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スーダン

井戸の修理と村のもめごと(2)

前回

3本目の井戸をめぐる、村のもめごと。いったい、何が起きたのでしょうか?
JVCスタッフのタイーブが後から聞いたところ、次のようなものでした。話は1年半前にさかのぼります。

その井戸の周辺は、トマ集落の中でも牧畜民の人たちが多く住んでいる場所です。何十頭、或いはそれ以上の家畜を所有しています。井戸管理委員会のメンバーであるハミスさんも、そんな一人でした。

「もめごと」が起きた井戸(5月の調査時に撮影)。ポンプは取り外されている。周囲にはクレーター状に窪んだ家畜の水飲み場が見える。)

井戸の周りには、クレーターのような形の家畜の水飲み場がたくさん作られ、牧畜民の人たちは井戸で汲み出した水をバケツでそこに注ぎ込んで、家畜に飲ませていました。ハミスさんは、いっそのこと井戸の手押しポンプを取り外し、電動ポンプをつけてホースで直接に水を引くことを考えたようです。そうすれば井戸は家畜専用になってしまいますが、実際にそのような井戸は牧畜民が多い地域に行けば珍しくないのです。そして、電動汲み上げの井戸にした場合、そこで給水する牧畜民は利用料金を支払うことが通例です。

ハミスさんは、井戸管理委員会やシエハ(住民リーダー)に説明し、カドグリの町まで出向いて水公社(日本でいう水道局)の承認まで取り付けた上で、自分で電動ポンプを購入して取り付けました。ポンプを動かすディーゼル燃料も自己負担です。ハミスさんは自分の家畜に水を飲ませ、そして、牧畜民から利用料金を集めるようになりました。

やがて問題が起きます。それまでは、集落にある6本の手押しポンプの補修費用として、村人は少額のおカネを井戸管理委員会に支払っていました。しかし、
「井戸1本の手押しポンプを電動ポンプに付け替えて、井戸管理委員会は家畜からの利用料収入があるはずだ。どうして村人から補修費用を集めようとするのか」
そんな不満の声が出てきたのです。

しかし、料金を徴収していたのは井戸管理員会ではなく実際にはハミスさん個人でした。
ハミスさんは村人の不満に対して、
「何を言っている。全部オレが費用を負担しているんだぞ。家畜からの利用料を集めると言ったって、まだ燃料費の分も回収できていないんだ」
と反論していました。

しかしその後も不満の声は高まり続け、ついにハミスさんは激怒して、電動ポンプを取り外してしまいました。しかし、元の手押しポンプはハミスさんの自宅に保管されたまま。井戸は、手押しポンプも電動ポンプも外されたまま、誰も使えない状態になってしまったのです。

それから1年半。今回の井戸補修の機会に、ハミスさんの自宅に長く眠っていた手押しポンプを、使えるかどうか点検した上で元の井戸に戻そうというのが、シエハの思惑でした。

しかし、補修の日に当のハミスさんは姿を現さず、携帯電話で連絡したシエハに対して「あの井戸は修理させない」と言っているのです。手押しポンプを保管している場所も教えてくれないようです。
「シエハ、ハミスはなんて言っているんだ?」
工具を持った村人のひとりが、そう尋ねました。
「あの問題はまだ解決されていない、自分が電動ポンプや燃料を買うために負担したカネはどうなるんだ、と言っている。解決されるまでは、手押しポンプも付けさせない、と言っている」

話は、かなり深刻なようです。
シエハは補修のために集まった村人としばらく話し合ったあと、JVCスタッフのタイーブに声を掛けてきました。
「タイーブさん、そんな訳だから、すまないが今回はこの井戸の補修は無理だ」
「残念ですね」
「そこで今、みんなで話し合ったんだが、実は村には6本の井戸のほかに、少し離れた場所にもう1本井戸があるんだ。しばらく前から壊れたままになっている。そこを、今回修理できないものだろうか?」
「少し離れた場所...周りに家はあるのですか?」
「20軒ほどある。そんなに多くはないが、その人たちにとっては大事な井戸だ」
「分かりました。行ってみましょう」
こうして私たちは予定を変更して、別の井戸に向かいました

そして、3日後。
村人の点検によってリストアップされた交換部品をクルマに載せて、技師のアルヌールさんとタイーブは、再びトマ集落へと向かいました。
男たちは、1本目の井戸の脇で工具を手に待っています。
「よし、始めるぞ」
作業着に身を包んだ「村の技術者」を中心に、今日も十人以上の村人が修理に取り掛かりました。壊れた部品を次々に新しいものに交換していきます。


ロバに引かれて資材が到着)

作業は順調に進みました。昼食をはさんで2本の井戸を終え、午後には最後の1本に向かいます。3日前の点検のさいに予定外で修理することになった井戸です。ここは集落から少し離れているため、ロバが荷車を引いて交換部品などの資材を運んできました。
「アルヌールさん、ちょっと見てもらえますか?」
手押しポンプのシリンダー周りの部品交換を始めた村の技術者が、アルヌール技師を呼んで質問しています。ここは、ポンプの中でも最も大切な部分。技師も、真剣な表情でアドバイスをしています。

寄ってたかって(?)部品の取り付け)


最後の仕上げに潤滑油を差す)

朝9時から始めた作業ですが、全て終わったのは午後3時。最後に補修を終えたばかりの井戸のハンドルを上下に何度か動かすと、水が流れ出してきました。補修の直後なので泥水です。そのまま水をジャブジャブと流していると、しばらくして泥水は薄れ、やがて透明に変わっていきます。澄み切った水を手に取って、みんなの疲れも吹き飛ぶようです。 こうして、3本の井戸が復活しました。今まで稼働していた井戸と合わせて6本になり、トマ集落にとっては十分な井戸が確保されたと言えます。

しかしこの日も、井戸管理委員会のハミスさんは姿を見せませんでした。
「井戸管理委員会のメンバーは、選び直さなくちゃいかん」
シエハは、そう言っていました。
「そして、井戸が壊れた時に備えて、もういちど村人から分担金を集め始める。村には技術を持った連中がいるんだ。部品さえ買うことができれば、修理は自分たちでできるぞ」
そのためには、ハミスさんとあの井戸の問題が、話し合いで解決されなくてはならないでしょう。そして新しい井戸管理委員会が動き出せば、村の技術者たちが活躍する場面が出てきます。


井戸が復活)

「いやあ、あいつら、修理の腕は確かだよ」
帰り道のクルマの中で、アルヌール技師はタイーブに言いました。
「でも、そうは言ったって、人の作業を見守るっていうのは疲れるな。自分でやった方がラクなくらいだよ」
そう言うと、技師はコックリと居眠りを始めるのでした。

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