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第8回:広報担当 大村真理子

2015年度広報インターン 渡辺 由香
2016年2月 3日 更新
小野山画伯の作品と。似てないよね?と言いながら真似してくれましたが、あれ?似てる...とご本人も爆笑でした。小野山画伯の作品と。似てないよね?と言いながら真似してくれましたが、あれ?似てる...とご本人も爆笑でした。

広報インターン渡辺です。
スタッフインタビュー、2016年一発目は、広報担当の大村真理子さんです。JVCの発信を担う大村さんは、職員になって2年目。どんなお話が聞けるのでしょうか...!

小さなころはバングラデシュ、シンガポールで過ごされたと聞きました。

父親の仕事の関係で1985年(当時2歳)からバングラデシュ、その後一度日本に帰国し、1992年から5年間、シンガポールで暮らしていました。バングラデシュはあまり記憶がないですが、母親に聞くと、停電がしょっちゅうで衛生状態も良くなく、電気を消して寝るとゴキブリが大量に発生して大変なことになるので、台所は停電時以外は電気が消せなかったそうです。食材も肉や魚は半年に一度バンコクに買い出しに出て、それを冷凍して少しずつ使っていたそう。色々苦労もあったようですが現地の方にとても親切にしてもらって、日本では見られない、真っ赤で大きな夕日を見てなんとかやっていたそうです。

お母様もパワフルですね(笑)シンガポールは小学生時代ですか?

タイプーサムというヒンドゥー教のお祭り。小学2年生の時、この姿を間近で見た時の衝撃は今でも覚えているそうタイプーサムというヒンドゥー教のお祭り。小学2年生の時、この姿を間近で見た時の衝撃は今でも覚えているそう

母の影響は大きいですね。日本が当たり前だと思わずに、お世話になっている国を主体に考え、文化を楽しんで生活することを母から学びました。(当時の話はここにも書かれています:『日本人は「外国人」?』

シンガポールでのことは良く覚えています。小2~小学校卒業まで過ごしました。大好きで、本帰国が決まった時には帰りたくなくてひたすら駄々をこねました(笑)さまざまな民族が暮らす国で、通っていた小学校の隣はモスク。そこでお祈りする人がいたり、商店街で大きなヒンドゥー教のお祭りが行われたり、日本のお正月の後にはチャイニーズニューイヤーがあったりと、ここで触れる文化のすべてが楽しく刺激的でした。

当時の経験は今につながっていますか?

間違いなく当時の経験は今の自分の基礎になっていると思います。
小学校はスクールバスで通っていたんですが、下校時刻になると、家の方面ごとに何台ものバスが学校に迎えにくるんですね。いつものようにバスに乗ろうとしたら、巨大オオトカゲがバスの列に紛れ込んで一緒に私たちを待っていて、大笑いしたことがありました。学校で飼っていたアヒルが4匹、目の前で見たこともない大きさのニシキヘビに丸飲みされていくのを、ただ見ているしかなかったことも。当時は「こんなこともあるんだなあ」くらいにしか考えていませんでしたが、いま思うと日本ではあまり経験ができないことだなと思います(笑)あと、子ども同士、言葉が通じなくても気にせず遊んでいたので、そういう意味でも良い経験でしたね。そのせいか未だに海外の方にも気にせず日本語で話しかけてしまう癖があるんですが・・・(笑)

その後、どのようなキャリアで今の仕事に就いたんですか?

当時の一枚。左が大村さん。カットの正確さとブロー技術、トータルの美しさを競うコンテストで全国大会に出場したそうです。なんとモデルさんは一目ぼれして道端でハンティングをしたそう!当時の一枚。左が大村さん。カットの正確さとブロー技術、トータルの美しさを競うコンテストで全国大会に出場したそうです。なんとモデルさんは一目ぼれして道端でハンティングをしたそう!

