報告会記録の最近のブログ記事

2月10日、JICA横浜にてワークショップ、「南アフリカの人って何食べてるの?―グループワークで南アを知ろう―」を行いました。

「食」がテーマ

10代の学生?70代に至り、総勢27名が参加し、5グループに分かれて熱気あふれるスタートを切りました。みなさんに南アフリカ(以下、南ア)を身近に感じて頂くため、衣食住のうち「食」をテーマにしました。

0210_work.jpg

グループワークの様子

アイスブレイキング!

唐突に、グループワークをはじめよう!では緊張するだろうと考え、はじめにグループ毎に自己紹介と南アに対するイメージを意見交換し、発表、共有しました(緊張ほぐしのためのグループワーク。アイスブレイキング)。若者の「貧しそう」という素朴な発言や、南アをよく知る60代の方の知識あふれる発言も見受けられました。

発表では、多くのチームで「貧困」、「アパルトヘイト」という単語がでました。しかし、南アの「格差」や「HIV/エイズ」に対する認知度は低く、わたしたちは広報活動により力を入れていこうと気を引き締める思いになりました。

いよいよグループワークタイム

さて、ここからが本題のグループワーク。3つの食事の写真を見比べ、どんな人が食べているのか?を考えて頂きました。 さまざま世代の方が参加している効果か、より自分たちの感覚にすりあわせた議論がなされていました。

ワークショップの詳しい内容は伏せます。またやることがあるかと思いますので、ぜひ体験してみてください。

アンケートの結果

当日のアンケートは21人の方が回答して下さいました。そのうち15人の方が「南アフリカについて少しは知っていた/ある程度は知っていた」と回答されていますが、その方たちは「気づきを促してくれた」「勝手な思い込みがあったと分かった」など、南アフリカについて新たな印象をもったという感想を下さいました。

もちろん、厳しいご意見もあり「もっとパワーポイント、写真を活用したほうがよい」「具体的な数字を知りたかった」ということを頂きました。

参加者の皆さんの感想を励みにして、またこうした機会に挑戦していきます。

(この記事は、よこやまの代筆でアップしました)

本年度アフリカ事業インターンの宮下さんが、昨年11月に南アフリカのJVC活動地を訪問し、2/9(土)にその報告会を開催しました。

彼女にとって、外部向けの報告会は初めての経験だったようですが、そんなことは微塵も感じさせない、素晴らしい報告会になったと思います。



宮下さん流自己紹介

報告会開始直後は少し緊張の面持ちでしたが、自己紹介で「宮下です」というべきところを「宮下だと思います」と発言。会場がどっと沸きました。緊張感漂う雰囲気を一気に和やかな雰囲気に変化させてしまった力量には天性のものを感じました。

南アフリカクイズ

最初に南アフリカの基礎情報について、三択形式のクイズが行われました。南アフリカの場所、経済規模、歴史、言語、人口、食文化などの問題が出され、問題の解答と合わせて南アフリカの観光地、民族衣装、アパルトヘイトに至った経緯といった補足情報も説明されました。

ここでも、アフリカの観光名所であるビクトリアの滝の場所を、モザンビークとザンビアの間にあると堂々と発言し、傍らで見守っていたスタッフにザンビアとジンバブエの間だと訂正されたり(当人は笑いながら訂正していました)、南アフリカの首都はジョハネスバーグだと言いきり(正解はプレトリア)、誰も気が付かずに押し切ってしまうあたり、大物感たっぷりでした。

公用語の数が11言語あることや主食としてトウモロコシの粉を練ったパップが食べられていることなども紹介され、この辺りは参加者の方々もあまり馴染みがなかったようで、皆さん、興味深そうに聞き入っていました。

南アフリカ訪問記

続いて、JVCの南アフリカにおける活動内容が紹介されました。現在の活動は、HIV/エイズの影響を受ける人々の支援で、次の5本柱から成り立っています。

  1. 訪問介護ボランティアの育成
  2. ケアの必要な子どもたちの支援
  3. 家庭菜園研修
  4. 予防啓発活動
  5. HIV陽性者自身の活動支援

このうち、最初の1-3の活動現場を体験してきたとのことでした。

訪問介護ボランティアの活動

訪問介護ボランティアは現地のNGOで組織されており、公共の医療の手が届かない地域で介護を必要としている人々のお宅を訪問しているそうです。今回、彼女たちに同行したそうですが、暑い気候の中、朝から晩まで1軒1軒訪問するのは、かなりのハードワークであり、半日歩き回ってダウンしてしまったとのことでした。

