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「自由で開かれたインド太平洋」のもとで平和主義、国際協調主義を捨てるのか(JVC会報誌 No.352より)

本記事は、2023年1月20日に発行されたJVC会報誌「Trial & Error」No.352に掲載された記事です。会報誌はPDFでも公開されています。こちらより、ぜひご覧ください。

「自由で開かれたインド太平洋」のもとで
平和主義、国際協調主義を捨てるのか

202212月、「安保3文書」が改定された。「敵基地攻撃能力」を保有し、防衛費を倍増してGDP2%にするなど、これまでの専守防衛 の政策転換が図られている。私たちが知るべきは、この動きにリンクするように、ODA(政府開発援助) が安全保障や経済振興の外交ツールと位置付けられたことだ。加えて、安保3文書では、ODAとは別枠で「軍事支援」も可能な国際協力もうたわれている。この流れには歯止めをかけなければならない。

「安保3文書」閣議決定当日の朝、首相官邸前で行われた抗議集会。今井も発言し、「国際協力」の名目で武力援助が開始されることの危険性を訴えた。

ありえない 専守防衛からの政策転換

日本の国際協力が岐路に立たされています。

2022年12月、国家安全保障戦略など「安保3文書」が改定されました。「敵基地攻撃能力」を保有し、防衛費を倍増してGDP比2%にするなど、憲法9条のもと専守防衛を掲げてきた日本ではありえなかった政策転換が進められています。

これに歩調を合わせるように、日本の対外援助の基本方針を定めた「開発協力大綱」(以下「大綱」)の改定も進行しています。中国に対抗する安全保障的な色彩が濃い「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンに沿ってODA(政府開発援助)を戦略的に活用する動きです。 日本の援助政策において堅持されてきた平和主義、国際協調主義が、まさに根本から変えられようとしています。

さらに進む援助の 「国益化」

22年9月、外務省は「大綱」の改定を発表して有識者懇談会を設置し、NGO から1名が懇談会の委員に任命されました(注1)。私たちNGOは、このNGO委員を通じて、またNGO・外務省定期協議会の場で、さらにそれ以外にも意見交換の機会を設けて、改定に向けた意見や懸念を表明してきました。

しかし懇談会はわずか4回、計6時間半だけの議論で終了。 NGOの意見は細かな点では取り入れられたものの、主要な点において反映されることはありませんでした。

12月9日に発表された懇談会の報告書では、ODAの目的は途上国の貧困削減 や持続的な開発であるとするNGOの主張は退けられ、ODAは安全保障や経済振興という日本の国益を目的とした外交 のツール(道具)であると記述されました。開発協力を軍事から切り離す 「非軍事原則」は「堅持すべき」とされましたが、 軍と軍関係者への支援についてはその意義・役割を評価する記述がなされて今後の拡大にも道が開かれました(注2)。

分断を招く
「自由で 開かれたインド太平洋」 ビジョン

懇談会の報告書には「自由で開かれた 「インド太平洋」のビジョン(以下「インド太平洋」ビジョン)が明記され、日本の開発協力はその「実現に寄与するべき」 とされました。この点にもNGOは異議を唱えましたが、実は、このビジョンを開発協力方針の上位に置くことが今回の改定の眼目だったかのかもしれません。

日本の「インド太平洋」 ビジョンは、16年8月2日、第6回アフリカ開発会議の演説で安倍晋三首相(当時)が「日本は、太平洋とインド洋、アジアとアフリカの交わりを、力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任を担います」 と提唱したとされます(注3)。演説において「力や威圧」が中国を指していることは疑いなく、基本的にこのビジョンが「開かれた」という名称とは裏腹に中国への対抗策あるいは封じ込め策であることは明らかです。

