
日本人の相対化からはじまった初期の JVC に学ぶこと・後編~(会報誌T&Eより)
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本連載は、国際人権の確立のために活動する専門家に寄稿していただき、私たち市民社会の取り組むべき問題に対する視野を広げ、議論を深め、連帯を強化し、さらなる人権の実践の向上に資する視点を提示することを目指すものです。
今回は、ご自身も朝鮮半島にルーツを持つ金敬黙さんからの、「日本人相対化のススメ」の後編です。(編集部)
▶「日本人の相対化からはじまった初期の JVC に学ぶこと」前半はこちら
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現場型NGO にとって人道主義は、緊急救援、開発、平和構築活動などに欠かせない理念でもあります。他方、人権は、アドボカシーに特化した場合を除いては浮き彫りにされません。その大きな理由には、JVCのようなNGOにとって現場とのつながりが大切であるからでしょう。現地へのアクセスや現地パートナーのセキュリティを考えなければいけません。そのために人権を切り口にしたアクションが起こせないジレンマを抱えることもあります。
だからこそ、人道NGOには人権問題をも含む高い関心と洞察が求められます。『Trial & Error』の初期のバックナンバーにおいても、難民救援、人道主義、南北問題、構造問題とともに人権にも関心を寄せてきました。『Trial & Error』の48号から50号では、「平和・人権・開発」というシリーズが組まれていますが、ここでは人権の重要性が唱えられています。
人道主義に基づく行動原則には、「なぜこの人々に救いの手を差し伸べるのか」という立場性が重要になります。同情(sympathy)ではなく共感(empathy, compassion)に基づき、同じ人間として彼ら・彼女らと私の関係性を模索することが大切です。活動が始まったJVCの『Trial & Error』第2号にはUNHCRのキャンペーン・メッセージが登場します。「Your sympathy can not help a refugee. But it is a beginning.(あなたの哀れみは難民を助けることはできません。しかし、それははじまりです)」。豊かな先進国に暮らす人としての上から目線の思いやりはNGOの本質的な理念を追求するうえで矛盾をはらむかもしれません。かかわる現場には必ずそこに暮らす人がいます。その人たちの権利を守ることがすなわち人権的なアプローチであり、それは単なる思いやりとは異なります。
JVCが活動を始めたころ、日本ではNGOという言葉がほとんど知られていませんでした。『Trial & Error』にNGOという言葉が初めて登場したのは、1982年10月の『Trial & Error』第20号です。ここでは星野昌子さんの欧州への出張報告記事を通じて、NGOのあるべき姿が問われています。要約するならば、NGOは政府の肩代わりでなく、政府に影響を与える力として臨むべきアクターである。またNGOは中立性を保ち、利害関係を持ってはいけない。そして草の根の人びととの接触を常に保つこと。総合的な視野を持って専門に徹するアクターになること。最後に国内問題と国際的規範の問題のつながりを認識し、国際的な話し合いに参加することなどが強調されています。
国際協力NGOである以上、海外で起きる紛争や開発、環境問題など地球的課題への対応に主たる焦点に偏りがちです。結果的に、国内の諸課題への取り組みが若干疎かになってしまうこともあるでしょう。しかし、国内外の人権問題にNGOの視座から橋渡しすることがさらなる活動として求められています。日本における排外主義の動向に無関心なまま、真の国際協力は成り立ちません。
いま一度国際ボランティア精神を見つめ直し、NGO/市民社会の視点から人権と人道主義の精神を再認識することが必要です。街場の解体現場や道路工事で見かける外国人、コンビニのレジで出会う外国人が日本でどのような暮らしをしているのかを想像したことはありますか。オーバーツーリズム、移民・難民、外国人犯罪などの言葉が独り歩きするいま、足元の隣人についてのより詳しい理解が必要でしょう。
今回読み直してみたかつての『Trial & Error』には、日本に定住するインドシナ難民や活動にかかわる外国人ボランティアたちの声も多く含まれていました。改めて「日本人を相対化してみなさい」とJVCの先達は私たち会員、スタッフ、役員をはじめ、今の日本社会全体に語りかけている気がしました。
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T&E33、35号の表紙
●なお、会報の『Trial & Error』はJVCのホームページからダウンロードして読むことができます。一部未掲載ですが、順次、全号を掲載していく予定です。