HIVだけでなく、糖尿病、高血圧、精神病などを患っている人々もいるそうで、介護ボランティアは、爪を切ってあげたり、体を拭いてあげたり、話し相手になったりしているそうです。南アフリカでは、HIV陽性者に対する偏見や差別があり、多くの患者は自分がHIV陽性者であることを認めようとせず、病院へ行くことを拒むそうですが、介護ボランティアとして通い続けていると、HIV陽性者だと認めてくれることもあるのだそうです。やはり信頼関係が大切だということでした。

家庭菜園研修

HIV陽性者の人々は、定期的に薬を飲む必要があります。しかし、毎日の食べ物を購入するお金が不足している人々は、薬どころではありません。農村に住んでいるのであれば、自分が食べる物くらいは自給できそうですが、アパルトヘイトで黒人のあらゆる生産活動が禁止された影響で、今なお、自分で作物を育てる文化がないのだそうです。そこで、JVCでは家庭菜園の研修を行っており、今回、子どもケアセンターの菜園研修を見学したそうです。

研修は、訪問介護ボランティアや子どもケアセンターのボランティアの方々に対して実施されていたようで、ほぼ全員女性とのことでした。男性は出稼ぎに出ていて不在のケースが多いようです。

肥料などにお金をかけずに済むように、また、栄養面も考慮して、有機農業の研修を実施しているそうです。作物が病気になって全てダメにならないように、多種類の作物を植えたり、虫よけにマリーゴールドを植えたりして、いろいろと工夫をしているとのことでした。

子どもケアセンターの様子

現地のNGOが運営している子どもケアセンターを訪問したそうです。ここでは、エイズで親を亡くした子どもなど、ケアが必要な子どもが集っています。元々は国から補助金が出ていたそうですが、最近出なくなったため、多くのボランティアが辞めてしまったそうです。このため、子どもたちの抱えている問題や解決方法を話し合う会議などでも、新しいボランティアの発言が乏しく、まだうまく回っていない様子だったとのことでした。

宮下さんが訪問を通して感じたこと

  1. 他のアフリカとは違って、都市部は高層ビルが立ち並び発展している。
  2. 独特な歴史を持った国であり、アパルトヘイトの影響が色濃く残っている。
  3. 海外NGOの活動は大変であり、その土地のことを良く知らないと失敗する。 
    • コンポストトイレといって、2階で用を足して、1階で肥料になるトイレがあったが、全く使用されていなかった。高いところが苦手だからという理由だった。
  4. HIV/エイズについて知ることは非常に重要である。
    • 偏見があるのは、正しい知識がないから。
  5. 南アフリカでのエイズの存在とJVCの関わり方はすべて繋がっていることが分かった。
    • 家庭菜園や子どものケアと、エイズとの関連性が最初分からなかったが、全て関連があった。

最後に質疑応答があり、無事に報告会は幕を閉じました。

その後、参加者の方々も何名かご参加いただいて、懇親会を開催しました。 参加者の大学生が通っている大学の近くに住んでいる大学教授の方がいらっしゃったりと、思わぬところで繋がりがあり、皆さんかなり時間を忘れて盛りあがっていました。


61486_403464153060165_445533305_n.jpeg
前回と比べて増えてるように見えますが、1人増えただけです!
2回連続講座「南北スーダンの今を語る」の第2回を、11月6日に開催しました。
第1回ではスーダン(北)を中心に語りましたが、今回は南スーダンを主題に、JVCスーダン事業担当の佐伯さんが語ります。


