コミュニケーション・ギャップをどう埋めるのか
Posted by Junya HOSONO 2009年4月12日 PM 5:27
『NPOのための情報セキュリティワークショップ』という勉強会がNPOのイーパーツさん主催で開催されてまして、先日その16回目、『「蛇口をひねると...がでる」 ?サポートする側、される側?』に出席してきました。以前パソコンの販売員などをされていたという方が、パソコンに「詳しくない人」に対して「詳しい人」がサポートをする際の心得などを話されていました。
参加者には、NPOや個人として他人にパソコンの使い方を教える/サポートする立場にある人たちが集まっていたので、立場的にどちらかといえば「詳しい人」のほうが多く、講師の方の話の後には、そちら視点からの「あるある」という話題で盛り上がりました。
僕自身はあまりその「あるある」の出しあいには参加できなかったのですが、皆さんのお話を聞いていて、おそらくこれは、コミュニケーションのギャップに関する話なんだろうなと理解しました。
世の中の人々は、それぞれの立場で生活をしたり仕事をしたりしているわけで、立場の違う人の間で意思疎通するためには、何らかのコミュニケーションが意識的に必要なわけです。この勉強会では、「パソコンでわからないことがあるから詳しい人に聞いてみる」というコミュニケーションがケースなわけですね。
で、お互いがお互いの立場の違いを意識しないままにコミュニケーションをしてしまうと、そこにギャップが生まれる、と。
勉強会の話を聞いていて、立場の違いとして以下の2つがここではメインの論点なんだろうな、と考えていました。
- パソコンに関する知識があるか、ないか
- パソコンを使うこと・詳しいこと自体が目的の人なのか、他の目的のためにパソコンを使っている人なのか
論点1:パソコンに関する知識があるか、ないか
知識の差があるもの同士がコミュニケーションをとる際にしばしば起こるのが、「この人はいま何語で話しているのだろうか?」といったように専門用語が飛び交ってしまって相手が理解できない、ということです。コミュニケーションのギャップ、という意味でもわかりやすいですね。
このギャップの埋め方は、おそらくひとつしかないと思われます。それは、「詳しい人」の側が、「詳しくない人」の側にわかる言葉で説明するのです。これですね。相手が理解しやすいアナロジー(簡単に言えばたとえ話)を使ったり、専門用語を別の言葉で言い換えたり、といった作業のことです。
相手の目線に合わせる、ということですね。「目線に合わせる」というのは、コミュニケーションに使うボキャブラリーのレベルを、ということもありますが、物理的な目線の高さを合わせることも意外に大事かな、と思っています。僕自身もよく、机に座っている相手のすぐ横に、相手と同じかより低い目線になるように座って説明をするようにしていますし。
それと、「別にパソコンの知識が多少あったからといって、えらくもなんともない」という事実を、「詳しい」側の人間が自覚することも重要だと思っています。いわゆる「上から目線」で説明してしまって相手にカチンと来られてそれ以降相手が素直に話を聞いてくれなくなる、といったこともしばしばありますし。パソコンに詳しいことそれ自体が仕事である人もいらっしゃるかと思いますが、それでも、「仕事ができる=えらい」も別に成り立ちはしないでしょうし。
論点2:パソコンを使うこと・詳しいこと自体をよしとする人なのか、他の目的のためにパソコンを使っている人なのか
正直、論点1に関しては対策がある程度わかっているわけですからそれほど深刻な問題にはならないと思います。コミュニケーションのギャップは単に知識の有無からきていただけなので、そこを適切に埋め合わせればすむだけのこと。
論点2としてあげている「パソコンを使うこと・詳しいこと自体をよしとする人なのか、他の目的のためにパソコンを使っている人なのか」というのは、ちょっと根が深いですね。
これは言い換えれば、あるひとつのコミュニケーションに対して、それに対する目的そのものが互いに異なっている、という状態をさしています。しかも、そのことをあまりお互いに理解していないことがたまにある、と。ここでも冒頭のケースを例として考えてみましょう。
「パソコンでわからないことがあるから詳しい人に聞いてみる」というケースでみたときに、何度も同じ事を聞かれる「詳しい人」側からすれば、目の前のトラブルをただ解決するだけでなく、どうしてそうなったのか、なにが原因なのか、というところまでを伝えることで、その人が今後同じトラブルを起こさないですむようになってほしい、と相手のことを思ってそこまで伝えようとよくしますが、相手側からすれば、目の前のトラブルが解決したんだから、それ以上の詳しい説明は必要ない(=うざい)と思えてしまう、といったことです。
- 「教える人」の目的:
- そのトラブルを解決する。
- 今後同じトラブルが起きないようにユーザーを啓発する。
- 「教わる人」の目的:
- そのトラブルを解決する。以上。
という場合にあって、お互いが相手側の目的を理解していなければ、「教える側」からすれば「相手がより大事な話を聞いてくれない」と思え、「教わる側」からすれば「必要以上に込み入ったことを話してくる」と思えるわけです。
