
JVCアフリカボランティアチーム 阿由葉太郎
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12月4日(火)、文京シビックセンターにて、JVC南アフリカ現地代表の津山直子が、勝俣誠氏(明治学院大学国際学部教授、同大学国際平和研究所所長)と対談形式で一時帰国報告をしました。
【虹の国 南アフリカはどこへ行く】〜アパルトヘイト後13年で変わったもの、変わらなかったもの〜
をテーマに、アパルトヘイトとはどのようなものであったか、そして現在の南アフリカの状況についてお話を頂きました。
以下、内容を抜粋してご紹介します。
アパルトヘイトとは
アパルトヘイトは、アフリカーンス語で"隔離"を意味する。1948年に憲法化されると、300以上のアパルトヘイトに関する法律が次々に作られ、人種差別をしない事が憲法違反・法律違反となっていった。実は、それ以前から政策はあり、1913年の原住民土地法によって、黒人は国土の13%に集約され、出稼ぎ労働者として扱われるようになっていた。
住む場所だけでなく、バスや公園といった公共施設から、教育のカリキュラムまでも差別化され、黒人が白人社会に依存しなければ生きていけない社会がアパルトヘイトの仕組みである。黒人だけでなく、インド人、カラード(混血)も同様に差別されており、日本人はカラードに分類されていた。しかし、1960年名誉白人として、白人居住区に住むことを認められた。
抵抗運動
1952年、パス法が制定された。これは、黒人はどの白人に雇われているかなどが書かれた身分証明を保持する法律である。1960年このパスの保持に反発した黒人はデモを行った。これを弾圧したのがシャープビル虐殺事件で、69人が警察に殺された。その後も反対運動は起こり、運動家のネルソン・マンデラが投獄された。
そんな中で、人々は黒人志気運動を展開し、アパルトヘイトについて考えるようになっていった。1976年には、アフリカーンス語の履修を反発した学生が中心となり暴動事件となったソウェト蜂起など、運動が拡大していった。
The Freedom Charter
反アパルトヘイト運動が行われる中で、政治的指針になったものがフリーダムチャーターである。1955年にアフリカ民族会議(ANC)が中心になり、自分たちは何を目指すのか、どんな国を作りたいのか、といったことを文書にした。全ての人種が平等な権利を持つ。富の分配、土地の分配、平和と友好、など10の項目を掲げ、アパルトヘイトの撤廃を目指した。これは黒人のためのものではなく、インド人もカラードも白人も含めた全ての人の目標であった。1996年に採択された新憲法もこのフリーダムチャーターを基に考案された。
出来たこと・今後の課題
1994年にアパルトヘイトが終わり13年経った今、南アフリカではどのような状況なのか。
選挙では1人1票を持つことが可能になり、人権に関する法律、性による平等など、人々に関する大きな改善はされた。しかし、仕事や教育、水道・電気などに関する課題は多く、貧富の格差も大きい。例えば、医療に関して富裕層はプライベートの保険に加入し、指定の病院で治療を受けることができるが、貧困層は、公立の設備の整っていない病院でしか治療を受けられないことも多い。教育では、同じ公立学校でもカリキュラムや施設に大きな違いがある。貧しい人々への支援がこれからの課題となってくる。
活動報告
◆東ケープ州 有機農業トレーニング
環境保全をしながら農業・自給自足の方法をトレーニング、余剰を販売、とうもろこしの害虫を農薬ではなく灰で退治するなど、ないことを嘆くのではなく、あるものをいかに使うかということを伝授。研修で習ったことを次は自分が周りの人に教えられるようにする。
- シャンデラさん「貧しくて何も出来なかったのに、自分の立っているこの土地で、こんなにも豊かになることができた。ようやく人間になれた。」
◆リンポポ州 HIV/エイズの活動
成人の5人に1人はHIV/エイズに感染している。JVCは訪問介護をしたり、HIV/エイズによって親をなくした子供をドロップインセンターで支援をしている。また、HIV/エイズの啓蒙活動や農業を通した青年活動、家庭菜園研究を行っている。
- ジャクソン君:自分で育てた野菜をドロップインセンターへ持っていき支援。
- セリーナさん:自分もHIV陽性者であり、啓蒙活動を行う。その中で、育てた野菜を介護者へ持って行くなどの活動を実施。
終わりに
20世紀の人権問題を象徴するアパルトヘイト。その問題が解決されて、南アフリカが今直面している問題は、経済格差やHIV/エイズのことだと知りました。南アの若者の5人に1人はHIV/エイズのポジティブと聞き、驚きとともに不安を感じました。もし自分がその状況にいたら何ができるだろう。それに限らず、世界にはたくさんの問題が溢れています。どんな小さなことでもいいから、今時分にできることを見つけ、実行しようとこの報告会を通して感じました。
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