南スーダン独立の経緯
南スーダンの独立を語るには、植民地時代のスーダンから語り始めなくてはなりません。
スーダンの南部(今の南スーダン)は、ケニアやウガンダの影響を受けています。植民地時代には、イギリスが宣教師をたくさん送り込んでいて、教会もたくさんあります。そういう意味で、とてもアフリカっぽい地域なのだそう。
一方の北部は、植民地時代にエジプトが間接統治しており、アラブ色の強い地域です。
植民地時代から、首都のハルツーム周辺だけで開発が進められ、地方との格差が広がりました。そしてその頃から、ハルツーム対地方という構図があり、散発的な戦闘があったのだそうです。
植民地からの独立と前後して、内戦が勃発。その内戦は、次第に東西冷戦の構造に組み込まれ、北をソ連が、南をアメリカが支援しました。


ジョン・ガランの目指したスーダン
内戦中、ジョン・ガランが南部の諸勢力をまとめ、救国の英雄的な存在になります。ガランは、ニュースーダンというスローガンを唱えていました。それは、自由、平等の下に統一された新しいスーダンの確立を目指すものでした。
国際社会は、ガランの存在を頼りに、和平合意の準備を進めました。しかしその中で、ニュースーダンは南北の手打ちの落としどころに矮小化されていきました。
2005年、和平合意が成されて内戦が終結。しかし、そこで後回しにされた問題が、今になって噴出してきています


ティーブレイク
683257649.jpeg
前回同様、ブレイク用のお茶をご用意しました。ミントティ、現地ではシャーイビッナァナァと呼ばれています。お砂糖たっぷりがスーダン流。


南スーダン独立によって、得たもの、失ったもの
南スーダンの独立によって、南スーダンの人々は自分たちの国、誰にも虐められなくて済む国を得ることができました。上記の通り、虐げられてきた歴史を持つ彼らにとって、これは大きな価値を持つことです。
しかし、失ったものもあるのではないかと、佐伯さんは語ります。
現南スーダン政府であるSPLAは、独立以前は、ダルフールの反政府勢力の仲介や、LRAとウガンダ政府の交渉を取り持ってきました。このような活動を続けられれば、東アフリカの仲裁役となることも可能だったのではないでしょうか。
しかし今では、自分たちがスーダン(北)と抜き差しならない関係にあります。LRAの掃討作戦に参加して恨みをかったり、ケニアやウガンダと国境線をめぐって揉めているところもあり、争いごとには事欠きません。


人の移動
現在の南スーダンでは、多くの人の移動が見られます。
  • 2005年に南北内戦が終結した事による国外に逃れた難民、国内の避難民の帰還
  • 南スーダンの独立に伴い、北部にいた南部出身者の、南スーダンへの帰還
  • 現在紛争の発生している南コルドファン、青ナイル州から、国境を超えて南スーダンへの避難
  • 南スーダン内の民族集団間の紛争により、主に南スーダン中央部から周辺部への避難
この動きが落ち着くまでは、今しばらく時がかかるでしょう。
難民キャンプで英語教育を受けた人々や、スーダン(北)でアラビア語による教育を受けた人々が、戻ってきてひとつの国を形成しようとしているわけで、国としての前途は多難です。


懇親会
604003_403482636391650_1186466125_n.jpeg
スピーカーの佐伯さんを囲んで懇親会です。
参加して下さったお客様も個性豊かで、お話しが尽きず、予定を1時間オーバーして23時にお開き。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

522245_400674400005807_1873310020_n.jpg

参加者はこのあともうちょっと増えましたが、だいたいこんな感じでした!


スーダンを知るための10の質問

どこかで聞いたことのあるタイトルで始まった今回の報告会。

スーダンを知るための?は、まだ出てないんですよね。

○?クイズなんですが、それを通じてスーダンを紹介するという企画でした。

たとえば、スーダンでクレジットカードは使えるか?この質問から、スーダンがアメリカから経済制裁を受けていたという背景が見えてきます。

全10問でしたが、全問正解者はいませんでした。やっぱり馴染みのない国なんですよね。


ハイビスカスティー

報告会の途中で、ハイビスカスティーが振舞われました。スーダンではケレケデと呼ばれ、よく飲まれているそう。

今回淹れた茶葉(というか花)は、第2回のスピーカーである佐伯さんが、以前スーダンから買ってきてくれたもの。現地ではもっと砂糖をたっぷり入れるのだそうですが、程よい酸味で美味しかったです。


スーダン―差別されてきた地方の歴史

スーダンの南北の境界線は、民族グループの住んでいる地域によって引かれたものです。そしてスーダンの中央は、南部を差別して扱ってきました。差別は南部だけに限らず、西部のダルフール地方、そして東部地域と、国の周辺部は被差別地域となったのです。

