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パレスチナ

2014年ガザ戦争から1年:「国連人権委員会報告書(決議S-21/1)」-2014年のガザ戦争における人権・人道法違反に関する調査報告書が出ました【1】

2015年6月24日、国連人権委員会の独立調査団は、2014年のガザ戦争における人権・人道法違反に関する調査報告書(人権委員会決議S-21/1に基づく)を発表しました。2014年7月8日に始まったガザ戦争の開戦から一年を迎える前にこの調査報告書が出たことは、戦争被害者への鎮魂と、今後の戦争回避に向けた国際社会の取組みとして、大変有意義な一歩だと思います。JVCパレスチナ事業でも、今回からの現地便りで数回にわたってこの報告書の概要をお伝えし、また一年間のガザの復興を取り巻く状況についてもお伝えできればと思っています。

同報告書の調査対象期間は、今回の戦争のきっかけと言われるユダヤ人少年3人の誘拐事件が起きた翌日、2014年6月13日から、停戦が結ばれた同年8月26日までで、調査は、イスラエル側・パレスチナ側の被害者および目撃者等280人に行われたインタビューの記録と、同じく500人から提出された証言レポート、及び国連関係機関、関係政府、非政府組織等から提供された広範囲かつ多様な関係資料をもとに行われ(報告書5頁)、国際人道法・人権法上違反が行われているかどうかが分析されています。

イスラエル・パレスチナ両被害者からの丁寧な聞取りをもとにしたナラティブベースの報告書には、個々の人々にいったい何が起きたのかを詳細に物語っており、被害数値だけでは見えてこない戦争の暴力性とその悲惨さを伝えています。

また、報告書を読み進める上で、最後まで調査団がイスラエル及びパレスチナへの入域・入国を許されず、調査が限定的であったことも考慮する必要があります。国連からの再三にわたるイスラエルへの調査団受け入れ要請に対し、イスラエル政府は最後までそれを認めませんでした。こうしたイスラエルの行為は、占領者、被占領者の不均衡なパワーバランスを白日に晒し、今回の戦争犯罪を問うこと以前に、イスラエルがパレスチナの占領者としてパレスチナの保護を放棄し、更に言えば、イスラエルの国民への保護責任をも放棄していることを浮き彫りにしていると言えます。それを踏まえて、まずイスラエル側の被害についてみてみようと思います。

イスラエル側の被害

調査委員会はイスラエルへの入域が許されなかったことにより個々の負傷者の詳細は調べる事が出来なかったとしつつ(報告書21頁)、それでもイスラエル政府や国連が発表している公式報告書や、ジュネーブに招聘して行われた証言者の記録をもとに、ガザの武装勢力から発射されたロケットと砲弾はそれぞれ4,881発と1,753発とし、これによりガザの近郊イスラエル領内に住む1,600人が負傷(全ての内訳に関する情報提供は無いそうですが、イスラエルによると、そのうち159人は避難所に急いでいる際転んだなどの理由、36人はロケットの破片があたったなどの理由、33人は壊れた窓や瓦礫などによる怪我が理由と発表)(報告書20頁)し、またダニエル・トリガーマン君(4歳児)を含む6人の市民が死亡したとしています。ダニエル君は、ガザから2キロ離れたキブツであるナハル・オズに住み、当時庭で遊んでいましたが、彼の家族が持つ車にあたったロケットの破片によって亡くなったそうです。

また、ガッド・ヤルコニさんは、ネリムと呼ばれるキブツで、同じくガザからのロケットによって破壊された電気機器を修復中、更に飛んできたロケットにより足を負傷し、結果足の切断を余儀なくされました。その日に同エリアに発射されたガザからのロケットは107発とされ、ガザの武装勢力ハマスはいずれもそれらの発射を認め、一般の市民を恐怖に落とし入れるために行った攻撃であるとしています。

また報告書は、イスラエル人の証言者からの多くが、1)攻撃への恐怖等に基づく精神的トラウマ、2)攻撃に備えるための不十分な警鐘、3)地方経済と全体的経済への影響、についての不満に基づくとしています(報告書149頁)。

