本連載は、国際人権の確立のために活動する専門家などに、それぞれが取り組む問題について寄稿していただき、私たち市民社会の取り組むべき問題に対する視野を広げ、議論を深め、連帯を強化し、さらなる人権の実践の向上に資する視点を提示することを目指しています。今回は、世界的に排外主義が広がるなかで十分な対応ができずにいる日本の市民社会に対し、ご自身も朝鮮半島にルーツを持つ金敬黙さんからの、「日本人相対化のススメ」の前編です。(編集部)
「○○ファースト」の叫びで脅かされる外国人の人権
近年、世界各地で、「日本人ファースト」「ブリテン・ファースト」「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」など、自国中心主義的かつ排外主義的な主張が白昼堂々と叫ばれるようになりました。自らはそのつもりがないにしても、排外主義やヘイトクライムにつながる可能性が、この種の言葉に潜む本質的な問題です。
外国人をめぐる事案は、常に犯罪や迷惑行為、文化摩擦といった社会問題を連想させる言説や報道につながります。結果的に最近の外国人の規制政策につながり、当事者は不安を抱き、また不当な人権侵害にもつながる危険が高まっています。
日頃、大学の授業で繰り返し強調しているのは、日本人と外国人を安易に線引きし、外国人をひとくくりに捉える傾向への警鐘です。どの国籍や人種であれ良い人もいれば悪い人もいます。私は朝鮮半島にルーツを持つ人間ですが、同じルーツを持つ人間でも韓国籍、朝鮮籍、中国籍、米国籍など多様な国籍者が日本に暮らしています。滞在目的も、滞在年数も、在留資格も異なります。このような多様性を考慮しなければいけません。それは、国際協力や多文化共生に関わるNGO/市民社会の関係者に求められる重要な視座でもあります。
NGOの理念をJVC初期の活動から学ぶ
NGOは政府機関などに比べ小回りがきいて柔軟な対応ができるとよく言われてきました。しかし、様々な課題に最近は十分対応できていない気もします。NGOに対する若い世代の関心も以前より薄れ、NGOを通じた社会変革への期待を抱く人も以前ほどではありません。日本社会全体がどこか内向きの傾向が目立つようになっている気もします。
その点、JVCをはじめNGO/市民社会全般が困難に直面しているのかもしれません。そんな時だからこそ、原点に帰って先達たちの経験から得られる教訓もあるでしょう。NGOの源流に戻ってみるのです。紙幅の制約もあり、限定的ですが『Trial & Error』の創刊号(1980年12月)から50号(1985年5月)までのバックナンバーを参照してみました。これを通じて、設立当初、JVCの理念がどのように形成され、またその後、どのような変容を遂げてきたのかを探るために最初の5年間の活動に焦点を当てて考えてみました。JVCが50歳を迎えるころまでには、すべてのバックナンバーのレビューに取り組んでみたいです。
「日本(人)」から「国際ボランティアへ」
1980年2月、JVCはタイのバンコクで誕生しました。創設時の名称は「JapaneseVolunteer Center(日本奉仕センター)」でした。タイとカンボジアの国境地帯に設けられた難民キャンプでの活動のため、「日本」政府が重い腰を上げないのなら、「日本人」がボランティアとして難民をサポートしたいという思いから始まりました。日本人として、また日本を意識して始まった活動でもありました。しかし、現地の人々にとって日本人は外国人でもありました。支援の対象となったのは紛争下のカンボジア難民でした。日本人ボランティア一人ひとりが、意識する・しないに関わらず、国境を越えた瞬間、彼ら/彼女たちは外国人ボランティアになっていたのです。
JVCの初期の活動は、おおむね「日本」という国民国家を意識し、豊かな先進国である日本の責務に依拠したものであったことが読み取れます。けれども、これは決して日本国家像の追求ではありませんでした。むしろ、欧米諸国に比べて人道や人権の原理が足りないことへの反省と、歴史的な反省の意識が見えてきます。この姿勢は、『Trial & Error』に掲載される記事の随所で感じ取ることができます。2~3年ほどの活動経験を通じて、JVCが会員組織として整うころには、ついに団体の名称までもが変更されました。
『Trial& Error』31・32合併号(1983年11月)にそのことが記されています。すなわち、「Japanese Volunteer Center」から「Japan International Volunteer Center」へと変わっています。名称変更に関する詳しい議論は記録として残されていませんが、『Trial & Error』33号には栗野鳳さん(UNHCR特別顧問)による「国際ボランティアについて」という総会講演文が掲載されます。これを一読すると、なぜ「日本人ボランティア」から「国際ボランティア」への転換が必要だったのかがよくわかります。栗野さんは講演中、サン=テグジュペリの『人間の大地』や宮沢賢治の『雨ニモマケズ』に触れながPAGEら、国家や国益、境界、国籍、人種を超えた国際ボランティアの精神に関わる原理を強く訴えています。また、『Trial & Error』35号には、ドイツ人留学生のルドゥガー・クンハートさんによる「“ガイジン(ママ)”の目から見た、日本の中の外国人」という記事がありますが、このような記事は国際ボランティア活動における脱国家主義の視座を間接的に支えています。
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▶「日本人の相対化からはじまった初期の JVC に学ぶこと」後編はこちら
筆者プロフィール
●JVC理事
●早稲田大学・文学学術院・教授
●早稲田大学・韓国学研究所・所長