「南部はアフリカ系民族、北部はアラブ系民族」言葉で言うとそうなりますが、実際にはアフリカ系・アラブ系と、ハッキリ区別することはできません。差別も民族的なものとも言い切れないようです。


ヌバ山地の文化

ヌバ山地は、スーダン南北境界の北側に位置する南コルドファン州にあります。

JVCは2010年から1年ほど、スーダンは南コルドファン州に事務所を構え、ヌバ山地で活動をしてきました。スピーカーの今井さんも、現地事務所に常駐していました。その活動中に撮った写真を見ながら、ヌバ山地の文化や歴史を紹介されました。

  • 主要作物のソルガムと、それを炊き上げて作る主食。ケニアのウガリや南アのパップと同じ調理法ですが、あちらはトウモロコシ粉で作るもので、ソルガムの方は酸味が強くて強烈なクセがあるのだそう。
  • 野菜はオクラが最もメジャーで、先ほどのソルガム料理にオクラスープをぶっかけて食べたりするそうです。
  • 森(と言っても日本の森林とはイメージが違いますが)からバオバブの実を採ったり、枝で炭焼きしたりと、その恵みも利用しています。
  • 石をよく利用する文化もあり、家に石組みが使われていたり、段々畑の土留めに石が使われていたり。
  • スーダン南北境界に近いこの地域には、ムスリムもクリスチャンもいますが、現地に古くからある伝統宗教や、その行事のほうが、人々には深く根付いているようです。例えば村の聖なる場所には石積みがしてあり、そこが祭りの舞台となる。種まきの祭りや収穫祭、男女の出会いの祭りもあって、その日は村の若者が朝まで楽しむのだそう。今井さんがミーティングで眠そうだった若者に聞いてみると、前日に祭りがあったなんてことも。
  • ハカマという歌謡グループがあり、伝統的な歌を歌い継ぐ、のみならず、新しい歌を作っていくのだそう。村長がいいことをしたら、それを称える歌を作り、村人が悪いことをしたら、それを広める歌を作る。歌が罰になるわけですね。JVCも良い活動をしたら歌を作ってやると言われたのだとか。
  • ベレンベレンという伝統楽器は、牛飼いが暇なときに弾きながら歌うのだとか。
  • 独自の言語を持っており、出稼ぎに行く男性はほとんどアラビア語を話せるが、女性では話せない人も多いのだそうです。


JVCのヌバ山地での活動

さて、そんな豊かな文化を持つヌバ山地で、JVCはなぜ活動を始めたのでしょう。それは、先に説明した中央からの差別が根本にあります。

ヌバの人々が首都のハルツームに出稼ぎに行っても、底辺労働にしか従事することができず、大規模農場に働きに出ても、学校に行っても差別される。そんな状況がずっと続いて来ました。

スーダンで長く続いた内戦、その反政府勢力の目的は、地方の権利を取り戻すこと。2005年に和平合意がなされ、南部の独立投票を行なうことが決まりますが、ヌバ山地については何も決まりませんでした。

ヌバの人々は、北部の政治への参画や、地域開発を進めることを求め、その目的のために内戦に参戦した人も多くいましたが、彼らの希望は置き去りにされました。

内戦で政府側に付いた人もいれば、反政府勢力側に付いた人もいるこの地域は、両派の共同統治下に置かれました。そして、不安定ながらも久方ぶりの平和な日々を過ごしていました。

JVCはこの地域で、平和構築・住民間の和解を進める活動をおこなってきました。


紛争の勃発と、支援の開始

2011年6月、南スーダンの独立を前に、ヌバ山地で紛争が起こり、地域人口の2/3にあたる60万人が住処を追われました。自分の村が空爆された人は、「爆弾が雨のように降ってきた」と語り、またある人は避難する中で家族が散り散りになってしまいました。避難先の同州の州都カドグリや州境を超えて南部まで、何日も徒歩で逃げた人が大勢いました。

紛争が始まった日、今井はまさに戦闘の起こった南コルドファン州の事務所にいました。JVCの事務所は民兵に略奪され、今井さんはなんとか無事に退避できました。この時の緊迫した様子はJVCブログに掲載されています。

