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新代表理事 谷山 博史
時代をどう見るか
今、NGOはとても厳しい状況におかれています。NGOの立ち位置が見えにくくなっているのです。それは一言で言ってしまうと、民営化(Privatization)と基準化(Standardization)という二つの、しかし相互に補完し合うルールが世界の隅々を覆うようになっているからです。これは「経済のグローバリゼーション」の一つの帰結です。
経済活動のみならず社会事業さえもが民営化され、しかも厳しい国際スタンダードが課されます。NGOは国際スタンダードのもとで民(ここでは民間企業という意味ですが)と競争するという不思議な現象が起こっています。「国際スタンダード」を直接管理するのは国ですが、元締めはアメリカです。つまり、アメリカ―各国政府―民間・NGOという支配の系列化の中にNGOが取り込まれていく流れがあるといえます。
同時に社会の様々な領域の軍事化が進んでいます。ここでの「軍事化」とは、教育、情報、福祉など様々な経済・社会活動が軍事的目的に利用される体制になることを言いますが、その中で国際協力の活動までが軍に協力せざるを得ない状況が作られつつあります。
「軍事化」は政治権力の持つ体質とも言うべきもので、いつの時代、どこの国にも見られる現象です。しかし「民主的な社会」にあっては市民的な抵抗としての市民運動や市民の政治参加の結果としての制度化によってこの権力の膨張に足枷をはめることができていました。しかし権力に足枷をはめるどころか、いつの間にか市民活動の方が足枷をはめられてしまいました。
アフガンから見る世界
私はJVCに入ってからの二十年、海外現場の駐在と東京勤務をほぼ等分に行ったり来たりしてきました。最後の現場はアフガニスタンで、四年と二ヵ月の滞在になります。アフガニスタンの現状は、先に述べた世界の趨勢を象徴的に語っています。そしてアフガニスタンから見る日本の現状もまるで写し絵のように似通って見えます。
アフガン政府は、まだ力が弱いとはいえ、いえ力が弱いからこそ、復興・開発事業のあらゆる場面でNGOにガイドラインを課そうとしています。このガイドラインは皆アメリカを始めとする援助国や世銀などから来ているアドバイザーが作ったものです。アフガン政府はこの「国際ガイドライン」を振りかざしてNGOを管理します。保健、農村開発、給水、教育といった分野でこの傾向は著しい。NGOをガイドラインで管理し民間会社と競争させます。復興・開発事業を入札と委託という形式で統制しようとする流れにあるのです。
また、NGOは無駄が多く不効率であるというNGO批判の世論を背景に(というより世論を煽り立てて)、NGOに流れていた国際援助資金を国家財政への直接支援に変えさせようとしています。活動現場に深く根をおろし、よほど住民との信頼関係を築いていなければ、またアフガン政府の課するガイドラインに対して批判的な精神を持って現場の実情に処していなければ、NGOは単なる下請けになりさがってしまいます。
アフガン政府にがんじがらめにされ、アフガニスタンの人々の批判の矢面に立たされて、アフガニスタンで活動するNGOは今アイデンティティ喪失の危機的に立たされています。「NGOとは一体何なのか、誰の意思を代表して活動するのか、NGOの原則である中立性は本当に実現可能なのか」という問いかけがなされているのです。
さらに深刻なのは、対テロ戦争の現状です。対テロ戦争はアフガニスタンで始められました。「テロリスト」を匿ったタリバン政権を倒し、自由と民主主義を確立するための戦争だとされました。
しかし現在、タリバンの攻勢は益々激しさを増し、地方ではタリバンが実効支配する地域が序々に広がっています。南部や南東部の地域では、タリバン掃討作戦を行なうアメリカ主導の連合軍のみならず、国連決議下で治安面での復興支援のために派遣されたはずのISAF(国際治安支援部隊)までが住民を敵にまわしてしまって苦戦しています。このような状況下で、治安が悪いことを理由に軍が復興支援を行なう仕組みが導入され(PRT=Provincial
Reconstruction Team)、NGOさえが軍と一体となって活動するケースが増えてきています。
時代とNGOをどうつなぐか
「今という時代はどこが狂ってしまっているのか」という問いかけと、「NGOとは何なのか」という問いかけとは表裏一体のものです。この問いかけの先にしか今という時代におけるNGOの役割は見えてきません。そして私たちの信じる未来の希望も。
経済のグローバリゼーションと軍事化という時代の趨勢に共通する特徴は、「強者の押し付け」という言葉で表せると思います。民営化や国際スタンダードに関して言えば、国による規制や指導による押し付けが撤廃されるという意味では自由化という側面も伴っていますが、市民や小事業者にとっては国よりさらに大きな力による押し付けにさらされることを意味します。
アフガンの人たちはどうでしょうか。地方の現場から見ていると、国際援助機関が復興の名の下に導入しようとしている価値観と現地の人たちの価値観との間に微妙なずれがあり、これが欧米の押し付けと映ります。そして復興と戦争が同時に行なわれているために、欧米の価値観が武力によって押し付けられているとさえ見られるのです。
JVCは海外の現場と日本の双方において、多様な価値観が共生できる社会を目指して活動してきました。そして地域の自然環境と文化の総体としての風土に根ざした地域づくりを標榜してきました。自然農業に関わるときは、イデオロギーとしてではなく、近代農業の効率主義や自然破壊に抗して土地の風土と生活を守って生きようとする人々の武器ととらえてきました。緊急支援と復興支援においては、単にサービスを提供するものとしてではなく、紛争や災害の原因を見据えながら復興過程における住民の尊厳と主体性を励ますことに力点をおいてきました。これらは例に過ぎませんが、すべての活動においてこの基本スタンスは変わらなかったと思います。
この基本スタンスは今後のJVCの活動にとって益々重要なものになってくるでしょう。世界と日本の現実は、人々が多様な価値観のもとに地域の風土に根ざして生きていくことを益々難しくしていくからです。NGO、特にJVCにとって重要なことは、活動を通して地域の人たちがいきいきと生きるオルタナティブ(=代替)の事例を積み上げ、そして広範なネットワークを通してオルタナティブな活動を目指す人々の運動をつなぎ、力ある声として社会と政策に提示することです。
JVCはこの課題を実現するに足る次の三つの特徴を持っています。
@海外現場での支援活動と同時にアドボカシーにも力を入れている
A海外の住民運動と日本の住民運動をつなぐことに力を入れている
BJVC自身が組織としてネットワーク性を強く持っている(JVCは組織の運営がネットワーク的であると同時に、次々に外にネットワークを作って行くという性格を持っている)
現場と政策をつなぐ、住民運動をつなぐ、NGOをつなぐという三つのネットワーク性がJVCの最大の特徴であり、強みです。私はこの危機の時代にJVCの持っている資源を最大限に生かして外に打って出ることが代表として最も求められることだと思っています。
会報誌「T&E」No.256より抜粋
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