中学以降は日本で過ごし、海外への興味は常に持っていました。進路については色々と悩みましたが、世界中のどこに行っても自分の手とその土地の文化で生活していける仕事につきたいと考え、美容師になることにしました。高校卒業後は美容学校に進学し、ひたすら練習。成績優秀者に贈られる優秀賞を受賞して卒業しました。

卒業後は表参道で働きました。普段なかなか話すことのないような人たちと話ができて、刺激的な日々でした。ただ、めまぐるしく移り変わる資本主義のど真ん中で、お金の持つ意味を色々と考えるようになり、ほかの事情が重なったこともあって一度退職する道を選びました。今でも美容師の仕事は好きですが、お金を使わない生活、そして海外での生活に強い興味があったので、辞めた後はオーストラリアでファームステイをするつもりでした。

でもその後、会社員をされてますよね?

そうなんです(笑)行く前に最低限の生活費用を稼ごうと思ったのと、技術職じゃない普通の仕事ってどうなんだろう?と思って働いてみたら、意外と楽しくて。最後に勤めた企業には結局6年間いました。魅力的な上司がいて、この人と働くことは、将来の自分にとって意味があるぞ...と感じたのが大きいですね。転勤で北海道に住んだりもしていました。

どのようなことをしていたのですか?

コールセンターの部署でスーパーバイザーをしていました。一番大きなチームを見ていた時は約100人のアルバイトの方がいて、採用から自分で担当していました。クライアントから依頼された案件に対し適した方を採用し、応対マナーや営業方法、担当商品の研修や予算管理など、全体の運営を行っていました。
コールセンターって面白いんです。アルバイトの方には普段はメタルバンドのメンバーもいれば、夜はシェフで昼間にアルバイトをして自分の店の開店資金を集めている方、主婦の方など本当にさまざまな人がいて、みな仕事に対する考え方もバラバラ。このバラバラなものをどうマネジメントをすればうまくいくのか?考えて実行する楽しさがありましたね。数字がたりない月末は必死!(笑)全員が少しでも楽しく数字を追える企画を考えたりして、チーム全員で目標を追う毎日でした。アルバイトの方はほとんどが年上で経験豊富な方ばかりで、皆の前で弱音は吐けないし大変なこともありましたが、数字がピンチの時には皆が協力して助けてくれて、チームで働く楽しさをここで学びました。

どういう経緯でJVCに?

自分が担当していた案件が一区切りした夜、「今後、自分がやりたいことはなんだろう?」とふと考える時間がありました。もともと世界につながる仕事をしたいという考えはありながらも、日々報道される紛争のニュースなどを見ても何もしない自分もいて、そのギャップがどんどん大きくなっていました。あと、結局ファームステイもしてないなと(笑)なので、なんとなく「国際協力」というフレーズでネット検索をしたんです。そうしたらJVCがヒットして、ちょうどインターンを募集していることを知りました。「自分が知りたいことを学べるのはこれだ!」と感じ、さらにインターンの応募〆切がちょうど翌日だったので、そこからはとにかく突っ込んでいった感じですね(笑)

インターンの時に夏休みを利用してカンボジア事業地に行きました。ヤシの実を落とすパチンコに夢中ですが、操作のおぼつかなさに周りがおびえています...インターンの時に夏休みを利用してカンボジア事業地に行きました。ヤシの実を落とすパチンコに夢中ですが、操作のおぼつかなさに周りがおびえています...

ご縁があって、2013年度の広報インターンに採用になり、急に仕事を辞めるわけにもいかなかったので、その1年は週に2回インターン、週に3回を仕事、と両立した生活を始めました。これを許してくれた上司には今でも感謝です。インターンとして過ごす中で、NGOという仕事のおもしろさや課題を目の前で感じることができ、終わるころには「仕事にしたい」と思うようになっていました。インターンが終わるころにたまたま職員の募集があったので応募し、採用になりました。初年度は収益事業のカレンダーを担当し、その後、広報担当に異動して今が職員2年目です。

どこに課題を感じたんですか?