JVC - カドグリ市街戦の夜(1) - スーダン日記


その後この地域は、スーダン政府により外国人の立ち入りが禁止されています。戦闘を逃れて避難してきた多くの人々に、海外からの支援の手が届きにくい状況にあるのです。

そこでJVCは、首都のハルツームに事務所を構え、現地スーダン人スタッフを雇い、カドグリやその周辺地域に逃れてきた人々の支援を始めました。

カドグリには約45,000人の避難民がいました。それに加え、もともとカドグリに住んでいた人々も、家を略奪され(屋根のトタンまで剥がされる!)、困難な生活を強いられていました。

当初は避難民のみを対象としていたJVCの活動も、現在は地元の被災民の人も支援対象としているそうです。


支援の内容は、まずは食料の配布。紛争が種まきシーズンに始まったため、収穫がないのです。

収穫がないということは、次に蒔く種も採れていません。JVCはその後、次の種まきシーズンに先んじて農具と種子の配布を行いました。

作物は食料になるのはもちろん、現金収入も産みます。特にオクラは良い値段で取引されるようで、オクラだけで300スーダンポンドを稼いだ農民もいるそう。これはハルツームでの1ヶ月のバイト代に相当します。


さらにヤギの配布もおこないました。ヤギのミルクは子どもの栄養食になりますし、繁殖すればそのまま財産になります。この土地にはもともとヤギを繋いで飼う文化はなかったそうですが、今では貴重な資産になってしまったからか、それとも略奪の記憶が新しいからか、家の中に繋いで大事に飼っているそうです。


現在の活動地の様子が、写真で紹介されました。避難民の家は、袋や板などをかき集めて作られていました。村にはマーケットがあり、収穫された野菜のほか、自家製のヨーグルトや野草を採ってきたものを売っています。

果樹の苗木の支援も行い、育て方のレクチャーの様子も紹介されました。この地域では、マンゴー、グァバ、レモンなどがよく育つそうです。


質問

配布する食料などはどこから調達しているのか?配布対象者はどのように決めているのか?など、活動内容を深く掘り下げる質問がいくつかありました。

回答としては、配布するものは基本的に全て地元で調達して、地元の経済にお金を落とす。配布対象者は、JVCがまずどんな人に配布したいかの優先順位(子どもだけ、お年寄りだけの世帯を優先、母子家庭を次に優先、など)を決め、それをコミュニティのリーダーに伝えて選定してもらうのだそう。ヤギの配布ではJVCが対象者を一人ひとり訪問し、伝えた条件とマッチしていない場合はコミュニティリーダーに再度相談する、ということもあったようです。


第2回

今回はスーダン(北)とヌバ山地やカドグリでの活動をメインに紹介しました。

第2回では、南スーダンにスポットを移します。なぜ南スーダンが独立するに至ったのか、その経緯や、そこで暮らす人々の様子などに触れます。また、前述のとおり、ヌバ山地からの避難民は南スーダンにも流入しています。その辺りの状況も、併せてお伝えする予定です。

ぜひお運びください!


「南北スーダンの今を語る」第2回

  • 日時:11/6(火) 19:30-21:00, 懇親会 21:00-22:00
  • スピーカー:佐伯美苗(JVCスーダン事業担当)
  • 内容: 1) 南スーダンとは 2) 南スーダンの現状と難民・帰還民について

お申し込みはこちら

南北スーダンの今を語る | イベントアテンド


みなさん、こんばんは。

アフリカボラチームの高崎です。

先週の火曜日に文京シビックホールで行われた、JVC南ア事業担当の渡辺さん報告会のまとめと感想を書かせていただきます。

当日は初心者向けと銘打った効果があったのか、沢山の方にご来場いただけまして、大盛況の内に幕を閉じることができました。
ご来場いただきました皆さま、ありがとうございました。 

IMG_0581_s.jpg
■報告会の様子
 ●イントロダクション?渡辺さん自身について
渡辺さん自身の自己紹介では、渡辺さんがどうして今このJVCの南ア事業をしているのか、過去のきっかけを話してくれました。
居心地の良い生活でない、"この社会を変えたい"という気持ちがきっかけで現在にいたるとのこと、私も初めてそのきっかけを聞いて、とても共感しました。

