REPORT

パレスチナ

2014年ガザ戦争から1年:「国連人権委員会報告書(決議S-21/1)」-2014年のガザ戦争における人権・人道法違反に関する調査報告書が出ました【2】

イスラエルの被害を見た後で、今回の現地だよりでは報告書でも大部分を占めるガザ側の被害について触れたいと思います。当時ガザで何があったのか、全てがブラックボックスの中で行われた強大な暴力が、人々に何を及ぼしたのか、報告書がすべてを語るわけではありませんが、その多くを知る事が出来ます。

被害の全容

まず、被害の数値をまとめてみると、ガザ側で亡くなったパレスチナ人2,251人の内、市民は1,462人、うち子どもは551人、女性は299人、負傷した人は11,231人でした。また負傷した人の10%が、生涯にわたる障がいを負い、戦争中域内避難民になった人は、全人口の28%に及ぶ500,000人、また戦争後8カ月たった2015年5月の時点でも、家を壊されたなどの理由で域内避難民となっている人は100,000人に上るとされています。全半壊家屋は実に18,000戸、何らかの修繕が必要な家屋を含めると、80,000戸にも上ります(報告書154-155頁)。この数は、市民の死者数だけでイスラエル側の243倍、域内避難民の数は50倍にあたります。

※ここで分かりやすいように被害一覧を下記の通りまとめてみました。

被害項目 イスラエル側 パレスチナ側
死者 73 2,251
  そのうちの市民の数 6(ベドウィン1、タイ人1) 1,462
  そのうちの子どもの数 1 551
負傷者 1,600 11,231
  子どもの負傷者 270 3,436
生涯にわたる障がいを負った人の割合(%) N/A 10%
戦争中の域内避難民(人) 10,000 500,000
戦争後の域内避難民(人) 0 100,000
全半壊(戸) 全ての建造物被害処理数4,550件 18,000
修理が必要とされる家屋(戸) 80,000
破壊された救急車の数(台) 0 30
殺された医療関係者数(人) 0 23
全半壊の病院・クリニック 0 72
必要とされる復興費用(USD) 2,500万ドル 70,500万ドル

使用武器の全様

また、発射された武器は、空爆だけで6,000発、それ以外の武器を含めると戦車砲は14,500発、大砲は35,000発で、使われた武器の総量は5,000トンにおよびます(報告書107頁)。この量は、2008年9年の戦争時に使用された武器よりも533%も多く(107頁)、国連の不発弾処理半UNMASの見積もりによれば、そのうち7,000発の不発弾が、未だにガザに残っていることになるそうです(154頁)。

※ここで使用された武器の数についても対比をまとめてみました。

使用武器数(わかっている範囲) イスラエル側 パレスチナ側
空からのミサイル 6,000 0
地上からのロケット 0 4,881
迫撃砲/大砲等  35,000 1,753
戦車砲 14,500 0
総量(t) 5,000 N/A
残存不発弾(見込み) N/A 7,000

空爆

非常に胸が痛みますが、イスラエルからの空爆でのガザ側市民の死者は、742人〜1,060人といわれ、実に142家庭が3人以上の家族を空爆で失っているとの報告すらあります(32頁、67頁)。調査団はこの内216人の死者を出した15ケースを調査し、更にこの内の13ケースについては、イスラエル政府への空爆理由に係る説明も求めましたが、無回答であったため、イスラエルのメディアなどが発信した情報と、証人37人からのインタビュー、提出された写真、武器の専門家などの意見をもとに詳しく調査しています。


(破壊されたシュジャイヤ)

「私は家族と一緒にテーブルに着き、ラマダーン(断食月)のイフタールの食事をとる直前でした。次の瞬間、私たちは地下に吸い込まれ、夜遅く私が病院で気付いたとき、私の妻と子どもたちが亡くなったことを知りました」(31頁:証言013)

「私は、叔父と娘の首なし死体をみつけました。甥はまだ生きていましたが、病院に行く途中で亡くなりました。もう一人の甥は体が二つにスライスされていました(中略)...姪のディナは妊娠9ヶ月で出産を控えて両親と我が家を訪問していましたが、彼女の腹部は無残に割け、生まれなかった子どもは頭をつぶされた状態で彼女のわきに倒れていました。その後、叔父の奥さんも亡くなっているのを見つけました...(家族の)バラバラになった死体を片付けるのは、とても厳しい事でした」(37頁:証言127)

「私の家にガザの武装勢力が来たことは一度もありませんし、(攻撃の作戦として、)家の中に入れてくれと頼まれたこともありません。私たちのうち、誰一人として(イスラエルと)戦っている者はいませんでした。(よって、自分たちが、イスラエルから)攻撃されるかもしれないなどと、家族と話したこともありません(中略)...何の警告も情報もありませんでした。攻撃はそのように行われました。そして、未だに私は何故これが起きたのか、理解することができません。私は寝ている間に全ての家族を失ったのです」(36頁:証言277)

