない。去年、井戸管理委員会の銀行口座を開いたから、そこに預けよう。アフマド、週明けに銀行に行ってくれるか」
「えっ...い、いいけど、オレひとりで行くの?」
 アフマドさん、銀行と聞いていきなり不安そうな顔になりました。
「大丈夫。ムナザマ(アラビア語で「団体」の意だが、NGOを指して使われることが多い)の人が一緒に行ってくれるよ」
 ブシャラさんがそう言うと、みんな、JVCスタッフのタイーブの方を振り向きました。
「あ、はい、分かりました。いいですよ」
口座開設の時にもJVCが立ち会っているので、銀行の事情はよく分かっています。

最後に、それまで黙って聞いていたウムダ(住民リーダー)のバクリさんが発言しました。バクリさんは、井戸管理委員会の後見役のような立場です。
「今日の話し合いはとても良かった。どれだけのおカネが集まって、何に使われたのか、いくら残っているのかが、これでハッキリした」
とまとめて、話し合いは終了しました。

数日後、カドグリ市内の銀行にアフマドさんとタイーブの姿がありました。アフマドさんは、口座を開設した時に銀行から受け取った書面を持ってきています。そこに、口座名や口座番号が記載されています。
「アフマドさん、この用紙に書くんだよ」
タイーブが、口座入金の申込用紙を取ってきました。アフマドさんは、黙ってタイーブに口座番号が記載された書面を手渡しました。記入してくれ、ということのようです。アフマドさんは、数字を読むのは問題なくできますが、文字の読み書きはあまり得意ではありません。そんなことも、銀行に行くのが不安な原因なのかも知れません。そもそも、避難民住居に住むほとんどの人々にとって銀行は縁遠い存在です。
タイーブが記入した用紙を持って、二人は窓口に行きました。入金は、無事に完了。
アフマドさんも、ほっとしたようです。
「この次も、また一緒に来てくれるよな」
そんなことを言っています。

給水利用料の回収が遅れているのは問題ですが、何はともあれ、いくらかの収入を上げて銀行に預金ができたのは、小さな井戸管理委員会にとっての大きな一歩です。

続く

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