●南アってどんな国?
初心者向けの内容から入り、動物や自然・ワールドカップなどの印象が強いところですが、南アは格差があり、貧富が共存しているような世界。
GDP(国内総生産)は世界27位と先進国と劣らない順位ですが、HDI(人間開発指数)ですと124位という順位で、これはGDPがきちんと分配されていないという事になります。

●実際のアパルトヘイトとは
南アは10%の白人と90%の非白人が住んでおり、非白人は国土のたった14%のホームランドへ移住しなければいけなく、人種差別の居住地区や施設が点在していました。
教育予算も20:1で白人と黒人の間でかなりの差がありました。
また黒人は移動を禁じられており、だからといって、あらゆる生産行為の禁止のせいで白人の農場や都市鉱山への出稼ぎを余儀なくされていました。それはつまり現金が必要だという事につながっており、不安定な生活基盤を作らされたという結果になりました。

□JVCの活動

●HIV支援
世界でHIVの方は3340万人おり、サハラ以南に2240万人もの方がおり、6人に1人が南ア。
両親が健在でいること自体が珍しいくらいで、エイズ遺児がたくさんいるのが南アの現実。その背後には貧困があり、無職だったり収入がないことでエイズで亡くなってしまう人が多くいるようです。

JVCはシェアという日本のNGO団体と一緒に現地NGOと共に予防啓発活動や在宅介護ボランティアの育成・活動支援、HIV陽性者グループ支援、家庭菜園とそれに伴い栄養改善などの活動を行っています。
基本的に南アの地域にあるものを使ったり、育てることで誇りを取り戻し、南アの人が生きやすい生活をつくる手伝いをすることがJVCの活動になっています。

人は自信を持つと周りに教え始めたりするとのことで、野菜を自分たちで作ることにより食事の心配をしなくて良くなったり、正しい知識を身に付ける事でエイズについての恐怖心がなくなったりと変わっていくのだそうです。

アパルトヘイトにより、南アで差別された非白人の方たちは自信を失っていましたが、その重大さを改めて感じたと渡辺さんは仰られていました。

こちらの支援は今年の9月で一旦終了し、また次のプロジェクトに移るとのことです。


●都市における菜園研修
手元にお金が残らない生活は、いつまでたっても生活が楽にならないということですが、南アは逆にお金が少し配布があり、何かを待っている受け身な人が多く、こないと不満になり、自分で生み出すという発想がないと言う傾向もあるとのこと。

植物を育てる上で、たとえば雨水を貯めたり、色々な種類の植物を一緒に植えたり、枯れ草で守ったり、木を植えて風から守ったりそういった発想が中々出ないから、植物が中々育たなく、自分たちでものを作りだすことができない。
しかし、コツを教える事で、植物が自分たちの土地でも育つのだと実際に体験することで、自信を取り戻すことができます。菜園は食糧価格高騰にもあまり影響がなく、周りに振り回されず、都市でも生活ができるように、今回のプロジェクトは発進したようです。

一番初めは学校での菜園を行い、そこから各個人が自宅でも菜園をやってみて、それが成功することで周りの人にも興味を持ってもらえるという好循環な流れができあがったとのこと。
この菜園で作った野菜を近所で販売して、収入を得ることだったり、食費をかけなくする(=支出を減らす)事につながります。

渡辺さんは「南アでは自分で工夫して生計を立てている方々がたくさんいるので、その方たちを応援したい。」

と最後に仰られていました。


そしてJVCが支援している南アの方が、自信と誇りを取り戻した際に言っていた印象に残る言葉があったそうです。

"I become a human"

今までアパルトヘイトにより、彼らの自信や誇りは失われてしまっていましたが、自分たちの手で何かを作り上げることで自信を取り戻す事ができた時、一人ではなく、たくさんの方がこの言葉を口にしたそうです。


私はこれを聞いて大好きなMichaelJacksonのある歌詞を思い出しました。

"We stop existing and start living"
存在するだけでなく、生きることを始めよう


南アの人々はきっと、今まで自分たちの存在自体を否定されてきて、自分という人間や先祖に誇りも自信も持てない生活をしてきた方が多かったのかと思います。
けれど、人はいつだって行動すれば変わる事ができ、JVCがそのきっかけを作ってあげることで、少しでも多くの南アの人が変わり、自分に自信を持ってhumanとして生きる事ができるようになれば、それが大きな力になり、渡辺さんの仰っていた"心地よい社会"につながるのではないかと思いました。

