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【スーダン】片足を失った少年が学校に戻るまで

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スーダン・カドグリの現在

JVCが事務所を構え、活動を実施しているカドグリでは、戦闘勃発から2年半以上が経過した現在も、即応支援部隊(RSF)やスーダン人民解放運動北部(SPLM-N)による包囲によって支援物資や日常物資の供給が著しく制限されており、人々の生活は厳しさを増しています。それだけでなく、しばしば砲撃やドローン攻撃のターゲットにもなっており、不安定な日々が続いています。

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2025年12月時点の勢力図。カドグリは国軍が支配しているが、包囲されている。

JVCカドグリのスタッフから「近くに砲撃が飛んできている」という緊急の連絡がきたのは今年の2月3日でした。直ちに事務所から立ち去り、安全を確保するよう伝えました。戦闘勃発以来、こうしたことが起こるのは初めてのことではありませんが、そのたびに胸がざわつき、スタッフの無事を祈らずにはいられません。通信は2年半に渡り遮断され、JVC事務所に設置したインターネットサービス・Starlinkを使用してしか連絡が取れないので、事務所を離れると連絡を取り合うのが困難になります。翌日、スタッフから届いた報告は胸が張り裂けるような内容でした。以前JVCの掃除を手伝ってくれていた女性の継子、スタッフの知人の子どもを含む、民間人だけで47人が犠牲になったというのです。これは戦闘勃発以来、カドグリで最も大きな被害となる大惨事でした。

少年を襲った悲劇

しかし悲劇はそれだけではありません。JVCが運営する補習校に参加していた少年アルノーマーンも被害にあったと、協働するソーシャルワーカーから報告が入りました。
彼はこれまで正規の学校へ通ったことはなく、SPLM-Nが支配するヌバ山地の祖母のもとを行き来する生活を送っていました。JVCが運営する補習校に参加し、初めて勉強する機会を得たのです。その日、母親に頼まれて市場へ向かっていた彼は、SPLM-Nの砲撃に巻き込まれ、左足と右手に重傷を負い、病院へ運ばれました。骨が粉々に砕けて強い痛みが続いたため、入院後30日ほど経った時点で、最終的に膝下の切断が必要と判断されました。輸血を受け、痛みに泣き続け、意識を失いながら、それでも彼は手術に耐えました。

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アルノーマーンは退院後も2週間ごとに通院を余儀なくされた。

それでも学ぶことを諦めない

悲劇を目の当たりにしてもアルノーマーンは、学ぶことを諦めませんでした。退院直後、母親が手押し車(農業に使用する一輪車)に乗せて補習校へ連れてきました。翌日は弟が連れてこようとしましたが、力が足りず、途中で落ちてしまい、辿り着くことができませんでした。それから彼は怖がって手押し車に乗るのをやめてしまいました。父親が作ってくれた手作りの杖をついて歩こうとしたこともありましたが、体力が持たず、とうとう補習校に来ることを断念しました。その後、家で過ごす日々が続いたのです。

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アルノーマーンのために手作りの杖を作った父親ムーサさん

事故の前、彼はサッカーが大好きで、親戚を訪ねたり、友達と遊ぶことも楽しんでいました。しかし負傷後は外に出られず、家にこもる時間が長く、とても悲しい気持ちになると言います。それでも「勉強を続けたい」という思いだけは、決して消えませんでした。通学する手段さえあれば、彼はまた教室へ戻れるのです
さらに家族も諦めていませんでした。父ムーサさんは農業や薪の採集、そして自宅でミシンを使った縫製作業をして家族を支えています。
「けがをして農場での仕事は難しくなったけれど、代わりに勉強を続ければ、将来事務の仕事などができるはずだ。だから勉強を続けて、成功してほしい。」そう語る父の目には、息子への深い願いが宿っています。

