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2013年1月13日

カドグリ事務所の頼もしい裏方さん

JVCスーダン現地代表 今井 高樹
2013年1月15日 更新

「そうだ、ちょうど今、ハスナが事務所の掃除に来ているよ。話をしてみるかい」

私が駐在しているのは首都のハルツーム。今日も業務のため600キロ離れたカドグリ事務所に電話をかけていると、いきなり受話器の向こうのスタッフがそう尋ねてきました。答える間もなく、ハスナさんのしゃがれた声が受話器から聞こえてきました。アラビア語で何か言っています。

「ハスナさん、お元気ですか?」
「あいよ。元気だよ」

ハスナさんと直接に話すのは、本当に久し振りです。私がカドグリから退避する前、一昨年の6月以来でしょうか。

*  *  *  *

2011年3月に行ったJVCカドグリ事務所のオープニングセレモニー。ハスナさんは招待客のお茶の準備をしているので、ここには写っていない。2011年3月に行ったJVCカドグリ事務所のオープニングセレモニー。ハスナさんは招待客のお茶の準備をしているので、ここには写っていない。

考えてみれば、2年前にJVCカドグリ事務所がオープンして以来、紛争の勃発と事務所の一時閉鎖があったために、駐在スタッフや警備員、運転手さんの顔ぶれはすっかり入れ替わってしまいました。

しかし、たったひとりオープン以来変わらないのがハスナさんです。事務所のオープニングセレモニーの日には裏方として、招待客である州政府や国連、NGO関係者のお茶の準備をしてくれました。

その後、毎週2回、事務所と敷地内の掃除をするため、町はずれの丘の麓の家から事務所に通ってきてくれます。彼女の子どもたちはすっかり大人になっていますが、まだまだ家計を助けるためにハスナさんが外に出て働いているようです。

紛争が始まる前、JVC事務所と同じ敷地内の住居には国連職員が住んでいました。ハスナさんはその衣類の洗濯も請け負っていました。

2011年6月に紛争が勃発しカドグリで市街戦が始まる前日のことを、私はよく覚えています。政府軍と反政府軍との緊張が高まる中、夕方になって国連職員に対して市郊外の国連施設へと退避するように指示が出ました。私自身も、いつでも緊急退避できるように準備を整え、暗くなる前に急いで事務所から住居へと戻ろうとしていました。

すると、庭ではまだハスナさんが働いていました。国連職員の衣類にアイロンをかけていたのです。衣類の持ち主は退避してしまったのに、ハスナさんは恐らくそのことも知らず、黙々とアイロンをかけ続けていました。

紛争前にハスナさんの姿を見たのはそれが最後になりました。その翌日には激しい市街戦が始まり、ハスナさんがアイロンをかけた衣類の持ち主は、結局戻ることはありませんでした。

市街戦の最中、銃撃戦や兵士による家屋の探索が続くカドグリから、ハスナさんは家族と一緒に脱出。家を追われた何千もの人々と一緒に郊外の広場に逃れて数日間を過ごした後、トラックの荷台に乗ってハルツームにたどり着き親戚宅に身を寄せました。市内を脱出する時に何があったのか、家族も多くを語ろうとせず、間接的に話を聞いた私には分かりません。しかしハッキリしているのは、ハルツームに避難してきたハスナさんの精神状態が普通ではなく、市街戦の前後の記憶をすっかり失っていたことでした。

慌てた家族はハスナさんを病院に連れていきました。カウンセリングをした医師のアドバイスは「強い恐怖によるショックで記憶を失くしてしまったようだ。とにかく休養が必要。悪い記憶がよみがえるから、カドグリへは戻らない方がよい」というものでした。 しかしハスナさんは言うことを聞きません。

「自分はカドグリで生まれ育った。ほかに戻る場所はない」
しばらく休養を取って落ち着いた後、親戚が止めるのをよそに4ヶ月後にはカドグリに戻ってしまいました。

ちょうど同じ頃、2011年11月、一時的に閉鎖していたJVCカドグリ事務所が再度オープン。ハスナさんは再び事務所や敷地内の掃除をしてくれるようになりました。幸いなことに、医師が心配していたような精神障害の再発は起きていません。

2012年9月のヤギ飼育法研修。ハスナさんが用意した昼食を楽しむ参加者。ハスナさんが写っている写真を探してみたが、見当たらなかった。2012年9月のヤギ飼育法研修。ハスナさんが用意した昼食を楽しむ参加者。ハスナさんが写っている写真を探してみたが、見当たらなかった。

2012年9月、JVCは避難民へのヤギ配布に先立ち、飼育法の研修会を行いました。会場はJVC事務所。研修参加者の昼食の準備は、すっかり元気になったハスナさんが担当しました。予算は限られていましたが、牛肉の炒め物、豆の煮込み、レンズ豆のスープなどの昼食は大好評でした。

11月、カドグリを襲った砲撃は、ハスナさんが住む丘の麓の一角にも飛んできました。近所の家一軒がまるごと破壊され、住民の一家は無残にも亡くなってしまいました。

「これ以上危ない目にあったら、また病気がぶり返すのではないか」とハスナさんの親戚は心配しています。転居を進めてくれる人もいます。

「そうだね。ここは住み慣れた場所だけど、もう住めないかもしれないね」
ハスナさん本人も、カドグリ郊外のもっと安全そうな場所に引っ越すかも知れない、と言っていました。

*  *  *  *

せっかく電話を通じてハスナさんと久しぶりに話しているというのに、挨拶に毛が生えた程度の私のアラビア語では会話が前に進みません。

「ありがとう、ありがとう」
ハスナさんがそう繰り返すと、電話が切れてしまいました。

こんな尋常でない時期にJVC事務所で働いてもらって、「ありがとう」と言いたいのはこちらです。
ハスナさん、これからもよろしくお願いします。

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