そして、このBlogを書くことでより多くの人が南アに興味を持ってくれたり、そこから何か行動してくれたなら、良いなと思います。


初めての報告日記という事で、まとまりのないつたないものになってしまいましたが、ここまでご精読いただきどうもありがとうございました。

また報告会などの機会はあるかと思いますので、今回参加できなかった皆さんも是非、次回があった時はご参加ください。

4/13(火)に文京シビックセンターで、JVCスーダン現地代表の今井さんの報告会が開催されました。「岐路に立つスーダン」―南部独立と和平の狭間で― というタイトルで、今井さんが現地で実際に見聞きして感じられたことを随所に鏤めながらお話し頂きました。

IMG_0552_s.jpg
■報告会の様子
 【スーダンの歴史】
イギリスの植民地時代、分断化政策によって、北部と南部が分断された状態で統治されてきました。この影響もあり、北部はイスラム教徒が多く、言語はアラビア語、南部はキリスト教徒が多く、言語はアラビア語に加えて英語となっています。また、北部と南部のどちらにも属さない周縁化された地域として、ダルフール地方やヌバ山地(南コルドファン州)などもあります。北部中心の開発が進んだことから、南部や周縁化された地域は開発から取り残されてしまいました。北部(ハルツーム政府)に対する根強い不満から、SPLA/M(スーダン人民解放軍/運動)に代表される反政府勢力との内戦が長い間続きました。

【南北内戦後の包括和平合意(CPA)】
CPAは、2005年に合意されました。22年に及ぶ内戦を終結させたという意味では有効でしたが、南部(SPLA/M)とハルツーム政府だけの合意であり、他の勢力は蚊帳の外におかれました。
このCPAにより、南側に大幅な自治権が与えられました。また、連邦大統領を北(ハルツーム政府)から、副大統領を南(SPLA/M)から出すこととし、閣僚や議員の割合も決められました。なお、現在行われている総選挙も実はこのときに実施が決められたものでした。

【総選挙】
現在、CPAでの合意内容に従い、総選挙が行われています。初めての全国規模の選挙で、統一政府の大統領や南部自治政府の大統領など、6種類の投票が12の投票用紙で実施されています(南部の場合)。ほとんどの人々は初めての選挙ですから、投票の種類が多すぎて混乱しているに違いありません。字が読めない人も多いため、立候補者は☆や携帯などのマークを投票用紙に記載しているそうです。携帯のマークにしたら、携帯をほしい人が○を付けてくれたりするかは分かりませんが、人々はどこまで理解して投票しているのか疑問が膨らみました。とはいうものの、選挙期間中に国が一週間の休みを設けて、有権者が投票のために村に帰る動きがあったり(翌日に突然休みが一日だけに変更されて混乱したようですが)、マニュフェストが出回っていたりするそうで、総じて、人々は選挙を楽しんでいるように見えるという今井さんからの報告がありました。
さて、今回の選挙は、統一政府の大統領選は現職のアル・バシール大統領の再選が、南部自治政府の大統領選はこれまた現職のサルバ・キール大統領の再選が確実視されています。大統領選の立候補者が次々と立候補を取りやめた経緯もあり、南部独立と引き換えの密約があったのではないかと噂されているようです。
なお、南部スーダンでは、2009年頃から独立機運が高まっており、「南部スーダン共和国」などのステッカーを貼った車が走っているのを見かけることもあるそうです。

【ヌバ山地/南コルドファン州の状況】
南コルドファン州は、スーダンの中央、南北境界の北側にあり、その中にあるヌバ山地は丘陵状の山々です。この州には、ヌバと呼ばれるアフリカ系農耕・牧畜民、アラブ系牧畜民、ファラータと呼ばれる西アフリカより移住してきた牧畜民などの人々が住んでいます。CPA後は、ハルツーム政府(NCP)とSPLA/Mの共同統治となりましたが、政治的要因(NCP支持者とSPLA/M支持者)や宗教的要因(イスラム教徒とキリスト教徒)などが複雑に絡み合い、様々な住民間抗争が起こっています。
JVCは、2010年より、この地域で平和構築・地域開発事業を開始する予定です。

