2016年2月の記事一覧
誕生日。人間がこの世に生まれた大事な日。生きた証を刻む、一年に一度だけの記念日。
そのお祝いの仕方は国によって違い、また家庭によっても個人によっても違うもの。しかし。アフガニスタン人と仕事をしていると、誕生日ってなんだろうと思わされます。
出生登録などの制度が整っていなかったり、紛争時代に難民が多く出て人口移動があったり、子どもの数が多かったり、...など、様々な理由から、アフガニスタンの仲間たちはほとんど自分の生まれた日を正確に知らないと言います。
スタッフのプロフィールを見ていて「やけに1月1日生まれの人が多いなぁ...」なんて思っていると、正確な記録がないので登録しに行った際に覚えやすいようにそう記載するからという理由でした!現地スタッフ曰く、男性(女性も?)は、自分がいつまでも若く、強く見せたいという思いがあるようで、実際よりも若く名乗ることもあるようです。日本に来て自己紹介するときも、「僕は約40歳です」「兄弟姉妹が多いので母親が覚えておらず、よく分からない」などということがあり、驚かれます。毎年同じ歳を名乗り、なかなか歳を取らないスタッフもいます(笑)
私の半生
私はJVCの事業地があるナンガルハル県の隣のラグマーン県で生まれました。私が育った村はとても平和で、それはのどかなものでした。しかし私が3年生の時にソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、戦争と暴力の時代が始まります。多くの人はパキスタンやイランへ避難しましたが、私は村にとどまり、10年生まで学校に通いました。しかし最終学年(12年生)まで学校に通うことはできず、カーブルの軍事学校に入りました。そこで半年間、軍事訓練と教育を受け、ジャララバード近郊の大隊に配属になりました。4年間の配属中には幾度もカーブルで軍事訓練がありました。
1月13日、JVCアフガニスタンの現地スタッフの息子(6ヶ月)が亡くなりました。
私はその日、東京事務所からいつものようにそのスタッフとスカイプを使って活動の進捗確認をしていました。途中で彼の携帯電話が鳴り、家族から子どもの様子が急変したという連絡を受けた彼は、急いで家に帰るためその場でスカイプを切りました。