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アフガニスタンからサラーム♪の記事一覧

【アフガニスタンからサラーム♪】
第13回 医薬品・資材調達担当
サイード サファラガーさん

2016年度アフガニスタン事業インターン 戸澤 典子
2016年11月17日 更新
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今回ご紹介するのは、医療資材調達を担当しているサイード・サファルガーさんです。4人のお子さんを持つお父さんで、2007年からJVCで働いています。ソ連のアフガニスタン侵攻によって、生後40日あまりでパキスタンで難民となったサファラガーさん。小学校4年のアフガニスタン帰国まで、またアフガニスタンに戻ってからの人生をインタビューしました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第12回 ドライバー
 ハジ・ザムリ・ザマヌッラーさん

2016年度アフガニスタン事業インターン 戸澤 典子
2016年8月23日 更新
ドライバーのザマヌッラーさん。物静かで穏やかな性格です。ドライバーのザマヌッラーさん。物静かで穏やかな性格です。

今回ご紹介するのはJVC診療所のドライバー、ハジ・ザムリ・ザマヌッラーさんです。ザマヌッラーさんはソ連とムジャヒディーン(聖戦に携るイスラム・ゲリラ戦士部隊の意。 当時のアフガニスタンではソ連占領に反対する反ソ連戦士部隊)間の紛争中、ホギャニ・メムラ州で生まれました。紛争によって日々状況が悪化する中、ザマヌッラーさん一家は隣国パキスタンで難民となります。このときザマヌッラーさんは2歳でした。その後23年間という長い難民生活の経験をしたザマヌッラーさんがどのような人生を送られてきたかインタビューをしました。

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今回ご紹介するのは、医師のアブドゥル・ワハーブです。JVC診療所があるナンガルハル県、ロダック郡にある村で生まれ、今年42歳になります。 2006年からJVC診療所地域保健員の指導員として勤め始め、今ではシニア地域活動スーパーバイザーとして働いています。ワハーブさんがこれまでどのような人生を送られてきたのかインタビューしました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第10回 警備員 アブドゥル・ラジークさん

2015年度アフガニスタン事業インターン 竹村 謙一
2016年2月25日 更新
ワイルドさが魅力のアブドゥル・ラジークさんワイルドさが魅力のアブドゥル・ラジークさん

私の半生

私はJVCの事業地があるナンガルハル県の隣のラグマーン県で生まれました。私が育った村はとても平和で、それはのどかなものでした。しかし私が3年生の時にソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、戦争と暴力の時代が始まります。多くの人はパキスタンやイランへ避難しましたが、私は村にとどまり、10年生まで学校に通いました。しかし最終学年(12年生)まで学校に通うことはできず、カーブルの軍事学校に入りました。そこで半年間、軍事訓練と教育を受け、ジャララバード近郊の大隊に配属になりました。4年間の配属中には幾度もカーブルで軍事訓練がありました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第九回 運転手 シャー・ムハンマドさん

2015年度アフガニスタン事業インターン 竹村 謙一
2015年12月 2日 更新
真剣なまなざしで仕事に出発!真剣なまなざしで仕事に出発!

(アフガニスタンからサラーム、今回は第六回のナビ・ジャンさんに続き二人目の運転手シャー・ムハンマドさんを紹介します。多くの日本人が経験したことのないような過酷な時代を生きてきたシャー・ムハンマドさん、そのことばには重みがあります。現地から届いた英語の原文を訳しながら、わたしたち東京事務所スタッフも心を動かされました。)

つらかった子ども時代

私はナンガルハル県のザルショエ村カマ地区で生まれました。公務員をしていた父は私が3歳の時に亡くなり、一番上の兄が家族を支えるようになりました。私が3年生の時、ソ連がアフガニスタンに侵攻するという噂が流れ、人々はパキスタンに避難をはじめました。ソ連に対するジハード(聖戦)がはじまり、標的は政府関係者にも向かいました。公務員だった兄もムジャヒディン[注]から仕事をやめるようにと警告を受けるようになりました。

私はムジャヒディンが家にやってきて入り口のドアをノックした夜のことを忘れることができません。母はそれがムジャヒディンだとわかっていたので、子どもたちを起こし、藁の下に隠れさせました。そして決して泣いたりしないようにと言い聞かせました。もし声を聞かれたら殺されると。しかし母が私たちを藁の下に隠したとき、一匹のさそりが私を噛みました。私は叫びたい気持ちを必死でこらえ、痛みをがまんしました。ムジャヒディンは爆弾でドアを壊して家に侵入し、家財道具をすべて持って行ってしまいました。この事件のあと私たちはジャララバードに移りましたが、移動の途中で私は誤って川に落ちてしまったのです。3日後に家族が病院にいる私を見つけたということです。

やがて上の兄はバティコート地区で仕事を見つけ、下の兄は軍隊に勤めはじめ、私が13才で家族を支えるようになりました。ある日、私はバティコート地区に兄を訪ねるためバスに乗りました。40人くらい乗客が乗っていましたが、途中の道にしかけられた爆弾が爆発、30人が死亡、他の乗客も負傷しました。幸い私は無事でした。

[注]ムジャヒディンは、イスラム世界へ侵略する勢力に対抗してジハード(聖戦)を遂行する組織。「イスラム聖戦士」とも訳されます。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第八回 教育担当、アジマルさん

