
2005年10月18日 日本国際ボランティアセンター(JVC)
・
10月8日にパキスタンで発生した大地震に対し、JVCは甚大な被害を受けたパキスタン国内とインド・カシミール地方において緊急支援を開始しました。現在スタッフ2名がパキスタン、インドにて現地NGOとの連携のもと支援活動を行なっています。
パキスタンでは地元NGO「SPADO」と連携し、特にニーズの高いビニールシート・毛布等、300家族分(約2000人分)の配布を開始しました。
またインドでは風雨が強く仮設住居のニーズが高いため、仮設住居建設用の資材を60〜70基分支援しています。
パキスタン支援状況(10月17日現在)
JVC事務局長 清水俊弘が14日から現地入りし、地元NGO「SPADO」と連携して被害の大きいマンセラ郡バラコットにてシートや毛布の配布を行なっています。家屋の倒壊と寒い季節の到来時期が重なったことで、雨露をしのぐテントのニーズが圧倒的に高まっています。
支援内容:簡易テントとなるシート・敷物・毛布のセットを約300家族分(約2000人分)
|
<1家族のセット>
|
テント用防水シート
敷物(プラスチックシート)とロープ
毛布(大き目) |
約15ドル
約3.5ドル
約20ドル |
|
1家族分合計
|
約38.5ドル(約4,500円) |
|
現地レポート
JVC事務局長 清水俊弘
被害状況
8日に起きた地震から1週間経った。連邦救援評議会(Federal Relief Commissioner)のファルーク長官の発表では死亡者の数は現時点で39,422人。負傷者は65,000人に達したという。しかし、この数は、依然として瓦礫に埋まっている人々の数が最終的にわかったときさらに膨れ上がることは間違いない。
被災地は、カシミール地方との境界に近いムザファラバードを中心に、ラワルコット、バー、ガリハビブラ、バトグラム、シャングラ、マンセラ、アボタバードなどの市街地と周辺の山間部に広く分布する。各地の人口規模と想定被災人口は以下の通り;
|
地名
|
人口
|
想定される被害者数
|
| AJK BAGH |
455,432人
|
364,346人
|
| AJK MUZAFFARABAD |
911,085人
|
819,977人
|
| AJK POONCH |
463,510人
|
271,819人
|
| NWFP BATGRAM |
341,031人
|
204,619人
|
| NWFP SHANGLA |
748,962人
|
272,172人
|
| NWFP ABOTTABAD |
999,178人
|
199,836人
|
| NWFP MANSERA |
1,361,032人
|
601,589人
|
|
合 計
|
5,075,610人
|
2,734,356人
|
|
※AJK:アザド・ジャンムー・カシミール地方、NWFP:北西辺境州
この中でもマンセラ郡にあり、風光明媚な山間部への観光の中継拠点であるバラコット地区は壊滅的な打撃を受けた。バラコット地区の人口253,390人の90%にあたる228,051人が被害にあったといわれている。
被災地の様子
標高の高いパキスタン北部は、日中、日差しのあるときはまだ暖かいが、朝晩の冷え込みは厳しくなっている。山間部の深夜の気温は5度を割っていると思われる。多くの人々が家屋を失っているため、頻繁に降る雨と、強い風に打たれ、体力の消耗も激しい。
 |
|
■ムザファラバード
|
これに対して多くの救援組織が、テントの調達を急いでいるが、その必要数の多さにイスラマバード、カラチなどの大都市でも間に合わず、パキスタン国外のトルコ、そしてアフガニスタンなどからの輸入も検討されている。また、それに輪をかけるように天候の悪さにより、僻地への肝心な配布手段であるヘリコプターの飛行が制限されることも多く、今現在も多くの人々が壊れかけた瓦礫の下、あるいはまったく野ざらしの状態で身を寄せ合っている。
屋根のない野ざらしの生活に
 |
|
■シャイード・イクバルさん
|
麓の配給所で会った、ムザファラバード山間部のバンディジャマダラ村に住むシャイード・イクバルさん(30歳男性)は、この地震で二人の兄弟を失った。家も倒壊し、今も屋根のない野ざらしの生活をしているという。この村でも学校を始めほとんどの建物が崩壊したため、すべてが救援待ちの状態だ。しかし、土砂崩れで道路も封鎖されており、陸路での救援が滞っているうえ、ヘリも飛んでこない。しかたなく、20Kmの道のりをあるいてふもとの配給所まで物資をもらいに来た。とにかく、雨をしのげるテントがほしいという。