実際、中国の海洋進出に対抗するように、ベトナムやフィリピンを中心に日本はODAによる巡視船の供与や自衛隊による能力構築支援を進めてきました。 

しかし、他の国々が作成している「インド太平洋」戦略を見ると、必ずしも日本と同じトーンではありません。1年にインドネシアの主導によりASEANが合意した「インド太平洋構想(AOIP)」 は「包摂性」や「競争よりも対話の重視」を掲げ、中国とも協力できる枠組みになっています。そもそもアメリカ(や日本)が中国を排除した形でインド太平洋戦略を策定したことへの危機感から、インドネシアはこのような構想を打ち出したとも言われます。

JVCは、紛争地での活動において、 敵視ではなく対話が重要だと身をもって経験してきました。いま米中双方から影響力の行使を受ける東南アジアの国々は、国ごとの温度差はあるものの、敵対ではなく対話、協調を求めています。そのような国々に対して、日本のビジョンに沿った支援で自陣営に取り込もうとすることは、相手国を困惑させ、国際的な緊張を高めこそすれ緩和することにはなりません。

ウクライナ戦争後、「力や威圧」は中国だけでなくロシアの行為も指すようになりましたが、ロシア支持または中立的な態度をとる国(国連でのロシア非難決議に反対票を投じた国) へのODA供与日本政府は問題視し始めています(注4)。排外的な側面を持つ「インド太平洋」ビジョンに沿った戦略的な開発協力とは、自らの陣営に入らない国を支援の対象から外すことにもなっていくのです。

植民地型の「回廊開発」

JVCラオスが村人と取り組んだコミュニティ林の設置

「インド太平洋」 ビジョンは、外務省の説明によれば次の3本の柱を持っています(注5)。

(1)法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着

(2)経済的繁栄の追求 (連結性、EPA/FTAや投資協定を含む経済連携の強化)

(3)平和と安定の確保 (海上法執行能力の構築、人道支援災害救援等)

このうち (1) と (3) は安全保障面につながりますが、 (2) は、安倍首相演説の「豊かにする」という言葉通り、アジアからアフリカにかけての経済的繋栄を通じた日本の経済的利得を目的にするものです。ここにある「連結性」とは、インフラ整備による「物理的連結性」、人材育成などによる「人的連結性」、通関円滑化などによる「制度的連結性」の強化を指しています。

インフラ整備による「物理的連結性」強化の代表例は、各地域の「回廊開発」です。東南アジアを横断する東西経済回廊や南部経済回廊、東アフリカの北部回廊、南部アフリカのナカラ回廊など、資源開発・大規模農業開発と鉄道・道路・港湾開発を組み合わせ、内陸部の資源を 港湾に輸送し輸出するという「植民地型」ともいえる開発計画です。

JVCラオスの前事業地サワンナケート県は、まさに上記の東西経済回廊が貫通する場所でした。 メコン川には日本の援助による橋が架けられ、タイからラオスを経てベトナムに通じる道路が整備されました。周辺には製糖工場などが進出し、村人が利用する森や農地が徐々にサトウキビやユーカリのプランテーションに変えられていきました。これに対してJVCは、村人の手で地域の資源を守ることができるように、 法律研修やコミュニティ林づくりの活動を行ってきました。

モザンビーク北部のナカラ回廊開発は、炭鉱開発や大規模農業開発、鉄道・港湾開発を組み合わせた大型事業です。現地の農民や日本の市民団体が反対の声を挙げ、20年に「終了」(事実上の中止)したプロサバンナ事業もその一部でした。鉄道開発による住民への影響については本誌 「ODAウォッチ」(注6)でも取り上げています。日本の民間企業 (三井物産)がこの事業に投資し、日本から巨額の公的資金(国際協力銀行による融資) も投入されましたが、事業が行き詰って企業は撤退、公的資金は水泡に帰しました。

「回廊開発」の巨大事業は現地の人々にさまざまな負の影響をもたらしてきましたが、それらが顧みられることなく、「インド太平洋」 ビジョンの中心的な事業とされているのです。

「安保3文書」閣議決定に反対する首相官邸前集会で発言する今井

現代の「大東亜共栄圏」なのか?

