ホーム
 第5号
 第4号
 第3号
 第2号
 第1号
第2号 2008年8月31日発行
目次
8月の様子
「栄養菜園」活動
技術学校に「建設許可状」が下りる

新任のご挨拶
鈴木さん、お疲れ様でした。
 8月の様子
坂本 貴則
雨乞いのための御輿
御輿作りのために集まる農家
7月下旬、SRIの普及状況を確認しようと村を訪問すると、大 勢の人が集まっていました。
大勢集まって何をやっているんだろうと思い、ちょっとのぞき込む と、何やら怪しげな物体を作っています。

「あれは何を作っているの?」と隣にいたスタッフのコルに聞く と、「雨乞いの儀礼に使うんだと思う。」と答えます。念のため村の人にも聞くと、「ソムタックプリアン(雨を乞う)」 ためだと言っていました。「毎年この時期に2週間以上雨が降らないと、この儀礼を行 う。この御輿の上にご飯などをのせて村々を歩き回る。」そうです。

確かに7月に入って8月中旬までまとまった雨はなく、 田植えを遅らせている農家が多数います。8月中旬からようやく雨が降り始め、みんな慌てて田植えを始めてい ますが、苗床の苗は2ヶ月近くになっていたりします。
今年の収穫は十分な量が取れるのだろうか、少し心配をしています。
 「栄養菜園」活動
坂本 貴則
トマトの剪定について教える山アさん
栄養菜園に取り組むRoka村のお母さん
「トマトはもっとちゃんと支柱を使って支えてあげないと」と言葉が出る前に山アさんの手が動きます。トマトの茎を支えるのにどれくらいの長さ・太さの支柱が必要なのか、支柱をどう使ってトマトを支えるのか、実際に見せて示します。「トマトは実が大きくなる。ちゃんと支えてあげないと実の重さで倒れてしまう。倒れると地面に着いた場所から病気が発生したり、虫がついたりして、ダメになってしまうから気をつけて」と村の人に説明します。

「トマトはわき芽をかいてあげることでよく育つようになる。わき芽をかかないと葉っぱばかり出てきて実がつかなくなってしまうから気をつけて」といって、トマトのわき芽をきちんとかくことも伝えます。

周りにいるカンボジア人スタッフも山アさんの農家へのアドバイスに聞き入ります。カンボジア人スタッフは農大を出たスタッフばかりですが、実際に野菜を育てたという経験はあまりありません。こうした野菜1つ1つをどう植えるのか、農家と共に経験しながら学んでいきます。

私たちJVCカンボジアは単に野菜を植えるというだけでなく、栄養を意識した自給用の野菜を農家自身でまかなえるように支援しています。手間のかかる規模で野菜作りを始めるのではなく、できるだけ手間をかけなくてすむ、規模の小さい菜園作りを農家に勧めています。またその菜園にはできるだけ多くの種類の野菜を植える様に勧めています(私たちはそれを「栄養菜園」と呼んでいます)。

2007年度は栄養菜園の研修を10村で行いました。研修には合計155名が参加し、現在は60世帯ほどの農家の方が栄養菜園に取り組んでいます。2008年度は60世帯の農家にフォローアップをしながら、さらなる普及・改善に取り組んでいます。
 技術学校に「建設許可状」が下りる
坂本 貴則
「建設許可状」を広げる
ソリンさん(左)と山アさん(右)
握手をする山アさんと
建設会社社長コントリューさん
関係者全員で集合写真。
左から3番目が篠原大使
「ハイ。許可がおりましたネ。これでもうダイジョブですね」。にこにこ顔でJVCの事務所に現れたソリンさん。2008年7月中旬に、ようやく、「建設許可状」が下りました。

2004年から続いた移転問題。いろんな方からの支援・協力のおかげで新校舎の建設が始まり、2007年の年末にはいろんな欠陥はあったものの、校舎自体はほぼ完成を迎えていました。

しかし、問題が1つありました。それは、「建設許可状」が下りていないこと。正確には一度は下りたのですが、その後校舎の設計を少し変えたため、設計書の再提出を行いましたが、その後の許可状が下りていませんでした。前代表である米倉さんが「建設許可状」の再認可を求めて、移転関係者や時には在カンボジア日本大使館に働きかけを行うなどしていましたが、それでもなかなか許可が下りませんでした。