「教わる側」は、自分のやりたいことがまずあって、そのためにパソコンを使っています。でもそのやりたいことをどうやって実現するのかわからなかったり、途中でトラブルが起こったので「詳しい人」に聞いている、と。なので、その場の障害が取り除かれれば、ふたたび自分の目的に向かって進みたいわけですよね。当然です。でも、「教える側」からすれば、その障害の乗り越え方(もしくは障害を起こさないようにする方法)も合わせて伝えたい、と思ってしまうわけですね。
この両者の目的の違いはどこからでてくるかというと、これこそが立場の違いであり、論点2を生み出すものになってくるわけですね。両者の立場の違いから来るそのコミュニケーションに求める目的が違うことから、コミュニケーションにおけるギャップが生まれて、お互いにストレスが生じてしまう、という理解です。
コミュニケーションのギャップは埋めるべきだけれど、立場の違いは埋めるべきものではなく理解すべきもの
ではこのギャップをどう埋めればいいのでしょうか。
答えは実は簡単で、なによりも相手の立場を理解し、そのコミュニケーションにおける相手の目的を察知してまずはそれに合わせ、TPOに応じて+α のコミュニケーションをお互いに上積みする、ことではないのかと考えます。
世の中にはさまざまな立場にある人がいて、自分と異なる立場の人のほうがはるかに多いはずです(だからこそ、立場が似ている人同士の内輪受けは異常に盛り上がるわけで)。お互いがお互いの、自分と違う相手の立場をもうすこし理解できれば、お互いにもう少しストレスなくコミュニケーションできるようになるのではないのかなと、話を聞いていて思いました。
ちょっとパソコンに詳しい人は、「他の人ももっと詳しくなるべきだ、自分がきちんと伝えなくては」という伝道師的役割をあまり根拠もなく自分自身に割り当てがちですが(それはそれで大変ありがたいのですよ)、普通の人は、そんなにパソコンに詳しくなろうとしていないし、そうならなくてもやっていけるのです。自らパソコンに詳しくなろう・そういった立場に頑張ってなろう、と思う人はそんなに多くはないでしょう。パソコンなんてただの道具、はさみと一緒です。ほどほどに使えればそれでOK。その人たちの人生には、「パソコンがうまく使える事」よりももっと大事なことがあるのです。
逆に、どんな職場に行ってもパソコンがあって、それが使えないと仕事ができないと見なされるようになってしまった昨今、身近に「パソコンに詳しい人」がいるといないとでは、仕事の生産性に大きな差が出てきます。こうした人たちは、その知識を使って他の人に寄与したいという傾向がありますので、相手のそうした思いを理解しつつ、ありがたく恩恵にあずかるようにしてみてはどうでしょうか。
要は、「世の中、いろいろな人がいるよね」ということをちゃんと理解しよう、ということでしょうか。そして、パソコンに関して聞きたいことがあるときのみのコミュニケーションだけでなく、そのほかの機会も使って互いのことをより理解しようとしてみるのも大事なのでしょうね。
また、この日の勉強会ではそのほかにも、
- 離れた場所にいる人に対してどうやってパソコンサポートするか(電話なのかテレビ電話なのかなど)
- ソフトウェアの違法コピーについて、文化背景の違う人にどうやって説明するか
- インターネットの掲示板で、質問してその答えが提示されると「ありがとう」のひとこともなしにそれっきり、な人に対してどう考えればいいのか
などの話も出てました。このあたりも、別な側面でのコミュニケーションのギャップを埋める話になりますね。
ウェブサイトにおけるコミュニケーションをより良くしたい
ところで、この記事のカテゴリは「JVC新サイトに向けて」にしているわけですが、それは、ウェブサイトにおけるコミュニケーションにおいても、上で書いてきたようなことは重要に絡んでくるのだろうなぁ、と思ったからです。
最近、『コミュニケーションデザイン』といった本や、『戦略PR』といった本ばかり読んでいるからかもしれませんが、NGOのウェブサイトとして、見に来てくれるユーザーとどのようなコミュニケーションをとったらいいのか、ということをよく考えています。
最近よく言われることに、「ウェブサイトは運営側の情報発信ツールだけでなく、ユーザーの問題解決ツールにならなければならない」ということがあります。言い換えれば、「相手が求めているものを提示すること」。
そのためのツールとして、ウェブサイトに掲載する情報をどのように選択・構築すべきなのかといったことから情報アーキテクチャだったり、その情報を適切に表現するためのデザインだったり、そもそもサイトの対象とするユーザーをより具体的に設定することによってユーザーがなにを欲しているのかをより深く知るための手法であるところのペルソナだったり、といったところが目下の関心事になっているわけですね。
ですが、どうしても、「どうやって/どんなコミュニケーションをとるか」という WHAT や HOW の部分にばかり目が行ってしまうのですが、やはり「なぜコミュニケーションをとらなくてはいけないのか」という WHY の部分を掘り下げないと、中身がないものができあがってしまうんだろうな、と感じています。もっと言えば、
なぜ NPO/NGO は、そもそもウェブサイトを持つべきなのか? そこでユーザーととるべきコミュニケーションとは、どんなものなのか?
久々に「考えてもしょうがないのではないだろうか的なこと」をぐるぐるぐるぐる考えながら、帰途に着きました。
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