「インド太平洋」ビジョンが、日本のための経済開発とその権益を守るための安全保障面(軍事面)での影響力行使だと考えると、時代背景も内容も異なるとはいえ、第2次大戦時の「大東亜共栄圏」を連想してしまうのは私だけでしょうか?

後世になって「大東亜共栄圏」の内実や結末を知っている私たちが「あれは愚かな考えだった」と言うのは容易です。 しかし当時の国民は、アジアが「共に」「栄える」のは良いことだ、と思ったかも知れません。いまの「インド太平洋」 ビジョンも、私たちの多くはなんとなく受け流してしまっています。しかしその内実はどうなのでしょうか。国と国との分断、「開発」の対象となる地域の人々への影響、未来にもたらされる結果、 これらをいま真剣に考えて行動を起こさなければ、「いつか来た道」を歩むことになりかねません。

武器援助もできる 「国際協力」

日本の安全保障政策の大転換となる「安保3文書」が12月に決定された

新しい「安保3文書」は、冒頭で述べたように日本の防衛政策を根本から覆す内容です。さらにそこには、日本の防衛力強化にとどまらず 「同志国の抑止力の向上等のための国際協力」 (注7) という内容が盛り込まれました。

具体的には「開発途上国の経済社会開発等を目的としたODAとは別に、同志国の安全保障上の能力・抑止力の向上 を目的として、同志国に対して、 装備品・ 物資の提供やインフラの整備等を行う、 軍等が裨益者となる新たな協力の枠組みを設ける」 (注8) とされています。

驚くべき内容です。 これまで、日本の対外援助はODAという枠組みの中で実施されてきました。だからこそ、緩和されたとはいえ「大綱」に示された「非軍事原則」が一定の足かせになってきたのです。しかし「ODAとは別に」援助が行えるようになれば、「大綱」の原則に縛られることなく、他国への武器や軍事インフラの「国際協力」を行えることになりま す。

「開発協力大綱」 改定は、5月に予定される閣議決定までに意見交換会やパブリックコメントが行われます。まだ時間はあります。かつてない重大な岐路に立つ中、日本の国際協力の「軍事化」や「国益のツール化」に歯止めをかけるため、ほかのNGOとともに声を挙げていきたいと思います。

◎注1 ・・・「NGO・外務省定期協議会開発協力大綱改定NGO 代表委員の稲場雅紀さんが懇談会の委員に任命された。 NGO外務省定期協議会の連携推進委員会 NGO委員、 ODA政策協議会NGO側コーディネーターを母体に稲場さんを支えるアドバイザリーグループが置かれ、筆者もアドバイザーの一員を務めた

◎注2 ・・・「非軍事原則」と軍・軍関係者への援助に関する詳細は、 本誌351号6.7ページ参照 

◎注3・・・ https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2017/html/chapter1_02.html#T003

◎注4 ・・・産経新聞 「ロシア非難反対国に138億円、 無償資金協力、 財務省調べ」 https://www.sankei.com/article/20221114-FPLKQIWL7FP3DLSZKIXAEEOXII/ 

◎注5・・・https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page25_001766.html 

◎注6・・・本誌349号16ページ 「プロサバンナ事業以外の「ナカラ経済回廊開発」下で起きていること」

◎注7・・・「国家安全保障戦略」 (2022年12月16日閣議決定) 19ページ

◎注8 ・・・「国家安全保障戦略」 (20221216日閣議決定) 16ページ

執筆者:

JVC代表理事

今井 高樹

大学卒業後、民間企業に勤務。その間、1999年よりボランティアとしてJVCの活動に参加。2001年、アフリカへの農薬援助に反対するアドボカシー・グループ「2KRネット」設立。2002年よりJVC理事を1期務める。2004年に勤務先を退職、渡米しワシントンDCの公立小学校でインターン。2007年にJVC入職、スーダン現地代表として南スーダン及びスーダンにて国内避難民・難民支援に関わる。2017年に帰国し、人道支援/平和構築グループマネージャーを経て、2018年より現職。

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