【まとめ】
スーダンの総選挙は、先日開票結果が出ました。予想通り、統一政府の大統領には現職のアル・バシール大統領が再選されました。これにより、南部の独立機運がますます高まってくることが予想されます。また、南コルドファン州は、2011年にCPAに基づく暫定統治のあり方を今後も続けるか否かの住民投票が行われる予定とのことです。今回の報告会に参加してスーダンの現状をより深く知ることができ、改めて、この国の未来がどのような方向に進んでいくのか興味が湧きあがりました。様々な問題を抱えるスーダンですが、再び内戦になるような事態は決してあってはならず、より平和な国になっていくことを期待したいです。

遅くなりましたが、先月に行われたJVCアフリカ関連のイベントの報告になります。

まずは7月4日、元JVCスタッフの津山直子さんとNHK解説委員の道傳愛子さんの対談、「アフリカと私たち」です。

 

この日は早稲田大キャンパスの教室が会場となり、参加者の中には学生の姿も見かけられました。

(ちなみに大学のテスト期間の前だったために土曜にも関わらず、となりの教室では授業をしていました!)

 

津山さんはこの春までJVCの南アフリカの現地代表を務めており、これまでのJVCの活動に携わった10数年間を振り返るところからはじまりました。

何度かお会いしてはいましたが、聞いたことのなかった南アフリカという国に関わったきっかけについてもお話がありました。

福祉の勉強をしていた学生時代に南アフリカの支援国であったスウェーデンに留学したことが最初のきっかけということでしたが、最初は自身もここまで南アフリカに長い時間と情熱を注いで関わっていくことになるとは思ってもいなかったそうです。

 

「そのとき自分がすべきことをしていたら、今までの活動につながっていった」

 

この日、僕にとって印象深かった言葉のひとつです。

初めて津山さんが南アフリカに訪れたのが1988年、反アパルトヘイト運動が盛り上がる中でそれに対する弾圧も激しかった時代でした。

実際に現地で暮らす生活者は将来への不安を抱え、なかなか落ち着くことのない社会情勢だったでしょう。

その中で国の将来に希望を見出し、先が見えない中でも抱えている一つ一つの壁を乗り越えてきたことは、後に続く人々にとって大きな勇気となる足跡を残したと言えます。

 

そして対談は現在の南アフリカが抱える問題についても盛り上がりました。

所得格差、今も残る差別、教育、そして大統領に就任したばかりのジェイコブ・ズマについて、津山さんの見てきた現状、そして今後の期待が語られました。

そして興味深かったのは、NHKで国際情勢を担当している道傳さんがご自身の見解を述べながら津山さんに質問を投げかけていくことでした。

お手伝いしていたアフリカチームの面々がみな口をそろえて「進めかたが素晴らしいなぁ...」と口をそろえていました。

津山さんの経験談を引き出していきながら一方通行になることのない対談の運び方で、2時間半に及ぶイベントは長く感じることもなく気づけば最後の質疑応答に達していました。

 

津山さんの南アフリカに対する想いを2時間半に凝縮しイベントでしたが、最後に参加者の方から「今年就職するのだが、一般人としての私にできることは何だろうか?」という質問がありました。

返答は「自分の生活の中で、常に違う考え・価値観を持つ人を理解し、違う世界に入って目を向ける姿勢を持つこと」というものでした。

津山さんは留学に行った先で、南アフリカと関わるきっかけを得て現在までの活動につながるアクションを起こしました。

実際に現地で活動できる人は限られているけれど、自分と異なる状況にある人に「興味を持って気に掛ける」という基本的な姿勢はこの日参加してくださった方々やアフリカチームのメンバーにも共通することであると思います。

地球の裏側であれ、隣近所であれ、「他者」というものに関心を向け、知ることの大切さを再確認した一日でした。

 

 

 

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち報告会記録カテゴリに属しているものが含まれています。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

お問い合わせ

お問い合わせは、こちらまで。

jvcafricaあっとgmail.com

(あっとを@に変えてご利用ください)