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| 期間 |
2001年10月〜2001年12月 |
活動分野 |
緊急救援 |
| 地域・対象 |
ナンガルハル州ジャララバード近郊およびラグマン州南部の村に住む人々と国内避難民 |
| 関連団体 |
アフガニスタンのNGO・オマール(OMAR:Organization
for Mine clearance and Afghan Rehabilitation) |
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背景
20年以上にわたる内戦や3年続きの旱魃により、アフガニスタンでは多くの人々が避難生活を余儀なくされ、2000年9月時点で、パキスタンやイランなどの周辺諸国へ難民となって逃れた人の数はおよそ370万人、国内で避難生活を送る人の数は推定100万人に上っていました。また、村には留まっているものの、田畑が全滅し食糧が手に入らない人が450万人おり、国内避難民と合わせて550万人が援助機関の配給する小麦でなんとか生き延びている状態でした。
その後の米英軍によるアフガニスタン空爆によってさらに100万人を越える人々が難民、国内避難民となり、厳しい環境での生活を強いられました。特に、国境を越えられず国内に残された避難民は、国内避難民キャンプや、親戚や知人のいる村落部に避難していましたが、空爆前に援助機関の職員がアフガニスタンから撤退したため、人道支援も届かない状態でした。そのような状況は、国内避難民を受け入れた村落部に住む住民の生活も圧迫していました。最悪の場合何百万もの人が冬を越せずに命を落とすのではないかと危惧されていたのです。
活動概要
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| ■配給された食糧を持ちかえる村人 |
米英軍の空爆開始直後にパキスタンのペシャワールで調査をした結果、着の身着のまま避難してきた人々が深刻な食糧不足に直面していることがわかりました。また、食糧不足のため体力が低下し、感染症を始め様々な病気が流行する恐れもありました。そこでJVCは、アフガニスタンのNGO・OMARと協力して、村落部に避難した国内避難民と、その避難民を受け入れた住民を対象に、食糧配給と医薬品の提供を行いました。また、厳しい寒さの中、粗末なテントで避難生活を余儀なくされているヒサルシャヒ国内避難民キャンプの人々に毛布を配布しました。
結果
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| ■巡回診療で医薬品を受け取る村の女性 |
本格的な冬が来る前に、アフガニスタンの国内に留まらざるを得なかった人々に、食糧、医薬品、毛布など、必要とされている支援が届けられた意義は大きいと考えています。その後、情勢がある程度落ち着いてくる中で、生活は依然として困難ではあるけれど、何らかの生業によって自助努力している人々が多いことがわかりました。そこで、引き続き食糧配給などを続けることは援助への依存を生むのではないかと判断し、2001年12月で緊急支援を終了しました。
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