国際協力の世界って、なんとなくハードルが高いように感じていて。専門知識がないと参加してはいけない雰囲気があるように思いました。スタッフも面白い人がたくさんいるのに、この業界の中で完結していて、もったいないなと。もっと気軽に参加したり、経験豊富なスタッフの話を聞いて考える機会を作りたいと考えました。もちろん、やることによって専門知識は必要です。でもそれだけじゃなくて、ちょっと興味があって何か参加してみたいな、という人が飛び込みやすく、またやりがいや楽しさを感じる環境づくりが必要だと思いました。それは今でも意識していて、去年はソーシャルウェアブランドのJAMMINさんとのコラボや、鎌倉のカフェや雑貨屋さんとのコラボなどをやりました。かわいいものを買って、おいしいものを食べて、日常を楽しみながら寄付ができるのって素敵だし、今後もこういう機会はどんどん増やしていきたいですね。事業に関連する映画をみんなで見る「映画部」も立ち上げたいなと思っています。

とても興味深いキャリアや想いをありがとうございました!ここからはちょっと違った質問を。学生時代はどのような学生でしたか?

撮りためた写真を大きく引き伸ばして展示中の大村さん。校舎で写真展をした時の様子撮りためた写真を大きく引き伸ばして展示中の大村さん。校舎で写真展をした時の様子

専門学校時代はさきほど話したとおりです。高校時代は、毎日写真を撮っていました(笑)父から譲り受けた一眼レフを欠かさず首から下げて、「青春は今しかないから」とかわけのわからないことを言って(笑)日々の生活を撮りためていました。高校生活のすべてを残したかった。廃部だった写真部を復活させて部長をやっていました。

当時自主制作した高校生活をまとめた写真集「輝け!青春」。タイトルが恥ずかしいよね...とのこと当時自主制作した高校生活をまとめた写真集「輝け!青春」。タイトルが恥ずかしいよね...とのこと
全24ページの力作です全24ページの力作です

高校時代からパワフルさは健在なんですね。では最後に、いまいちばん興味のあることを教えてください。

仕事じゃなくてもいいんですよね?それなら、→Pia-no-jaC← さん。何気なく行った音楽フェスでステージを見て、釘付けに!歌はなくて、ピアノと、カホンという打楽器のみのバンドです。はじめは演奏に惹かれたんですけど、家に帰って調べてみたら、ポリシーにも非常に共感する部分があって。彼らのインタビューに、「歌詞がないから、メロディとリズムだけでどこにでも行ける。国境を超えて、世界を音楽でつなぐ」というようなことが書いてあったんです。その考え方が素敵だな、と思ってさらに好きになりました。

ポルトガル・ミーニュ地方の「恋人たちのハンカチ」が大好きだそうポルトガル・ミーニュ地方の「恋人たちのハンカチ」が大好きだそう

あとは刺繍。いつも見て楽しむだけだったけど、2016年はひとつ、自分の作品を完成させたい!

今日はありがとうございました。本当に最後に、座右の銘があれば教えてください。

「誰にも批判されない企画は、誰の行動も変えない企画だ」という言葉。以前登壇させてもらったCREATORS AMIGOというイベントで一緒だったコピーライターの長谷川さんの言葉です。本当にそのとおりだな、と。こういう気持ちは忘れないようにしていきたいですね。

【感想】

広報インターンである私は、大村さんと一緒に作業をすることも多いです。インタビューを通して、改めて、なぜいつもパワフルに行動できるのか、考え方や人となりを知ることができました。目標に向けてまっすぐ進む大村さんは、私にとって働く上での指針となるくらい、輝いています。何事にもひたむきに向き合う姿は、どんな人の心も動かすものであると思います。(渡辺)

【次回予告】

大村さん作、次の方の似顔絵。シンプルながら、特徴をつかんだ一作となっています大村さん作、次の方の似顔絵。シンプルながら、特徴をつかんだ一作となっています

次回は大村さんが「色々イケメン」とおっしゃるあの方にインタビュー!スタッフインタビューももう後半戦。引き続きお楽しみに!

■大村が担当する『TiQNoKoプロジェクト』はこちらから
(TiQNoKoプロジェクトとは)

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2016年7月25日 更新最終回:2015年度広報インターン 
清水春香/渡邊由香
2016年7月21日 更新第19回:経理担当 中原和江
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2016年5月 9日 更新第17回:南相馬事業担当 白川徹
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