JVCはどうにかしてアルノーマーンや家族の気持ちに応えられないかと必死に方法を考えました。「先生が彼の家を家庭訪問して教える?」「車椅子を用意する?」

しかし武装勢力によってカドグリの街が包囲され物資が入ってきません。杖さえないのです。現地スタッフが考えついたのが、カドグリにある他団体に協力を仰ぐことでした。国際NGOのSave the Childrenが車椅子のストックがあるということで、アルノーマーンに割り当てることができないか打診しました。その後、Save the Childrenの職員が彼の家を訪問し、検討してくれることになりました。なかなかスムーズにはいきませんでしたが、何とかプロセスが進み、念願の車椅子を手に入れることができたのです。

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修了試験で教員から口頭試験を受けるアルノーマーン

修了式で見せた涙

今年8月に実施した修了式では、地域住民が多く集まり、成績優秀者の表彰に加え、子どもたちが学んできたダンス、歌、寸劇、詩、絵などを披露し、大盛況となりました。

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修了式は地域全体に教育の重要性を伝える機会にもなる。

最後に教員がアルノーマーンに起こったことをスピーチで説明し、地域全体で彼の努力と成功を称えました。彼は涙を止めることができませんでした。その様子を以下の動画からご覧ください。

教師のファーティマさんは教員会議で修了式の様子を皆に共有してくれました。

「地域全体が誇りに思う成功のストーリーが、アルノーマーンです。JVCが努力して車椅子を用意してくれたおかげで、彼は学び続けることができました。修了式で表彰されたとき、家族全員が彼の姿を見て、とても誇らしそうでした。帰り際、彼は私のところへ来て言いました。
『ファーティマ先生、僕は大学まで行って、家族を助けられるようになります』
その言葉を聞いたとき、彼の決意と希望を強く感じました。私たち教師は、彼の学びをこれからも支えていきます。規律・柔軟性・誠実さを大切にして支援してくれるJVCに心から感謝しています。」

教育は平和を築く道具

現地副代表のモナもアルノーマーンについて以下のように語りました。

「JVCがSave the Childrenとソーシャールワーカ―と協力して成し遂げたことを誇りに思い、感謝しています。なぜなら、アルノーマーンが勉強を続けられ、彼の家族が新しい人生の可能性を見つけられるよう支援したからです。近い将来、義足を手に入れて、彼が好きだったサッカーを再びできることを願っています。彼には生きる権利、人生を楽しむ権利があります。彼は何も悪いことをしていません、犠牲者なのです。もし、子どもにペンを持たせなければ、その手は武器を持つか、牛を追う棒を持つことになります。だから最初からペンを持たせるべきです。教育は変化の道具です。国家を築き、平和を築く道具です。だから教育への投資は特に貧しい地域で最良の道なのです

詳細はモナが来日した際、以下の動画でも詳しく述べています。是非ご覧ください。

私たちと一緒に子どもたちの未来を守りませんか?

これは、JVCが支えてきた何千人もの子どもたちのうちの、たった一つのストーリーです。戦闘が始まってからの2年半、私たちは想像を超える現実と向き合ってきました。

病気で命を落とした子。親を目の前で失った子。農場で武装勢力に連れ去られ、今も行方が分からない子。

その一つ一つが、かけがえのない命であり、本来守られるべき未来でした。
それでも戦時下では、子どもたちの人生があまりにも脆く、あっけなく奪われてしまいます。その残酷さに何度も心が締めつけられます。
しかしこんな状況だからこそ、子どもたちが安心して過ごし、学び、未来への道を閉ざされないように、現地スタッフ、教師、地域住民と力を合わせ、子どもたちの「生きる力」「教育へのアクセス」を守り続けていきます。

執筆者プロフィール

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今中航

京都府出身。大学でアラビア語を専攻し、在学中にイエメンに留学。留学中に「アラブの春」と総称される民主化運動が始まり、ライフラインが脆弱化し、国が混乱に陥っていく様を目の当たりにする。卒業後は途上国・新興国の根幹を支えられるようなインフラ支援に携わりたいとの思いで、メーカーにて発電プラント事業を担当。退職後、現地の人々により近い距離で可能性が広がることに尽力したいという思いが大きくなり、2018年JVCに入職し、以降スーダンに駐在。イエメン事業立上げに参画し、2022年よりイエメン事業担当も務める。

●スタッフインタビュー「JVCの中の人を知ろう!~今中航さん編~」

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