寒さの中、夜をしのぐ
 |
| ■街のほとんどが壊滅状態となったバラコット |
街のほとんどが壊滅状態となったバラコットで、野宿をしていたアブドゥル・ラティフさん(35歳男性)は、今回の地震でつれあいを失い、二人の子供と両親、そして妹をつれて山間部から街に降りてきた。彼も前述のシャイードさん同様、山間部ではいくら待てども救援物資が届かず、このままでは皆死んでしまうと思い、下の街まで降りてきた。しかし、街にも何も残っておらず、殺到する人々の間で配給物資を取り合う力も出ないという。
 |
|
■寒さの中、夜をしのぐ
|
一昨日、小麦を少しもらったが、今朝の雨で濡れてしまった。とにかく、雨をしのぐものがほしいし、食べる物も欲しい。朝から何も食べていないと、薪の上にかけてある鍋を棒切れでかき回す。中には川から汲んだ水が入っていた。
求められるテント
とにかく、家屋の倒壊と寒い季節の到来時期が重なったことで、まずは雨露をしのぐテントのニーズが圧倒的に高い。古着などは多くが道端に捨てられていた。しかし、前述のようにテントの調達が困難で、どの団体も発注はしたものの入荷待ちの状態だ。その間も雨は降り、風も吹く。
もうひとつの問題は、配給の手順だ。難しいのは、対象があまりにも多いので配給の優先順位や中身の選別をすることができないことだ。昨日も配給物資を積んだトラックに人々が殺到し、もみくちゃになっているシーンをいくつも目撃した。
また、アブドゥルさんのように争奪戦に参加する気力も残ってない人も多いのは確かだ。こういう人々には、必要であるにも関わらず、いつになっても援助の手は届かない。
とにかく、まずは一通り現場を見てみようということで、出発した私とSPADOの代表であるラザだったが、出くわす被害の大きさに呆然とするばかりだった。加えて上記のような現実がある中で、いったい今何をすればいいのか、何ができるのか頭を痛めた。
「とにかく、全てが足りないんだ」
 |
|
■ラザさんと清水
|
私とラザがバラコットについたのはもう夕暮れまじかだった。薄暗くなってきた空の下に広がる風景に唖然とした。原爆でも落ちたかのように全ての建物が崩れていた。歩きながら、すれ違う人々が口々に言う、「これは6階建てのビルだったんだ」、「今あなたが見ているのは2階の部分だよ。1階はつぶれてなくなったよ」。斜面に建っていたというショッピングモールは地面ごと崩れ落ちていた。街全体に異臭が漂っている。
とにかく、いろんな人に話を聞いて考えようというラザの提案に従い、一緒に暗くなった町の中をひたすら歩いた。自前のテントの下でランプを灯し診療活動をしていたイスラム系の救援団体のドクターに話を聞く、彼は「ヘリが今の4倍は必要だ」という。さもなければ寒さを前にこれからまだ相当な人々が死んでいくだろうとのことだ。瓦礫に埋まったままの死体も片付けることができない状態が続けば、病気の蔓延も避けられない。「とにかく、全てが足りないんだ」と声を荒げる。なるほどと思いながら、先に進んだときに道端で野宿していた前述のアブドゥルさんたちに出会った。
一通り話を聞いて、腰を上げたときに、ラザとほぼ同時に同じことを考えた。「そうか、夜くればいいんだ」二人の意見は一致した。
夜くれば、まさに誰がテント(あるいはシート)を必要としているかは一目瞭然である。
もとより、全ての人々に行渡るだけのものを用意できないが、とにかくたとえ100人でも300人でもなんとか支援できればと思っている。無論、夜であってもうわさを聞きつけて人々が集まってくる恐れもあるので、配給が目立たないように、人海戦術で配布することにした。
SPADOに出入りの学生ボランティアに協力を求めている。主にペシャワール大学の学生だが、すでに7人が集まった。彼らに、野宿している人々に接触してもらい、予め用意する配給カードを渡してもらう。そして、こっそりと町外れに待機している車のところまで受け取りに来てもらうという方法をとる。学生ボランティアの一人、ナビード・カン君は「自然災害は誰にも起こりうるもの、助け合いが必要」と胸を張る。
|