また、報告書は空爆について、①死傷者を出した原因になった空爆、および②死傷者を出していない空爆を大別(59-62頁)していますが、前者について調査対象となった6ケースは少なくとも攻撃理由となる武装勢力がいたことのイスラエル軍からの確認が全く無く、明らかに一般市民である家庭を攻撃していることをつきとめ、調査団側はその理由説明をイスラエルに求めており、また、後者の死者が出なかったその他の空爆においても、武装勢力と何ら関係ない家屋についてそれらの破壊が軍事上どのように必要とされていたのかイスラエルに説明を求めていますが、今のところこれらについて何の回答も得られていません。

更に、イスラエル軍が言う「一般市民を巻き込まないために非常に高い効果があった」「ルーフ・ノック」とよばれる事前警告を意図した屋根への小規模な警告ミサイル攻撃について(65頁)、調査対象となったうちの11ケースは少なくとも同事前警告を受けておらず、人々が事前に避難する事が難しかったと結論付けています。そもそも、空爆の警告に空爆を用いることに強い疑問を感じますが、事実多くの被害者が、「ルーフ・ノック」と一般攻撃の違いが判らない、高層ビルの下の階に住む人たちは気付けない、気付いたとしても外でも攻撃が行われており、逃げる事が出来ない、同じく気付いたとしても年配者や乳幼児を含めて数分で避難する事は到底出来ない、などの説明をしていることから、報告書は、「ルーフ・ノック」は他に取り得る何らかの警告システムを利用した上での最終手段としては効果が曖昧で、また、警告方法に一貫性もみられない事から、その効果は不十分と結論付け、かつイスラエル軍があらゆる側面から、出来得る全ての警告をした様には見えないと結論付けています(67頁)。

また多くの市民の死者を出したこれら空爆について、特にイスラム教のラマダン月で家族が家に揃っているところや、夜に寝ている時間帯を狙ったもので、且つ大型ビルを破壊し得る強力な武器を使っているところから、多くの市民の犠牲者を出すことは容易に想像しうることであり、人道法上「適合性」が認められず、かつ「無差別攻撃」の観点から、人道法違反であり、戦争犯罪に値すると結論付けています(61頁)

地上侵攻

またイスラエルは、2014年7月19日を境に地上軍も投入しました。空爆だけでも圧勝とみられるガザへの攻撃に地上軍を投入することについて、私自身は当時大きな疑問を持っていましたが、報告書によるとその理由として、ガザから掘られたトンネルや海を通じたガザ側武装勢力によるイスラエルへの侵入が脅威となり「停戦案がハマス側に拒否された事」によるものでした(69頁)。この地上侵攻では多くのインフラ施設が破壊され、少なくとも150人の市民が死亡し、2,200戸の民家が破壊されることになりました(70頁)。調査団はこの地上侵攻について、特に2014年7月19-20日のシュジャイヤ、7月20-8月1日のホザー、8月1-3日のラファで行われたものについて75のインタビューを行い、報告書にまとめています(70頁-111頁)。

「私たちは(戦闘に行く)軍人達を困惑させたくないと考えています。(だから)私が戦争で戦うことを人々(歩兵部隊)に教える時、市民はそこに存在しえないと教えることにしています。平常時において市民は確認できますが、戦争時には市民はそこにいないのです」(歩兵本部戦略部門:マジャー・アミタイ・カラニク「(イスラエル)陸軍ジャーナル2014年10月発行No29」)(報告書:69頁)

「あらゆるものが攻撃されていました。道路、建物。当時、シュジャイヤに安全な場所など無かったと思います。ミサイルの間を縫って歩きましたが、道には知人や近所の人の死体が転がっていました。死体には、年長者も、女性も、子どもも含まれていました」。「私は戦士ではなくただの市民で、家族の面倒をよくみているだけの人間でした。砲撃の中で私たちが生き残る確率は1パーセントだったと思います」(70、73頁:証言126)

「確かに事前警告の紙が空中散布されていました。しかし、攻撃はその日のうちに開始され、恐怖を感じる中でどこに逃げればいいのか判断するのは難しい事でした」。「攻撃の日、私たちの家は攻撃対象になりました。どのような武器が使われたか分かりませんが、おそらく戦車砲だと思います。攻撃は集中的に行われ、一つ一つの違いを確認するのが難しい程でした。家族の幾人かは怪我で苦しみ、妊娠中の妻は、胎児にどんな影響があるかと心配していました」。(81頁、82頁:証言259)