2008年の7月末に行われる選挙が近くなるにつれ、選挙中はまず許可が下りないだろうし、選挙後も体勢が判明するまでは無理だろうから、許可が下りるのは早くて9月以降になるかなと日本人間では話をしていました。そんな矢先に突然、「許可状が下りた」との連絡を技術学校からもらいました。

許可状を見せてもらうと、中には複雑な設計図が描かれていました。私はてっきり許可状なんて紙切れ一枚だろうと思っていたので、「カンボジア、結構きちんとしている」と驚きました。確かにこれなら多少は時間がかかるだろうなと思いました(もちろん遅れたん他の要素はいろいろ別にあるかも知れませんが)。

とにかく許可が下りたので、建設会社からJVCへの引き渡しのための調印式を行うことになり、それが7月18日にありました。技術学校から、「日本の大使館にいろいろとお世話になったので篠原大使をお呼びしたい」とのリクエストがありました。お忙しい中わざわざ時間を空けるように計らって頂き、篠原大使にも調印式に出席して頂きました。

ようやく新校舎に移転することができました。

しばらくは新しい場所での経営ということで技術学校は大変になるかも知れませんが、技術学校の先生たちには頑張ってもらおうかと思います。
 新任のご挨拶
JVC東京 カンボジア事業担当 島村 昌浩
経理担当の武繁さん、川合さん(右/ラオス
事業担当)と現地事業関連の打ち合わせを
する島村さん。カンボジアへは、「行く」では
なく「帰る」??
はじめまして。この度、鈴木まりさんの後任として、カンボジア事業担当に就任いたしました島村昌浩(シマムラ マサヒロ)と申します。

カンボジアと私の関わりは、1990年代の中頃まで遡ることになります。国連カンボジア暫定機構(UNTAC)設立以前、私が抱いておりましたカンボジアへのイメージは、「アンコールワットがある国」、「いつの日か行ってみたい国」という一般的なものに過ぎませんでした。ところが、当時の選挙の準備段階において、国内でも数々のボランティアの活躍が報道されることとなり、人生をそうした活動に捧げている人々の存在に感銘を受けました。そうした背景の中で、自分自身もまたカンボジアを目指すようになっていきました。当時、高校時代からの友人がJVCに勤務していたこともあり、JVCも含んだインドシナに関連するNGO諸団体と親交が深かった旅行会社をその友人から紹介され、「開発援助」、「カンボジア」というキーワードの中で、それまで私が経験してきた「旅行」という手段を活かせる方法を探りたいという思いが当時の自分を駆り立て、迷うことなくこの世界へ飛びこんだのです。

カンボジア駐在2年間を含んだ、10年ほどの旅行会社勤務時代は、主にスタディ・ツアーのアレンジに携わって参りました。業務を通して、NGO活動の現場で働く人々は元より、そのドナーさんとの交流を通して、数々のことを勉強させていただきました。スタディ・ツアーのアレンジという業務を通し、支援をしたい人の希望に合うプロジェクトを探すこと、場合によってはローカルのNGOに新規のプロジェクト提案を打診するという作業も担当するようになり、側面からのサポートだけでなく、実際に開発援助に関わりたいという気持ちが自分の中で強くなっていきました。そんな時に「9.11」という大きな事件が起こり、皮肉なことに多忙な旅行業務から解放されるチャンスが訪れました。現在も十分とはいえないかもしれませんが、当時の私は、開発援助の世界で生きていくのに自分の力が足りないことを自覚しておりましたので、まずはカンボジア帰国後から計画だけに留まっていた開発分野での専門教育を受けることを選択いたしました。当初は、学業と仕事の両立という目標を持って望んだのですが、「9.11」の余波が引いていくと同時に、どちらも中途半端になっていく傾向が見られたことから、学業に専念することを決意し、その後はフィールドでの活動を求め青年海外協力隊への参加を決め、エチオピアに行って参りました。

