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パレスチナ最新情報(2000年) No.7 
2003/2/12 更新
[現地スタッフ]

パレスチナ担当:佐藤真紀(さとうまき)

『No more War II』の初日が無事終了

2000/8

ベイト・ジブリン難民キャンプで『No more War II』が開催された。近所の難民の人たちを中心に、日本大使館、NGO関係者や、ちょうどスタデーツアーに訪れていたJVCの開発教育チームの日本なども訪れ、客席には110人を越える人が集まった。

初日は広島原爆投下記念日でもあり、最初に子どもたちが段ボールで作った原爆ドームにキャンドルを灯し戦争の犠牲者を追悼した。ちょうど日が落ちると、キャンドルに照らされてドームがくっきりと浮かびあがる。長老のアブ・アーティフさんが続いて、杖をもって壇上にあがると、パレスチナ難民の窮状を興奮気味に訴えた。大使館の中川書記官によると、「内容はちょっと通訳しにくいのですが、”日本を始めとした強い国が、難民問題でイスラエルに圧力をかけるべきである”といったことをおっしゃっていました」

パレスチナ難民の窮状を訴えるアブ・アーティフさん
パレスチナ難民の窮状を訴えるアブ・アーティフさん

続いて「20世紀の戦争」と題するビデオが上映。
『これは、トルーマン大統領の、「私たちは日本の戦争遂行能力を完全に奪いさるまで、この原爆を使用し続ける覚悟であります。」という原爆投下時のメッセージから始まり、南京、原爆投下、アウシュビッツ、朝鮮戦争、ベトナム戦争、レバノンの虐殺、コソボ問題などの写真が、ビートルズのレットイットビーをバックにめまぐるしく変わっていきます。最後はヘブロンで灯籠をもったパレスチナの子どもで終わります。パレスチナの人たちが自分達の惨事を歴史の中で客観的に位置づけて冷静な解決法を探って欲しいという願いで作りました。』制作者の佐藤氏。

続いてメルナさん(13歳)が丸木俊氏の「広島のピカ」をスライドをバックにアラビア語で朗読。日本から訪れた開発教育チームリーダーの江原宏美さんは「アラビア語が分からないのに、涙が出てきました。生前丸木俊さんが「私は死ぬまで描き続けなければならな
い。なぜならあの戦争を止められなかったのだから」と話されていたのを思い出しました。この言葉を私たちは忘れてはならないと思いました」

そしてメルナが朗読を終えると子どもたちが「イマジン」を合唱した。伴奏は進真純のキーボードと佐藤が木魚を叩いた。

「子どもたちは緊張していましたね。練習のときほどうまく行かなかった。でも子ども達の成し遂げたという自信に溢れた顔が素晴らしい。」(進)

「広島とシャティーラで起こったことから人間がこんなに残忍であり得るのが信じられない。私はいつの日か世界に武器がなくなり平和に満ちて生きていけることを願います。私たちはパレスチナと日本の人達が協力できて嬉しく思います。」(アンケートよりパレスチナ人)




 
 


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