2015年度アフガニスタン事業インターン 竹村 謙一
2015年10月 7日 更新
ポーズを取るアジマルさんポーズを取るアジマルさん

私は29才、ジャララバードで生まれました。私の家は、祖父・祖母・伯父・叔母などと暮らす大家族でした。父は兵士です。私が7年生から12年生※注(1)の頃はタリバン政権の時代でした。生徒たちはターバン姿の制服を着ていました。先生は厳しく、少しでも怠けたり欠席したりすると体罰を受けました。授業は整備されておらず、学校によって大きな差があったようです。それでも男の子は学校に行けるだけましでした。女の子は学校に行くことが禁じられていたのです。その頃、父は無職で家にいました。家で父から多くのことを学びました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第七回 門番チーフ、デラワールさん

2015年度アフガニスタン事業インターン 竹村 謙一
2015年7月 8日 更新
デラワールさんデラワールさん

(今回紹介するのは、現地でも最も勤務歴が長いスタッフの一人、門番のデラワールさんです。)

私は43才、ナンガルハル県ホギャニ地区※注(1)で生まれました。ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したのは私が6才の時でした。私たち家族は近くのスピンガル山地に逃げました。家もテントもなかったので、私たちは大きな木の下で6ヶ月間暮らしました。やがて戦闘が激しくなってきたため、私たちはパキスタンに逃げることに決め、三日間歩いてようやくサダ地区にたどり着きました。後にはペシャワールのホギャニ難民キャンプに移りました。10日間くらいは屋外で過ごしましたが、その後はテントと食料の支援を受けました。その後10年間ほど難民学校に通いました。

やがてアフガニスタンからソ連が撤退したので、私たちは国に戻り、ナンガルハル高校に通うようになりました。高校卒業後は経済事情が苦しかったためにそれ以上の教育に進めず、また家庭の事情から、再びパキスタンに移住し、16年間、様々な町で店員や警備員などいろいろな仕事をしました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第六回 運転手、ナビ・ジャンさん

2015年度アフガニスタン事業インターン 竹村 謙一
2015年5月20日 更新
ベテランのドライバーです!ベテランのドライバーです!

(今回紹介するのは、ジャララバード事務所で運転手をしているナビ・ジャン・ムリアカールさんです。趣味はクリケットとレスリングというナビ・ジャンさんに、これまでの人生について語っていただきました)

私は現在57才、ジャララバードの生まれです。父も運転手をしており、私は小さい頃からその手伝いをして、やがて運転手になりました。24才で結婚、4人の娘と4人の息子がいます。そのうち4人はすでに結婚し家族を持っており、最近ももう一人、息子が婚約しました。

【アフガニスタンからサラーム♪】
第五回 庭師、カン・ミルさん

2014年度 アフガニスタン事業インターン 佐藤 久実
2015年2月26日 更新

アッサラーム・アレイコム!

庭師のカン・ミルさん庭師のカン・ミルさん

今回紹介するのは、「庭師」として診療所と簡易診療所の庭の整備や管理を行っているカン・ミルさんです。現在推定55歳(正確な記録がないため)で、アフガニスタンの長い紛争を経験してきたカン・ミルさん、どのような人生を送ってきたのでしょうか?そしてJVCでどのような仕事をしているのでしょうか?

彼はJVCの事業地であるゴレーク村の農家に生まれましたが、早くに両親を亡くし、子どものころから牛飼いの仕事をしていたそうです。そして13歳の時には結婚し(相手の女性は9歳)、2人目の子どもが生まれたころにアフガニスタン内戦が始まり、家族と共にパキスタンの難民キャンプに逃れました。

最初はキャンプ内で日雇いの仕事をしていましたが、ある日難民キャンプ内の事務所の庭師の仕事を紹介され、そこで11年ほど庭師を勤めたということです。これがカン・ミルさんにとって庭師としての最初の仕事でした。その後もパキスタンのペシャワールにあるホテルで15年庭師をし、2009年にアフガニスタンに帰国、JVCで庭師として働くに至りました。学校には行ったことがなく読み書きは出来ないとのことですが、庭師としてのキャリアは32年にもなるのです!

【アフガニスタンからサラーム♪】
第四回 事業地・ナンガルハル県

2014年度 アフガニスタン事業インターン 佐藤 久実
2014年10月16日 更新

サラーム!

今回は、現地スタッフの話に基づき、JVCアフガニスタンの事業地であるナンガルハル県について紹介いたします。

緑豊かなナンガルハル県緑豊かなナンガルハル県

ナンガルハル県はアフガニスタンの東部に位置しており、パキスタンと国境を接しています。JVCアフガニスタン事務所のあるジャララバードはナンガルハル県の県都で、古くからカブールとパキスタンのペシャワール、さらにインド方面へと続く交易ルートに位置しています。

ナンガルハル県はアフガニスタンの東部に位置してますナンガルハル県は東部に位置してます

アフガニスタンの食料庫

ナンガルハルに住む人々の多くは農業や家畜によって生計を立てていましたが、戦争により大きな打撃を受けてしまいました。また、干ばつや洪水といった自然災害にも見舞われる土地で、ここ最近も洪水により農業や家畜、灌漑設備などが被害を受けるなど大きな爪痕を残しました。

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