特に精神的トラウマは、度重なるガザからのミサイルの発射によるものと、そのたびに鳴らされる警報(サイレン)によるものが多く、実際イスラエル軍が装備していた迎撃システム「アイアンドーム」は、ガザから発射されたロケットの殆どを撃ち落したと言われていますので(報告書152頁)、ロケットの実害よりは、警報音そのものがイスラエル市民の不安をあおっていた事実は否めない状況を浮き彫りにしました。一日に何度も鳴る警報の度に、数秒で避難所に逃げなければならない状況そのものが、多くの市民のストレスとなり、子どもや年配者をはじめ、多くの人が、会話ができない、暴力的になった、或いは当時余りの恐怖に家から逃げられなかったケースなどを報告しています。

また、証言者によると、ガザ側から掘られたトンネルの存在もイスラエル市民への脅威になっていたとしています(報告書30 -32ページ)。イスラエル政府によると、発見されたガザからのトンネルは32本で、そのうち14本はすでにイスラエル領まで届いていたようです。「気づかないうちに敵がやってくる恐怖、子どもを連れ去るかもしれない恐怖」、そうした恐怖は、多くのイスラエル市民が、ガザへの攻撃を是とした理由かもしれません。更に、経済的損失については、イスラエル政府のまとめをもとに、直接的被害が25,00万ドル(約31億円)と推定され、建物等への被害とそれに対する修繕補償金のイスラエル政府による受理数は、民家・学校・インフラ等を含めて4,550件となっています(報告書153頁)。これらイスラエル側物質的被害の程度について客観的数値は有りませんが、委員会は、無差別にイスラエルを市民ねらったガザ側武装勢力による人道・人権法違反は明確であり、これについて厳しく批判しています。

一方で、イスラエル南部に位置するネゲブ砂漠付近に住む一部のベドウィンなどは、イスラエルに住む人々でありながら、イスラエルからは正式な市民として認められていないがために、イスラエル政府から適切な保護を受けられなかったとの証言もしています(報告書101頁)。例えば同砂漠近くのカセル・アルセル村やウダ・アル・ワ村は、アイアンドームによる保護の対象外であり、イスラエル政府発表の6人の市民の死者のうち、一人はこの村で亡くなりました。また同調査が参考にしたアムネスティ・インターナショナルの報告によれば、もともとイスラエル政府による撤去命令が出ていたこの村付近の家屋などへ対する今回の攻撃による被害は、イスラエル政府からの補償対象にはならなかったとあります。これらは、イスラエルが、自国民を、部族や地域によって差別し、或いは差別的な保護政策を取っているという、イスラエル国内の問題をも浮き彫りとし、更には普段イスラエル市民として認めない人々を、戦争の被害においてはカウントするという矛盾をも浮き彫りとする結果になりました。

恐怖する理由に優劣はない

イスラエル側の被害を読むうちに、当たり前のことながら、ガザからのイスラエル市民への無差別の攻撃も明らかな人道・人権法違反であることを再認識し、また、戦争による加害者被害者の関係は、ガザ対イスラエルという単純な構図に留まらず、イスラエル政府対イスラエル市民の問題でもあること認識しました。後の続く現地便りでガザ側被害についてもまとめていきますが、一人ひとりの人間が恐怖する理由に優劣はなく、また第三者が被害者一人一人の経験を簡単に単一化する事も出来ないと思いました。

「私たちは戦争しているんだ。戦争中はやらなければやられるんだ」去年エルサレムの街で出会ったイスラエルの若者が、こんなことを私に言いました。また、「何人もの人が死んでる。今さらどちらが悪いとか、良いとか判断できない」と諦めたように私に説明したイスラエル人もいました。

昨年、時々エルサレムに鳴り響いたガザからの攻撃によるサイレンは、私の心を非常に不安にさせました。けたたましく鳴り響く不協和音は1分以上で、耳をふさいでも心をざわつかせるものです。そんな日にひとりで眠りにつくのが怖いとも感じました。自分の経験からすると、あれが日に何度も鳴り響いていた南部に住む人の心持は、どれ程不安だっただろうと思います。

戦争を止めるために、まずこのイスラエルの人々の恐怖心を払しょくしなければなりません。私たちはイスラエル政府やイスラエル人に対して何ができるのか、そこも考えなければなりません。

執筆者

金子 由佳(現地代表)

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