9.11が起こった時、私は25歳で、アフガン・パキスタン国境近くのペシャワールにある難民キャンプで靴屋を営んでいました。その日、午後の6時に店を閉めて、幹線道路に近いとあるレストランで手を洗っていたら、ふと店内のテレビに事件の中継が流れていました。私もテレビに近づいて、なんだなんだ?と覗き込みました。当時私はあまり英語を話せなかったのですが、これはアメリカへの攻撃だということを理解しました。まだ誰も状況把握ができていませんでしたが、アメリカへの戦争が仕掛けられたようだと、ニュースが言っていました。
この911の事件の後、アメリカは1か月半でアフガニスタンのタリバン政権を倒しました。アメリカへの同時多発攻撃からタリバン政権の崩壊までは本当に早く、アフガニスタンの人々は、自国の明るい未来を描き始め、希望の光が見出だしていました。国際社会もアフガニスタンのゼロからの再出発を支援し、教育や保健の分野がどんどんと整備されはじめ、雇用の機会も増えていました。自分自身もこうして国際協力NGOであるJVCの職に就くことができ、高等教育の機会も得ることができました。
しかし、よりよい未来に向けた急激な変化が起こってきたのと同じ速度で、―それはまるで過去に戻っていくかのように―、911後に国際社会の注目を浴びたアフガニスタンは、今、急速に忘れられています。国際社会からの支援が引いていく中、治安は悪化しています。この13年間でせっかく築かれてきた状況改善の大きな成果が、この急激な支援撤退と国への関心の低下によって、また失われてしまいます。現在の状況はまるで、1990年にソ連撤退後に忘れ去られてしまったときのようです。打倒ソ連という目的を果たした米国とその同盟国は去り、その犠牲として残されたのは、アフガニスタンの人々でした。
世界のどこかの紛争は、遅かれ早かれ、全世界に影響を与えます。戦争はウイルスのように世界中に感染していきます。現在起きている紛争、―例えばアフガニスタンやガザ、シリア、イラクなどは、互いに何らかのつながりを持っているんです。だから、戦争のない社会を築くことが、グローバルな世界に住む人間にとって絶対不可欠です。
今、日本は平和のシンボル的存在であり、世界が必要としている平和の役割を担うことができると思っています。アフガニスタンを含む紛争国は、経済力にも支えられた中立なる善意の国・日本の、世界平和への貢献を大いに歓迎しています。
