2年間の協力隊活動を終えた後は、開発援助に関わる道を探り、医療系NGOにてプロジェクト調整の仕事を担当して参りました。自分にとってのカンボジアとJVCはある意味原点であり、原点回帰には更なる経験が必要と自分なりに判断したのです。若干遠回りをして参りましたが、この度やっと原点に戻ってくることができました。まだまだ私自身経験不足である事実は自覚しておりますが、現場での活動を円滑に進めるための環境作りに努力して参りますので、今後とも引き続き、皆様のご協力・ご指導の程お願い申し上げます。
(ニュースレター「ソック・サバーイ83号」より転載)
 鈴木さん、お疲れ様でした。
インタビュー カンボジアチーム 飯田 順
後任の島村さんとの引き継ぎの合間、
国連ボランティアとして滞在していた
当時のカンボジアでの話や、その後の
カンボジアとの関わりについて、語る
鈴木さん。今後も、直接?、間接?に
カンボジアには、何らかの形で関わり
続けるたいと語っていました。
地域の外国人支援や国際交流の仕事から、1993年のカンボジア総選挙に国連ボランティア(UNV)として1年間関わり、帰国後、カンボジア市民フォーラムにボランティアとして参加した鈴木さん。JVCには、1992年春、カンボジアへ最初に行く前に、東京でカンボジア担当をしていた清水さんを訪ねたのが最初だったと言う。その後、フィリピン滞在中も、UNV事務所での仕事やカンボジア人留学生たちとの交流を通じてカンボジアとの関わりが続き、帰国後は国際協力NGOセンター(JANIC)事務局を経て、2002年10月半ばからカンボジア担当となった。

実は初めは戸惑うことも多かったと言う。最初に農村プロジェクト地をカンボジア人コーディネーターと訪ねた時、何人かの農民、グループ活動のリーダーを訪ねたが、スタッフは村の人の名前と役割を紹介してくれるが、鈴木さんがどんな人でなぜ訪ねているか、逆に村の人に紹介することはなかった。「自分は何者か、なんで話を聞くのか」伝えなかったら先方に失礼ではと思い、名前と、JVC東京のスタッフであると自己紹介しながらも、村人たちとJVCスタッフとの間の関係、距離(ある意味近く、ある意味遠い)を感じて違和感があったそうだ。けれども、「NGOとして実際に『支援』を実施しながら、『対等』な立場で向き合い、関係を築くのは、言葉で表現するほど簡単なことではない。そういう厳しさの中で活動を続ける現場のスタッフたち、そしてその先にいる活動地の村人たちを見ながら試行錯誤してきた東京での活動だったように思う。様々なかたちで出会った皆に本当にお世話になりお礼の気持ちでいっぱいだ」、と話す。

先日G8・主要国首脳会議があったが、経済、社会、環境など各分野の課題に対して国際的なマクロレベルでの政策提言に関わる団体がある一方で、国際協力、環境、その他多くの団体は、課題解決を目指して、活動地での草の根レベルでの取り組みを続けている。だが、そうした地域で起きている問題の根本的な原因を探していくと、カンボジアのことであっても、日本のことであっても、全体的な問題、構造的なことが根っこにある。JVCのように、草の根のことと、全体的なことと両方の視点を持ち課題に取り組んでいる団体は少ないからこそ、大事な活動である。「いろんなご縁でカンボジアに出会い、JVCで活動し、今がある。これまでの縁を大事にして、これからも、居る場所で何らかのかたちで関わりを持ちたい」と鈴木さんは語る。カンボジアの人々を見続けてきたその目は、穏やかさの中にも、力強さに溢れている。
(ニュースレター「ソック・サバーイ83号」より転載)
発行  (特活)日本国際ボランティアセンター カンボジアチーム
     東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル6階
     TEL 03-3834-2388 FAX 03-3835-0519

ご意見・ご感想をお待ちしています。cambodia@team.email.ne.jp

バックナンバーはこちらをご覧ください。

Copyright (C) JVC Cambodia Volunteer Team. All Rights Reserved.
▲このページのTOPへ
お問い合せ
Copyright (C) JVC Cambodia Volunteer Team. All Rights Reserved.