空爆時と違い、地上戦においては、イスラエル軍は市民に避難を呼びかける事前警告を行っています。チラシの空中散布やラジオ放送、個々人への電話、SNSでのメッセージ送信など、多様な手法を用いて人々に警告しました。しかし、「人口過密な地域において、どこに逃げればいいのかわからない」、「いつどこでどんな攻撃が有るのかわからないので逃げようがない」、また「安全と思われる場所は既に避難民による人口過密状態で、逃げる場所がない」、「避難所も攻撃されていた中、逃げる場所がない」、などの事実から、報告書ではイスラエルからの事前の警告は、一定の人々の命を救うものであったとしつつも、それらが、継続的に行われる攻撃の中で、人々にとってはどこに逃げるべきかわからない状況下で行われた事から、更には、イスラエル軍に、警告そのものが「警告後に地域に残る全ての人々は、武装勢力であるとみなしてよい、或いはそれを支持するテロリストとして攻撃してよい」とする言い訳とされた事から、これら警告が市民の命を守るためには十分に検討された物では無かったと結論付けています(104-106頁)。

事実、報告書59頁に引用されている、2015年5月30日付イスラエル外務省報告書「武装紛争法の違反申し立てにおけるイスラエルの調査書」によれば、イスラエルは、「紛争時において、何故それらを攻撃したかに関する理由を証明することは、(そこが軍事目的に利用されているかどうか、攻撃後初めて分かることもあるため)、極めて困難であり、(中略)多くの軍隊がそうであるように、イスラエル軍もしたがって、全ての攻撃の背後にある詳細について明らかにすることは出来ない」(59頁)とまとめているところを見ると、こうしたイスラエルの警告は、市民への被害をなくすために十分に検討された物とは言い難く、更に、攻撃によって市民への被害が出ることはあらかじめ予想されており、これら市民の被害は、出るべくして出たようにも思えます。報告書はこれについて、(空爆時と同様)国際人道法違反の「無差別攻撃」にあたり違反が認められ、戦争犯罪であると結論付けています(79頁、90頁、97頁)。

「昨年の今頃」

昨年、地上侵攻が始まる直後、ガザの一番の友人であり、同僚のスタッフに電話していた時のことを思い出します。同じく地上侵攻で壊滅的な被害を受けたガザ北部のベイト・ハヌーンに住んでいたスタッフに、「早く逃げないと!」と言った私に、戸惑いながら「逃げるって、どこに?」とスタッフが言いました。何もできない自分が、あれほど悲しく感じられたことはありませんが、今思えば人々にとって爆弾が雨あられと降り注ぐ中、逃げるという判断は容易な事ではなく、そこに残るのも、また逃げるのも生死をかけた大変な判断に基づくのだと理解することができます。



ベイトハヌーンの壊された家でブランコを作って遊ぶ少年)

また別の友人は「どこに空爆があるかわからないから、外には出られない、怖くて家の中に留まっているしかない。子どもたちと一緒に平和に暮らしたいだけなのに」と言っていました。確かに、イスラエル側と違って、ガザには逃げるところがありませんでした。当時発表された、国連人道問題調整事務所の地図(UNOCHAサイト、PDF、10MB)を見ると一目瞭然で(赤い部分はイスラエル軍により制圧されていた場所)、平常時でさえ1平方キロメートルあたり5千人以上が暮らす人口密集地域において、この時、ガザのどこに逃げる場所があったのか?と思います。

一方、断行された地上侵攻において、イスラエルは70人以上の兵士の死者を出しました。イスラエルには徴兵制度が有り、20歳前後の若者が軍隊に送り込まれます。男女問いません。数で言えば圧倒的なイスラエル兵も、仲間の死者が増える中、恐怖に囚われての攻撃だったのかもしれないと思います。イスラエル政府の判断で地上侵攻が行われましたが、このイスラエル兵士の命も、地上侵攻が無ければ助かったものだと、個人的には確信しています。また、こうした狂気に満ちた戦場において、若き兵士一人一人に「正しい」判断を求めることは、そもそも非常に難しい事ではないかとも思います。

一体誰がこんなことを望んでいるのか? ガザ側の人々が不条理に殺され、またやらなくてもいい戦闘に参加したイスラエル兵士たちも死んでいきます。今回の戦争で、パレスチナ・イスラエル両者にとって、政治的局面においても、社会的局面においても、人権的視点においても、後退したことはあるにしても、進展したことがあるようには見えません。戦争の不毛さと不条理を嘆かずにはいられません。

次回はガザにおけるイスラエル軍からのガザの医療機関、避難所への攻撃と、捕虜の扱い、加えて戦争後のスパイ容疑者へのハマス側の取り扱いに関する戦争犯罪についてみていきたいと思います。戦争犯罪を裁く事は、単に罪を裁く事以上に、同じ過ちを繰り返さないために、何より今後人々が戦争で死なないために、間違いなく必要な事です。パレスチナが占領されて67年、いい加減、問題を直視し、平和をもたらすための英断をする時期に来ていると思います。

執筆者

金子 由佳(現地代表)

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